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クリスティーナとアリスと長い髪
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「というわけで髪を切ってくださる?」
取り巻きにお願いすると、困った顔を浮かべた。というか、朝からこの顔しか見ていない。
ゲームの中では、常に悪い顔をしてきた気がするんだけど。
「僭越ながらクリスティーナ様……その……髪の切るのはちょっと……」
「はい……一度切ってしまったら、すぐには戻せませんし……」
二人の口調から察するに、私がなにか企んでいると思われているらしい。
もちろん……それは大正解だ。なにせ私はバッドエンドを目指しているのだ。
この世界の常識と違う道を進むと決めた。
「髪の短くすることに、なにか問題がありまして?」
二人はビクッと肩をすぼめると、そのまま黙ってしまった。
どうやら彼女たちに頼むのは難しいようだ。
「あの、クリスティーナ様」
透き通った声に振り向くと、そこにはアリスがいた。
その髪は短く、とても快適そうだ。
「あなたは田舎のっ!」
「出る幕じゃないのよ!」
取り巻き達が騒ぎ立てるが、アリスは2人を無視して私の横に立つ。
その表情はストーリー終盤、第一王子ルートで見せる表情に似ていた。
自分で何をするかを決め、周りにから何を言われようと成し遂げようとする強い意志が込められていた。
そしてその場面は、クリスティーナが許嫁としての立場を失い、バッドエンドへと向かう始まりのシーンでもあった。
「クリスティーナ様」
アリスはじっと私を見つめると優しい表情を浮かべた。
あり得ない……いえ、あってはいけない。
その表情は私に向けられるものではなく、結ばれた攻略対象に向けられるもののはずだ。
悪役令嬢な私に向けられるべきものではない。
「私がおふたりの代わりに髪を切ってもよろしいでしょうか」
予想外の提案に、さっきまで考えていたことが吹き飛んだ。
どうしたのよアリス。あなたはこんな積極的な子ではなかったはず。
いえ、決意を決めたアリスなら行動力はたしかにスゴイ……スゴイのだけれど、今は終盤どころかまだプロローグ中。
アリスが変わるには早すぎる。
「いかがでしょうか」
あれこれ考えていると、アリスはもう一度聞いてくる。
その瞳は透き通っていて、思わず吸い込まれそうになるぐらいに綺麗で、気がつくと言ってしまっていた。
「それではお願いしようかしら」
アリスがハサミを受け取ったのを見送ると、私は椅子に座った。
後ろに立ったアリスから、香水のものではない天然のいい香りが漂ってくる。
「長さはどれぐらいにいたしますか?」
指で髪を挟みながら、何パターンか長さを確認してくれる。
これではいけない……されるがままなんて悪役令嬢らしくない……もっとそれっぽい対応を……。
うん、思い浮かばなかった。そもそも作中に髪を切るシーンはなく、私の想像力では限界を迎えた。……私の想像力乏しすぎない?
「それがいいわ」
気に入った長さがあったので応えると、アリスは頷いた。それを合図に、キレイな金髪が次々と地面に落ちていく。
本当に美しい髪。現実でこれを維持しようと思ったら、どれだけの時間とお金がかかるのだろう。
なんて現金なことを考えられるほどに、髪を切るアリスの手付きには安心感があった。
「随分と慣れているのね」
「はい。家では姉弟や近所の子供達の髪を切っていたので。だけど……クリスティーナ様の髪は別格です。サラサラで素敵ですね。手触りが良いし……ハサミも通りやすいです」
アリスはやさしい手つきで私の髪を撫でる。
その感触は嫌ではなかったが、経験の少ない私には刺激的すぎた。
「あまり触らないでくださる」
「あ、すみません……つい」
セリフこそ悪役令嬢ぽさが出ていたが、自分でも照れが出すぎているのが分かった。これ以上話すとボロが出そうなので、下を向くことで会話を拒否する。
ああ、この感覚は知っている。昔美容院に連れて行かれて、コミュ障すぎて何も話せなかった時と同じだ。
無言でされるがままにしていると、鏡を差し出された。
「いかがでしょうか、クリスティーナ様」
出来上がりを確認すると、それはもう完璧だった。
これ以上の満足があるだろうか。仕上がりもそうだが、こんな髪の短いクリスティーナは、ゲームでは出て来ない。
ストーリーから外れていること間違いなしで、王子から嫌われ、バッドエンドへ向かうことができるに違いない。
「アリスさんはプロの美容師みたいね」
「美容師……とは、なんでしょうか?
