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99.空き教室の黒板(怖さレベル:★☆☆)
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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
あれは……そう、私が高校生の時の話です。
その日、私は早朝から頭痛がひどくて。
喉の痛みも出てきたこともあり、
本来であれば学校を休みたかったのですが、
運悪くその日は中間テストの初日。
休んでしまった場合、後日再テスト、なんてこともなく、
クラスの平均の点数がつけられてしまうのです。
受験を意識し始めて、せっかく日々勉強してきた成果が
無に帰してしまうと、私は寒気のし始めた全身を震わせつつ、
なかば無理やり学校に登校しました。
なんとか一科目のテストは受けられたものの、
二科目目を受ける前に、あえなくダウンしてしまって。
保健室に連行された私は、
しばらく布団の中で埋もれる羽目になりました。
いつもの日であれば、そのまま自宅へ帰らされてお終いです。
しかし、私が粘りに粘ったのと、
受験に向けて必要なテストだというのは先生もわかっていたため、
別室で受けるんら、と特別に便宜を図ってもらったんです。
二時間ほど保健室で休み、いくらか体調の回復した私は、
保健室の隣にある空き教室でテストを受けることになりました。
「…………」
誰もいない、静かな教室。
先生は採点作業の為、時間まで来ないらしく、
本来は四十人用の広い部屋の中で、一人きり。
今は使われていない教室の為、
机とイスは自分の使うワンセットだけ。
風邪気味の心もとない精神状態では、
より一層、孤独感が押しよせてきました。
「…………」
しかし、テストを前にそんな弱音を吐いてはいられません。
これからの試験では、来年の入試を見据えていかねばならないのですから。
痛いくらいの沈黙の中で、
私はもくもくとテストの空欄を埋めていきました。
「……はー」
(……終わっ、た)
裏面、表面の解答を念入りに確認し、
私はフーッと全身を弛緩させました。
現時点ではこれが限度。
とりあえず、無回答が無いように埋めきりました。
(まだ……時間、あるなぁ)
時計に目を向ければ、先生が回収に来ると言っていた時刻まで、
ニ十分ほどの余裕があります。
教室の外に出るわけにもいかないし、
ボーッとしているしかないなぁ、と目をゴシゴシと擦った時です。
コトッ……
すぐ間近で、何かが落下したような音。
筆箱から落ちたかな、と机の上を確認しても、
筆記用具はなにも欠けていません。
「……あれ?」
首をひねりつつ足元に視線をやると、
そこには白いチョークが一つ、転がっていました。
「えっ……ど、どこから」
机の中にでも入っていたのかと中を覗きますが、
空っぽでなにもありません。
視界の大半を占める黒板は、ずいぶん使われていないのか、
まっさらな緑の板が存在するのみ。
チョーク入れのところは、ろくに掃除もされていないのか、
わずかにホコリすら溜まっていました。
「…………」
ただの一本のチョーク。
それも、新品とは思えない、だいぶ使い込まれて短いそれ。
(ぐうぜん……だよね。うん、偶然)
たった今、どこからか落ちてきたように思えたけれど、
きっと元々あったか、それこそイスか机にでもくっついていただけ。
私はヒヤリと汗で冷えた手のひらを擦り合わせつつ、
そのチョークを拾おうと腕を伸ばしました。
「……えっ?」
と、その瞬間。
かすめ取るようにそれを奪った、一つの手。
「あ……え……?」
肌色の女性らしき腕が、一瞬出現し、消えた。
それも――あの、チョークごと。
(なっ……なに、今の)
呆然とかがんだ姿勢のまま硬直した私の鼓膜に、
カリカリ……という聞きなれた音が届きます。
(なに、この音……っ、こ、黒板!?)
