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128.夕立のエレベーター②(怖さレベル:★★☆)
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階段へ移動するなら、
『それ』の横を、通り抜けなければなりません。
オレは、そんな異様な状況になにも考えられなくなって、
いつもより十倍は重くなった足を、ズズッ、と後ろに三歩ほど引きました。
ピーンーーガガッ
と、エレベーターの扉が、オレの足に当たって再び開きました。
ハッとして、おれは後ろを振り返ります。
雷が落ちて、停電までしてしまった今、
再びエレベーターに入ったら、今度こそ閉じ込められてしまうかもしれません。
本当なら、このまま降りて、
階段を使って部屋まで戻った方が、ゼッタイに安全。
でも。
真正面の通路には、あの、真っ白い人影がいる。
「…………」
オレは意を決して、そのままエレベーターに舞い戻りました。
そのまま箱の端に移動して、ガラス扉の向こう、
白い人影の方をチラリと見ました。
それは、相変わらず通路の真ん中で、ジーッと動かず止まっています。
(よかった……追いかけてくる、なんてことはないか)
オレは、怖い話の読み過ぎだ、と自分自身に苦笑しつつ、
最上階までのボタンをポチリと押すと、エレベーターの壁に背を預けました。
チン、と音を立てて、扉が再び閉まってきます。
オレはボーっと、早く家に帰りたい、なんて考えていた、その時。
目の前の『204号室』の扉が、不意にガチャリと開きました。
「ひ、っ……」
思わず、悲鳴のようなか細い声が上がりました。
だって。
だって、その扉から覗いたのは。
人間にしては、あまりにも異質な――
能面のように真っ白い、人間の顔だったのです。
「う、あ……」
オレは、これ以上下がれないとわかっているのに、
エレベーター内でズリズリと後ずさろうとしました。
204号室の扉は半開きで、
黒い空間から、白い顔だけがポッカリと浮かんでいます。
それは、さきほど通路の間に立っていた、
色付け前のフィギュアとまったく同じ白さでした。
人間としての顔、つまり眉も目も鼻も口も、
ちゃんとついているにも関わらず、影としての黒さ以外、
すべてまっ白になっているんです。
いっそ、お面だったらどんなによかったでしょうか。
どこにでもいそうな人間の、女性の、色だけが抜けている、
なんの感情も浮かばない顔。
本来存在しないはずの204号室の扉から、
それが、オレをジッと見つめている。
オレは完全に体が麻痺してしまって、
息をすることすら忘れました。
ウィーン……
エレベーターの扉が閉まり、箱全体が動き始めました。
ゴゥン、と低い稼働音を立てながら、
エレベーターはスススッと上に向かって移動していきます。
それから、エレベーターが8階に移動するまで。
オレはまったく一歩たりとも動けず、硬直し続けていました。
「は、はは……」
結局、エレベーターはそのまま無事に、
8階のホールまで到着したのです。
抜けかけた腰を奮い立たせて、おそるおそるエレベーターを降りても、
当然『504号室』なんてものはなく、
505号室と503号室の間のなにもない壁が、そこにはただあるだけでした。
通路から外を見れば、重々しい暗い空と、
いよいよ降り出してきた雨がマンションの壁を濡らしています。
さっきまでの緊張がいっきにほどけて、
オレは今度こそ、その場で腰が抜けそうになりました。
(さっきのアレは……なんだったんだ……?)
通路の壁に手を当てて歩き出しつつ、
オレは一度、階をくだって204号室がどうなっているか、
確認するべきだろうか、とふと考えました。
でも、もし確認をしに行って、
それが本当に『あって』しまったら?
そして、もしあの白い人影と、白い顔に、
もう一度出くわしてしまったら?
ゴロゴローーピシャン!!
「うわっ!!」
雷が激しく響き渡り、オレはその場でひっくり返りました。
雨はさらに激しくバシャバシャ振ってきます。
そうだ、洗濯物!!
