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124.井戸の怪異2①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
『30代男性 桜沢さん(仮)』

いやーどうもね、あの時は本当に参りましたよ。
只でさえ地獄の合宿で疲れ切ってたってのに、
まさかあんなのに巻き込まれるなんて、ね。

あの日、あの新人三人が肝試しに行くのについて行こうとする
瀧本を止めて、僕はさっさと眠りについたんですよ。

最終日ってこともあって、心身ともにヘロヘロだったんで、
寝付くのは早かったんでね。

で……夜中、尿意を催して目が覚めたんですよ。

ええ、時刻は夜中の一時頃でした。
携帯を確認したので、間違いありません。

正直、こんな真夜中、昼まであっても不気味な外トイレに行くなんて、
と思ったんですが、我慢して目を閉じていても腹がキリキリと痛むばかり。

同期の瀧本を起こして一緒に来てもらおうか、
とも考えたんですが、就寝前に新人をいさめておいて、
自分が怖がっているなどみっともないもいいところです。

僕はいやいやながら寝間着をはおり、
布団からゆっくりと抜け出しました。

「どした……?」

と、その物音で目覚めたのでしょう。
瀧本が、目を半開きにして声をかけてきました。

そのだらけた間抜け面に、
強張っていた身体の緊張がいっきにぬけました。

「あ、悪い。トイレ行ってくるわ」
「ああ……」

半分夢の世界からよこされた声に苦笑しつつ、
僕は大広間を抜け出しました。

(うわ……暗っ……)

廊下にも常夜灯がともされているものの、
足元だけのそれはかえって不気味さを際立たせています。

壁に手をつき、そろりそろりと足音を殺しつつ、
玄関から外へ出ました。

(……やめれば、良かったかな)

足を踏み出してすぐ、そう後悔してしまうほど、
外は薄気味の悪い雰囲気に充たされていました。

外トイレに繋がるまで、ポツポツと地面に突き刺さるオレンジ色の蛍光灯。

それに群がる黒い蛾や羽虫。裏手にある森の方から、
採りとも獣ともつかぬ声が聞こえ、
時折ふく風で揺れる木が、うごめく人の塊のように見えました。

(さっさとすませて、早く戻ろう)

僕はぞわぞわと押しよせる恐怖を考えないよう、
速足でトイレへと向かいました。

照明に集う虫がブンブンと足や腕にまとわりつき、
その不快さも気色の悪さを助長してきます。

(あーもう……そこらでやっちまうか?)

ボットン便所という小汚さと、
特有の怖さにそんな誘惑が心に浮かぶものの、

(いや……肝試し連中に見つかったら、なに言われることか)

新卒三人はどこをほっつき歩いているやら、
まだ戻ってきていないのです。

(もしかして……トイレに潜んでる、とかないよな?)

あの三人であれば、悪ふざけとしてやりかねません。
僕は驚かされてなるものかと、
慎重に、男子便所側へと回り込みました。

パチンッ……

照明のスイッチを入れ、息を殺して、
なにか動くものがないかを確認します。

一、二、三秒……

何の物音もしません。

トイレは狭く、人が隠れられるスペースといえば、
一つだけの個室内しかありません。

ガチャリとドアを開けば、当然というべきか、
中には誰もいませんでした。

オレンジ色の傾向とうがぼうっと中を照らし出し、
薄ぼんやりと浮き上がる個室内が、
そこだけまるで異空間のように不気味に見えました。

(すぐ入ってすぐ出る。すぐ入ってすぐ出る……)

雰囲気に気後れしつつ、負けてなるものかと妙な意気地で、
僕は音を立てて扉を閉めて、中に入りました。

なるべく何も考えないよう、無心で用を足し、

(べつになにも無かっただろ……考えすぎなんだよ)

と、心底怖がっていた自分をあざけりつつ、
個室から出て手を洗っていると、

ズッ……ズルッ……

扉の向こうで、物音がしました。

(……? なんだ、野生の獣か……?)

この合宿所は、すぐ裏が森ですから、
ヘビや鹿などの野生動物が現れることがある、
というのは先輩方からも聞いていました。

(シカか……いや、イノシシか?
 このあたり、本当に田舎なんだなぁ)

なんて、僕がのほほんとそんなことを考えつつ、
トイレの入り口からそっと外を伺うと、

ズルッ……ズズッ……

「……ッ!?」

合宿所とトイレの間。

わずかな明かりのみが暗闇を照らす中、
黒い人影がぼうっと浮き上がっています。

地面まで伸びた長髪をズルズルと引きずりながら、
照明に反射するほど濡れた黒い服。

ゆっくり、ゆっくりと揺らして歩く、
どう見ても、生きている人間とは思えない、女性の姿――。

(お、おいおいっ! 肝試しに来たのは俺じゃないんだぞ!?)

あの新人三人が、きっとなにかやらかしたに違いありません。
僕は慌てて扉をしめ、耳をそばだてて外の物音を伺いました。

ズッ……ズルッ……

音はひたすら外の通路のところを、
右へ左へとウロついているように思えます。

(これじゃ、戻れない……!)

まさか、化け物の歩き回っている中、
突っ切って館内へ戻る無茶などとてもできません。
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