それが板書の音と気付いた刹那、
スーッと空気が冷えていくのがわかりました。
カリカリ、カリカリ……
音は、正面から。
あの、緑の古びた黒板から。
私が、かがんだ姿勢をゆっくりと元に戻した、その向こう。
『どうして』
「え……」
乱れた筆跡で、叩きつけるように書かれた文字。
『どうして』『おかしい』『なんで』
カリカリ、カリカリ……
肌色の指先が、ひたすらに文字を連ねています。
ガツガツと、いっそ教室全体が揺れるほどに激しく、途中文字が判別できないほど。
カリカリ……ガリガリ、ゴリッ
「う……あ……」
チョークがすり減り、粉と散った黒板の上。
書くもののなくなったその腕は、自分自身の指をこすりつけて、
赤い文字で更に上書きしていきます。
『おかしい』『なんで』『死んだ』『死んだ』『殺された』
「ころ……された?」
ガリガリ……ピタッ
私が無意識に発した声に、
宙に浮いた手はピタリと指をすり減らすのを止めました。
人差し指が第二間接まで削れた指は、
すう、と黒板を撫でた後、フッと消えました。
残されたのは、黒板を埋めつくさんばかりに踊った白い線と、
それを潰すように上書きされた赤い血の跡。
「…………」
せっかく一度は下がった微熱が、
再びグルグルと全身に回るのを感じました。
……ああ、テストの結果ですか?
おおかたの予想通りだと思いますが、さんざんな結果でしたね。
あの空き教室は、かつて学年が七組まであった特に使用されていて、
今は人口減少で使われなくなったという、特に曰くがある教室でもないのです。
……いえ、もしかしたら、それは上辺の理由でしかない、のかもしれませんね。
あの手が何度も、黒板に書き記していた言葉。
『どうして』『おかしい』『なんで』『死んだ』『殺された』
それらのメッセージは、いったいどういう意味だったのでしょう。
あの黒板は、答案用紙を回収しに来た先生に目撃され、
イタズラと勘違いされ、私が掃除する羽目になりました。
幽霊がやった、と主張しても、当然ながら信じてもらうこともできず……。
結局、私は迷惑を被らせられただけでしたが、
指をすり減らすほど訴えたかったその幽霊の真意はなんだったのだろうと、
学校を卒業した今でも、ほんの僅か、心の隅に残っているのです。
あれは……そう、私が高校生の時の話です。
その日、私は早朝から頭痛がひどくて。
喉の痛みも出てきたこともあり、
本来であれば学校を休みたかったのですが、
運悪くその日は中間テストの初日。
休んでしまった場合、後日再テスト、なんてこともなく、
クラスの平均の点数がつけられてしまうのです。
受験を意識し始めて、せっかく日々勉強してきた成果が
無に帰してしまうと、私は寒気のし始めた全身を震わせつつ、
なかば無理やり学校に登校しました。
なんとか一科目のテストは受けられたものの、
二科目目を受ける前に、あえなくダウンしてしまって。
保健室に連行された私は、
しばらく布団の中で埋もれる羽目になりました。
いつもの日であれば、そのまま自宅へ帰らされてお終いです。
しかし、私が粘りに粘ったのと、
受験に向けて必要なテストだというのは先生もわかっていたため、
別室で受けるんら、と特別に便宜を図ってもらったんです。
二時間ほど保健室で休み、いくらか体調の回復した私は、
保健室の隣にある空き教室でテストを受けることになりました。
「…………」
誰もいない、静かな教室。
先生は採点作業の為、時間まで来ないらしく、
本来は四十人用の広い部屋の中で、一人きり。
今は使われていない教室の為、
机とイスは自分の使うワンセットだけ。
風邪気味の心もとない精神状態では、
より一層、孤独感が押しよせてきました。
「…………」
しかし、テストを前にそんな弱音を吐いてはいられません。
これからの試験では、来年の入試を見据えていかねばならないのですから。
痛いくらいの沈黙の中で、
私はもくもくとテストの空欄を埋めていきました。
「……はー」
(……終わっ、た)
裏面、表面の解答を念入りに確認し、
私はフーッと全身を弛緩させました。
現時点ではこれが限度。