オレは慌てて自分の部屋へ飛び込むと、
妙な詮索をするのをあきらめたのでした。
ええ、ほんと参りましたよ。
せっかく干しておいた洗濯物はズブ濡れで、
全部洗い直しになってしまうし、
うっかりベランダの窓を開けっぱなしにしておいたらしく、
うちの仲間でびしょびしょになってしまっていたし、
ほんと、あの時は悲惨でしたね。
でも、不思議なことは、まだあるんですよ。
ほら、停電があったでしょう。
エレベーターの中で、オレが体験した、あれ。
でも、おかしいんです。
オレの部屋のブレーカー、落ちてなかったんですよ。
常に点けっぱなしにしてるトイレの換気扇は回りっぱなしだったし、
予約してた炊飯器のタイマーも、そのままで。
それに、思い返してみると、
オレが8階でエレベーターを降りたとき、
ホールの電気だって、ちゃんと点いていたんですよね。
なんの電気もついていなかったのは、
あの、2階で降りた、あの時だけ。
あれから数日して、真昼間に、おそるおそる2階へ行ってみたんですが、
当然、204号室なんてものもないし、
白い人影や、人形が置いてあったり、なんてこともありませんでした。
今思い返すと、白昼夢かなんかだったのか、なんて思っていますよ。
いえ……そう、思いこみたいだけ、ですかね。
なんといいますか、エレベーターに乗ったら別世界に、
なんて話、けっこういろいろあるじゃありませんか
あんなちっさい箱であっても、本当にごくまれに、
異世界の入口になっちまう、ってことが、本当にあるのかもしれませんね
オレは今でも性懲りもなくエレベーターは使っていますが、
あれ以来、雷の鳴る日だけは、階段を使うようにしています。
『それ』の横を、通り抜けなければなりません。
オレは、そんな異様な状況になにも考えられなくなって、
いつもより十倍は重くなった足を、ズズッ、と後ろに三歩ほど引きました。
ピーンーーガガッ
と、エレベーターの扉が、オレの足に当たって再び開きました。
ハッとして、おれは後ろを振り返ります。
雷が落ちて、停電までしてしまった今、
再びエレベーターに入ったら、今度こそ閉じ込められてしまうかもしれません。
本当なら、このまま降りて、
階段を使って部屋まで戻った方が、ゼッタイに安全。
でも。
真正面の通路には、あの、真っ白い人影がいる。
「…………」
オレは意を決して、そのままエレベーターに舞い戻りました。
そのまま箱の端に移動して、ガラス扉の向こう、
白い人影の方をチラリと見ました。
それは、相変わらず通路の真ん中で、ジーッと動かず止まっています。
(よかった……追いかけてくる、なんてことはないか)
オレは、怖い話の読み過ぎだ、と自分自身に苦笑しつつ、
最上階までのボタンをポチリと押すと、エレベーターの壁に背を預けました。
チン、と音を立てて、扉が再び閉まってきます。
オレはボーっと、早く家に帰りたい、なんて考えていた、その時。
目の前の『204号室』の扉が、不意にガチャリと開きました。
「ひ、っ……」
思わず、悲鳴のようなか細い声が上がりました。
だって。
だって、その扉から覗いたのは。
人間にしては、あまりにも異質な――
能面のように真っ白い、人間の顔だったのです。
「う、あ……」
オレは、これ以上下がれないとわかっているのに、
エレベーター内でズリズリと後ずさろうとしました。
204号室の扉は半開きで、
黒い空間から、白い顔だけがポッカリと浮かんでいます。
それは、さきほど通路の間に立っていた、
色付け前のフィギュアとまったく同じ白さでした。
人間としての顔、つまり眉も目も鼻も口も、
ちゃんとついているにも関わらず、影としての黒さ以外、
すべてまっ白になっているんです。
いっそ、お面だったらどんなによかったでしょうか。
どこにでもいそうな人間の、女性の、色だけが抜けている、
なんの感情も浮かばない顔。
本来存在しないはずの204号室の扉から、
それが、オレをジッと見つめている。
オレは完全に体が麻痺してしまって、
息をすることすら忘れました。
ウィーン……
エレベーターの扉が閉まり、箱全体が動き始めました。
ゴゥン、と低い稼働音を立てながら、
エレベーターはスススッと上に向かって移動していきます。
それから、エレベーターが8階に移動するまで。
オレはまったく一歩たりとも動けず、硬直し続けていました。
「は、はは……」
結局、エレベーターはそのまま無事に、
8階のホールまで到着したのです。
抜けかけた腰を奮い立たせて、おそるおそるエレベーターを降りても、
当然『504号室』なんてものはなく、
505号室と503号室の間のなにもない壁が、そこにはただあるだけでした。
通路から外を見れば、重々しい暗い空と、
いよいよ降り出してきた雨がマンションの壁を濡らしています。
さっきまでの緊張がいっきにほどけて、
オレは今度こそ、その場で腰が抜けそうになりました。
(さっきのアレは……なんだったんだ……?)
通路の壁に手を当てて歩き出しつつ、
オレは一度、階をくだって204号室がどうなっているか、
確認するべきだろうか、とふと考えました。
でも、もし確認をしに行って、
それが本当に『あって』しまったら?
そして、もしあの白い人影と、白い顔に、
もう一度出くわしてしまったら?
ゴロゴローーピシャン!!
「うわっ!!」
雷が激しく響き渡り、オレはその場でひっくり返りました。
雨はさらに激しくバシャバシャ振ってきます。
そうだ、洗濯物!!
オレは慌てて自分の部屋へ飛び込むと、
妙な詮索をするのをあきらめたのでした。
ええ、ほんと参りましたよ。
せっかく干しておいた洗濯物はズブ濡れで、
全部洗い直しになってしまうし、
うっかりベランダの窓を開けっぱなしにしておいたらしく、
うちの仲間でびしょびしょになってしまっていたし、
ほんと、あの時は悲惨でしたね。
でも、不思議なことは、まだあるんですよ。
ほら、停電があったでしょう。
エレベーターの中で、オレが体験した、あれ。
でも、おかしいんです。
オレの部屋のブレーカー、落ちてなかったんですよ。
常に点けっぱなしにしてるトイレの換気扇は回りっぱなしだったし、
予約してた炊飯器のタイマーも、そのままで。
それに、思い返してみると、
オレが8階でエレベーターを降りたとき、
ホールの電気だって、ちゃんと点いていたんですよね。
なんの電気もついていなかったのは、
あの、2階で降りた、あの時だけ。
あれから数日して、真昼間に、おそるおそる2階へ行ってみたんですが、
当然、204号室なんてものもないし、
白い人影や、人形が置いてあったり、なんてこともありませんでした。
今思い返すと、白昼夢かなんかだったのか、なんて思っていますよ。
いえ……そう、思いこみたいだけ、ですかね。
なんといいますか、エレベーターに乗ったら別世界に、
なんて話、けっこういろいろあるじゃありませんか
あんなちっさい箱であっても、本当にごくまれに、
異世界の入口になっちまう、ってことが、本当にあるのかもしれませんね
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あれ以来、雷の鳴る日だけは、階段を使うようにしています。
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