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108.古いカラオケボックス②(怖さレベル:★☆☆)

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「もしかして、あの女の子ひとりで全部やってるんですかね?」
「あー……だとしたら、六人分だろ? 時間かかってんのかなぁ」
「にしたってちょっと……もう一回、電話いれときます?」

と、高田がイライラした面持ちで電話機へと目を向けました。

「五十嵐さん、さっきの注文の時、むこうの感じどうでした?」
「えっ……な、なにが?」

話をふられた彼女は、なぜが狼狽したようにキョロキョロと視線を動かしました。

「なにって……ほら、忙しそうだったとか、雑っぽかったとか」
「そ、そうね……ちょっと、相手の声が聞き取りにくかったし……ちゃんと伝わってなかったのかな」

と、五十嵐さんは自分自身に言い聞かせるように、
なんども頷きながら答えました。

「あー……じゃあオレ、もう一回頼みますよ!」

と、がぜんやる気を出した高田が、
五十嵐さんに代わって勢いよく受話器をもち上げました。

「もしもーし! 注文お願いしまーす!!」

酔いが回ったせいか、やたらテンションの高い彼に苦笑しつつ、
オレたちはふたたびデンモクに向き合って、あーだこーだと曲を入れていました。

と。

ガチャン!!

激しく受話器を叩きつけた高田に、オレたちはそろって腰を浮かしかけました。

「おっ、おい……なんだよ」
「えっ? い、いや……スイマセン……」

高田はなぜか口を閉ざし、
ウロウロと寄る辺なさそうに視線を左右にさ迷わせています。

「なんだよ。注文できたのか?」
「……た、たぶん」
「たぶん?」

微妙な返答に首をかしげると、高田は口をモゴモゴさせながら、

「なんか……向こうの人、年よりっぽくて。でも、一応ちゃんとメニューは伝えたんで……」
「あー。まぁ、ここ古いしな。しょうがねぇわ」
「ええ……そう。そう、ですよね……」

さきほどの勢いこんでいた様子にくらべ、
やけに歯切れの悪い言い方です。

五十嵐さんも、通話の後にみょうな態度をとっていたし、
よほどキッチンの相手が変人なんだろうか、とオレが不思議に思っていると。

コンコンコン

扉が、ノックの音を響かせました。

「おー。ようやく来たみたいだなぁ」
「ちょっと待たされたけど、よかったですね」
「ホント。もしかしてまた放置かと思いましたよー」

よかったよかった、と皆で言っていると。

コンコンコン

間をおかず、再び、扉がノックされました。

「……入ってくりゃいいのに」

頼んだ量が多くて運びきれないのか?
でも、だいたいのカラオケ店じゃ、持ってきてくれるのに……と疑問を感じつつ、
こちら側からゆっくりと扉を開けると、

「……あれ?」

廊下には、誰の人影もありません。

ドア横に、ポツンと一台カートが放置されており、
その上に頼んだ酒のジョッキや、ツマミが盛られた皿が置かれているだけでした。

(え……なんだこれ)

今までにない状況に、オレは呆然と廊下を眺めました。

奥まで続く細い通路はシン、と静まり返っていて、
カラオケ店でよくある、CM一つ流されていません。

よくよく見れば、他の個室は軒並み空っぽのようで、
空きを示す開いたままの扉から、ぽっかりと黒い闇がいくつも並んでいました。

「先輩。どうしたんですか?」

廊下をキョロキョロと見回しているオレの異常に気づいたか、
後輩の一人が声をかけてきました。

「い、いや……ほら、頼んだの来たみたいだぞ」

オレはなんだかイヤな感じを覚えつつ、
注文したものをテーブルの上へと移動させました。

「安いだけあって、そーいうトコはセルフサービスなんですかね」
「セルフサービス……はは、そうかもな」

マヌケな後輩の台詞に、どっと肩の力がぬけました。
人手が足りなくて、そういうサービス精神のようなものがない、というだけなのでしょう。

オレは気を取り直して、さっそく運ばれてきたジョッキに口をつけました。

「ゲホッ……うわ、なんだよコレ!」
「えっ……ゴホッ、これ、水じゃないですか!」
「わ、ホントだ!」

それは、アルコールが薄いとか、味がしないとかそういう比喩でもなんでもなく、
ただしく水道水、そのものでした。

わずかに塩素くささすら感じる、ミネラルウォーターですらない、水。

「オイオイオイ……もしかして、これ全部そうか?」

頼んだ六つのグラスをひとつひとつ確認すれば、
どれもこれも、間違いなく水でした。

「いくら安いっつったて……ヒドイっすね、これ」
「つーか、サギだろこれじゃ……ちょっと文句言うわ」

いくらなんでも、性質が悪すぎます。
オレは腹がたって、壁かけの受話器を力任せに持ち上げました。

『……ハイ』

電話の向こうから、かぼそい女性の声。
消え入りそうなくらい小さく、年のころすらわかりません。

「あの、301号室ですけど! 飲みモン六つ頼んだのに……
 水が六つ来てるんですよ! 取り替えてくれますよね!?」

オレが怒りのままに声を荒げると、

『……ハイ』

まったく同じ、掠れるような小さな返答。

そのなんの感情もこもっていない無機質な応対に、
ただでさえ頭に来ていたオレは、さらに言葉を重ねました。

「いやアンタ、ハイ、ってね。申し訳ありませんとか、
 すぐお持ちしますとか、なんか反省する気ないの?」
『…………』

受話器の向こうは、一瞬沈黙し、

『……ハイ』

再び、同じ一言が返されました。

「……ハァ? ったく……もういいよ! 早く持ってきてくださいよ!!」

オレはイラ立ちがピークに来ていたものの、
この調子じゃ話にならないと、通話を終えようとした時、

『も、も、申し訳ありません……』

ようやく向こうから、謝罪の言葉が聞こえてきました。

「ようやくかよ。……早くしてくれ」
『も、申し……申し……ガッ……わ……』

と、こもった声が、突然早送りとスロー再生を組み合わせたかのような、
奇妙なノイズを発し始めます。

『も、もも申し、わ、ああり……あ……申し……も……せんんん』

壊れたロボットがひたすら同じフレーズをくり返しているような。
死にかけのセミが、地面の上でのたうち回っているような。
そんな断末間際の、事切れる直前を想像させる、気色の悪さ。

「いっ……いや、もう、いいからさ……」

もう切ってしまおうと、受話器を耳から離そうとするも、

『も、申し訳あ……あり、ああ、あぁああり、ませ』

ゾワッ、とひざの裏に鳥肌が立ちました。

「いいって言ってんだろ! もう、早く持ってきてくれればいいから!!」

オレが恐怖を振り払おうように叫んだ、その直後。

『すぐ行く』

ガチャッ。通話が切れました。

「……え」

ボソッと呟かれた一言は、まるで男の声のように暗くよどんだ低音でした。
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