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113.義母と義兄嫁①(怖さレベル:★★☆)

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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

えぇ、あれは……今思い返しても後味の悪い話、なんです。
身内の恥をさらすようで、ちょっと申し訳なくも思いますが……。

うちの夫には兄がおり、二人兄弟なんです。

長男夫婦は義両親と同居されており、
うちの弟夫婦は、子ども二人との核家族で暮らしています。

義両親は、結婚当初から夫婦生活に口だししてくることもなく、
嫁という身分に構えていた身としては、とてもホッとしていました。

そのうえ、孫を見せに行くとたいそうかわいがってくれたので、
いい義両親で良かったなぁ、なんて思うくらいで。

とはいえ、子どもも中学生、高校生と大きくなるにつれて
交流は減り、ほんの数が月前。

義父はかねてから疾患のあった心臓発作で、かえらぬ人となってしまいました。

残された義母は、兄夫婦とおなじ敷地内の別邸にひとり暮らしとなり、
きっと寂しいだろうねぇ、なんて夫とも話したりして。

たまに様子を見に行ったりもしていたんですが、
徐々に、徐々に義母のようすがおかしくなってきたのです。

料理上手でいつも食材を丁寧に使った食事を作っていたのに、
冷蔵庫に入りきらないくらい食材を買い込んでしまったり。

きれい好きで整理整頓されていたのに、
ゴミがバラまかれていたり、ものがあふれていたり。

おかしいと気づいて医者につれていった時にはもう遅く、
あれだけかわいがっていた孫たちの名前すら、あいまいな状態で。

診断名は痴ほう症。

年齢的にしかたないものの、
おそらく義父の死がきっかけだろうということでした。

面倒をみていた兄夫婦は、施設にいれることには難色を示し、
しばらく医者通いをしつつ、うちの夫婦も手伝いに行く、という話になったのです。

……そして、あの日。

夫に急な会議が入ってしまったため、
手土産を片手に、私はひとりで義親の家へ向かいました。

昔ながらの、かわら屋根の一軒家。
徘徊の兆候がで始めたらしく、外側からカギがかけられています。

すぐとなりの義兄の奥さんに声をかけ、
開錠してもらい、私だけ家のなかへ足を進めました。

(……それにしても、無愛想だなぁ)

さきほど対応してくれた義兄嫁の姿に、思わずため息がこぼれます。

彼女は以前から、言葉も態度もそっけなく、
会話らしい会話もしたことがありません。

私が嫌われているだけか、と思いきや、
夫に対しても、他の誰に対してもそうなのだとか。

考えてもしかたない、と気持ちを切り替えつつ、
内カギをきちんと閉めて、靴を脱いで家のなかへ上がりこみました。

「こんにちはー! おかあさん、どちらにいますかー?」

耳が遠くなりはじめた、という義母にもとどくように、
大声をはり上げつつリビングに向かいます。

「おかあさ……あ、こんなところに」

義母は、リビングに寝っ転がっていました。

寝室ではなく、なぜかリビングに布団をしいたようで、
そのなかにすっぽりと収まっています。

(起こすの、悪いかなぁ……)

せっかく静かに眠っているのを邪魔するのは、なんとなく気が咎めます。

彼女を起こさないようにしんちょうに足を進めて、
冷蔵庫にさし入れを押しこんでいきました。

食事は義兄夫婦が用意しているせいか食材のたぐいはなく、
ほとんど飲み物や、あっても少量のお菓子くらいです。

(それにしても……ここ、暑いな)

時期は、梅雨のはじめといったところ。

窓は脱走防止なのか、すべて密閉されており、
湿気と気温の高さで、じわじわ汗がにじんできます。

(少しだけ、冷房をいれさせてもらおう)

リモコンが見つからなかったので、
背伸びして壁のエアコンのスイッチを入れ、
私は義父の仏壇の前に移動しました。

音をひかえめにして鈴を鳴らし、線香をたてます。

ゆらゆらと立ちのぼる細い煙。
写真のなかでなお、いかめしい顔つきをした義父の顔。
それが、孫に囲まれるとくしゃっと笑うのが、どこか微笑ましかった。

香る白檀のやわらかい匂いに、しんみりした気分になっていると。

(あれ……暑い……?)

ジリジリと、肌に感じる熱気が増してきています。

冷房のスイッチを入れたはずなのに、
まるで熱風でもふき出しているかのよう。

もしかして故障!? と慌ててエアコンの傍へ向かうと、

「えっ……暖房になってる……!?」

いくら梅雨とはいえ、すっかり気温も夏に近づいているこの時期。
まさか、いままで一度も冷房を使っていなかった、とでもいうのでしょうか。

私はいそいで設定を変更し、いまだ眠ったままの義母をうかがいました。

彼女は、暑さなど感じてもいないかのように、
スヤスヤとおだやかな表情で眠りつづけています。

汗をかいていないだろうか、と心配になって、
ペラリとかけ布団をめくりました。

「……うそっ!?」

目を疑いました。

義母は、冬用としか思えないぶ厚いパジャマの上に、
さらに毛布をかぶるようにして寝ています。

布団のなかに熱がこもっているせいか、
彼女の肌はまっ赤に染まっていました。

痴ほう症には、温度もわからなくなるという症状がでる、
とは聞いていましたが、まさかコレほどとは。

速攻で布団をはがし、部屋のすみでほこりをかぶっていた扇風機をつけて、
エアコンの風を「強」に設定し直していると。

「……あ……」
「お……おかあさん?」

ゆっくりと薄目を開けた彼女が、
カゲロウのようにゆらりと上半身を起こしました。

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