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124.井戸の怪異2②(怖さレベル:★★★)

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(なんだよアレ……あんなんが出るなんて聞いてねぇし……!)

肝試し、なんてバカ言ってる奴らを笑えません。
いや、幽霊ではなく、人間があの恰好をしているだけかも
しれませんが、その方が、もっと怖い。

幸い携帯は持ってきていたので、
ちらりと時間を確認すると、時刻は零時半。

まだまだ日が昇るには早い時間です。

狭い室内。
おまけにボットン便所の中という、最悪の状況下。

入り口は解放されているものの、詳しくは語りませんが、
空間独特の気持ち悪さと恐怖、その上いらだちもあって、
なんだか体調までおかしくなってくる始末です。

(くそっ……どうする……?)

時刻は少し進んで零時三十五分。
たった五分が、
まるで一時間はあるかのように感じられるほど。

こんな場所にこもっているのならば、
あの化け物だか不審者だかのいる表を突っ切って
合宿所へ飛び込んだ方がマシではないか?

あまりの緊張と恐怖に耐えられなくなった感情で、
僕は意を決して、トイレの入り口の壁に手をついて、
外の様子を再び伺うことにしました。

と、その時。

……ガンッ!

不意に、足元がグラリと揺れました。

「なっ!?」

バランスを崩し、壁に手をついた僕の耳に、
再び妙な音が聞こえてきました。

ドンッ、ガンッ

音とともに、グラグラとトイレ全体が揺れ始めます。
古い、木造のトイレ。
それが打撃音と共に、振動を強めています。

(なん……なんだ!? 地震!?)

しかし、足元からではなく、横からの強烈な打撃のようです。

(ま、まさか……さっきの、女が……!?)

脳内に、あの不気味な女が濡れた長髪を振り乱し、
なんども全身をトイレの壁に叩きつけている映像が連想されました。

僕はとてもこの中でジッとしていることもできず、
慌てて外へと飛び出しました。

「……ヒィッ?!」

飛び出した瞬間の光景に、身体が凍り付きました。

明かりの全てが消えている。

合宿所からこのトイレを結ぶ箇所に刺されていた常夜灯の明かり。
それがいっさいを消し去って、まっくらな暗闇と化していました。

鳥も、虫も、風邪の音もしない。
恐ろしいほどの無音。
靴の裏にまで神経が通ったかのように見えてきます。

(は、早く……早く、戻らないと……!)

異常現象が起きている。その恐怖を必死に押し殺し、
目玉だけを必死に動かして、
そろそろと足を合宿所へと進めていきます。

一歩、二歩、三歩。

足音を消して、つま先からそっと地面に這わすように。

額からしたたる汗が、頬を伝って顎に流れても、
息を殺して、フッと小さな風が耳元に流れても、無心で。

(もう少し……!)

入り口が、近づいてきます。

うっすら見えた、合宿所内の常夜灯の光に、
少しだけ肩の力が抜けてきました。

それをねぎらうかのように、
スーッと涼しい風が横をすり抜けていきます。

(良かった……なんだよ、ビビりすぎだって。
 明かりはたぶん、時間かなんかで消えただけで……なにも、起きなかったじゃないか)

自分のあまりの慎重さに、苦笑すら浮かびます。
あの変な女だって、目にしたのは一瞬。見間違いか幻覚かもしれません。

トイレが振動したのだって、野生動物かなにかがぶつかっただけかもしれません。
そう考えるのが常識です。

安堵感で胸をなでおろしつつ玄関へ入り、雑に靴を脱ぎました。
スリッパに履き替え、小さく息を吐き出しつつ廊下を進みます。

(あー……ほんと、アホらし)

一人でビビッて怖がって、これじゃあ肝試し連中をらうこともできないな、
と見えてきた大広間の入り口の扉に手をかけます。

スーッ、と頬を生ぬるい風が通り抜けました。
少し汗をかいていた身体にちょうどいいな、
そう思って、そのままドアを開けようとして、気づきました。

(……室内なのに、風?)

スーッ、と、再び背後から風が吹き込みます。

耳もとに触れる、ほのかな風。
それは例えば、すぐ真後ろでそっと息を吹きかけられているかの、ような。

「……え?」

僕は、思わず振り返りました。そう、振り返ってしまったんです。

ハァー……

顔面に叩きつけられる、と息。
眼球が触れ合うほど近くにあるそれの、濡れたカエルのような、瞳――。

「ちがう」

呼吸の止まった自分の顔を眺めまわし、それはポツリ、と呟きました。

「ちがう。……ちがう」

首が横に振られるたび、揺れる髪パシパシと顔面に叩きつけられます。
頬に突き刺す痛みに正気に戻り、僕はよろめくように後ずさりました。

「ちがう……ちがう……」

しかし、それはそんなこちらの挙動には目もくれず、
ズズッ……と足を引きずるようにして、廊下の向こうへと、
ゆっくり、ゆっくりと歩き去っていきました。

「…………」

僕は全身をしばらく硬直させ、呆然とそれが消えるのを見送っていました。


ええ……後で、同期のヤツもあの女の姿を目撃した、って聞いて、血の気が引きましたよ。
最終日に現れた、あの薄気味悪い女……あれはやっぱり、あの井戸の主だったんでしょうねぇ。

ああ……次が本題、
あの夜肝試しを敢行した新人三人のうち、唯一会社に残ったヤツの話です。
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