とりあえず、無回答が無いように埋めきりました。
(まだ……時間、あるなぁ)
時計に目を向ければ、先生が回収に来ると言っていた時刻まで、
ニ十分ほどの余裕があります。
教室の外に出るわけにもいかないし、
ボーッとしているしかないなぁ、と目をゴシゴシと擦った時です。
コトッ……
すぐ間近で、何かが落下したような音。
筆箱から落ちたかな、と机の上を確認しても、
筆記用具はなにも欠けていません。
「……あれ?」
首をひねりつつ足元に視線をやると、
そこには白いチョークが一つ、転がっていました。
「えっ……ど、どこから」
机の中にでも入っていたのかと中を覗きますが、
空っぽでなにもありません。
視界の大半を占める黒板は、ずいぶん使われていないのか、
まっさらな緑の板が存在するのみ。
チョーク入れのところは、ろくに掃除もされていないのか、
わずかにホコリすら溜まっていました。
「…………」
ただの一本のチョーク。
それも、新品とは思えない、だいぶ使い込まれて短いそれ。
(ぐうぜん……だよね。うん、偶然)
たった今、どこからか落ちてきたように思えたけれど、
きっと元々あったか、それこそイスか机にでもくっついていただけ。
私はヒヤリと汗で冷えた手のひらを擦り合わせつつ、
そのチョークを拾おうと腕を伸ばしました。
「……えっ?」
と、その瞬間。
かすめ取るようにそれを奪った、一つの手。
「あ……え……?」
肌色の女性らしき腕が、一瞬出現し、消えた。
それも――あの、チョークごと。
(なっ……なに、今の)
呆然とかがんだ姿勢のまま硬直した私の鼓膜に、
カリカリ……という聞きなれた音が届きます。
(なに、この音……っ、こ、黒板!?)
それが板書の音と気付いた刹那、
スーッと空気が冷えていくのがわかりました。
カリカリ、カリカリ……
音は、正面から。
あの、緑の古びた黒板から。
私が、かがんだ姿勢をゆっくりと元に戻した、その向こう。
『どうして』
「え……」
乱れた筆跡で、叩きつけるように書かれた文字。
『どうして』『おかしい』『なんで』
カリカリ、カリカリ……
肌色の指先が、ひたすらに文字を連ねています。
ガツガツと、いっそ教室全体が揺れるほどに激しく、途中文字が判別できないほど。
カリカリ……ガリガリ、ゴリッ
「う……あ……」
チョークがすり減り、粉と散った黒板の上。
書くもののなくなったその腕は、自分自身の指をこすりつけて、
赤い文字で更に上書きしていきます。
『おかしい』『なんで』『死んだ』『死んだ』『殺された』
「ころ……された?」
ガリガリ……ピタッ
私が無意識に発した声に、
宙に浮いた手はピタリと指をすり減らすのを止めました。
人差し指が第二間接まで削れた指は、
すう、と黒板を撫でた後、フッと消えました。
残されたのは、黒板を埋めつくさんばかりに踊った白い線と、
それを潰すように上書きされた赤い血の跡。
「…………」
せっかく一度は下がった微熱が、
再びグルグルと全身に回るのを感じました。
……ああ、テストの結果ですか?
おおかたの予想通りだと思いますが、さんざんな結果でしたね。
あの空き教室は、かつて学年が七組まであった特に使用されていて、
今は人口減少で使われなくなったという、特に曰くがある教室でもないのです。
……いえ、もしかしたら、それは上辺の理由でしかない、のかもしれませんね。
あの手が何度も、黒板に書き記していた言葉。
『どうして』『おかしい』『なんで』『死んだ』『殺された』
それらのメッセージは、いったいどういう意味だったのでしょう。
あの黒板は、答案用紙を回収しに来た先生に目撃され、
イタズラと勘違いされ、私が掃除する羽目になりました。
幽霊がやった、と主張しても、当然ながら信じてもらうこともできず……。
結局、私は迷惑を被らせられただけでしたが、
指をすり減らすほど訴えたかったその幽霊の真意はなんだったのだろうと、
学校を卒業した今でも、ほんの僅か、心の隅に残っているのです。
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