私の中では最高の褒め言葉だったのだが、この世界に美容師はいないらしい。
「とても気に入ったわ。ありがとう」
私が言い終えたところで、取り巻きが青ざめた顔をした。何かマズイことを言ったのかとも思ったが、アリスが目を輝かせているのだから、多分大丈夫だろう。
……って、大丈夫ではない。クリスティーナな私が、軽率にお礼を言うなんてあってはならない。
「感謝してあげないこともなくもなくってよ」
感謝ぽくない言葉をひねり出したが、これが限界だった。それぐらいに、鏡に映るクリスティーナは美しかった。
「ああ……クリスティーナ様の美しい髪が……」
「私はこれからどうすればいいの……」
嘆く声が聞こえてきて、私は確信を得た。
髪を切ったのは間違っていない。この世界の常識と違う行動をできたのだ。
また一歩、バッドエンドに近づけた。あとはこのチャンスを無駄にしないだけだ。
次の日に訪れる大チャンスを。
取り巻きにお願いすると、困った顔を浮かべた。というか、朝からこの顔しか見ていない。
ゲームの中では、常に悪い顔をしてきた気がするんだけど。
「僭越ながらクリスティーナ様……その……髪の切るのはちょっと……」
「はい……一度切ってしまったら、すぐには戻せませんし……」
二人の口調から察するに、私がなにか企んでいると思われているらしい。
もちろん……それは大正解だ。なにせ私はバッドエンドを目指しているのだ。
この世界の常識と違う道を進むと決めた。
「髪の短くすることに、なにか問題がありまして?」
二人はビクッと肩をすぼめると、そのまま黙ってしまった。
どうやら彼女たちに頼むのは難しいようだ。
「あの、クリスティーナ様」
透き通った声に振り向くと、そこにはアリスがいた。
その髪は短く、とても快適そうだ。
「あなたは田舎のっ!」
「出る幕じゃないのよ!」
取り巻き達が騒ぎ立てるが、アリスは2人を無視して私の横に立つ。
その表情はストーリー終盤、第一王子ルートで見せる表情に似ていた。
自分で何をするかを決め、周りにから何を言われようと成し遂げようとする強い意志が込められていた。
そしてその場面は、クリスティーナが許嫁としての立場を失い、バッドエンドへと向かう始まりのシーンでもあった。
「クリスティーナ様」
アリスはじっと私を見つめると優しい表情を浮かべた。
あり得ない……いえ、あってはいけない。
その表情は私に向けられるものではなく、結ばれた攻略対象に向けられるもののはずだ。
悪役令嬢な私に向けられるべきものではない。
「私がおふたりの代わりに髪を切ってもよろしいでしょうか」
予想外の提案に、さっきまで考えていたことが吹き飛んだ。
どうしたのよアリス。あなたはこんな積極的な子ではなかったはず。
いえ、決意を決めたアリスなら行動力はたしかにスゴイ……スゴイのだけれど、今は終盤どころかまだプロローグ中。
アリスが変わるには早すぎる。
「いかがでしょうか」
あれこれ考えていると、アリスはもう一度聞いてくる。
その瞳は透き通っていて、思わず吸い込まれそうになるぐらいに綺麗で、気がつくと言ってしまっていた。
「それではお願いしようかしら」
アリスがハサミを受け取ったのを見送ると、私は椅子に座った。
後ろに立ったアリスから、香水のものではない天然のいい香りが漂ってくる。
「長さはどれぐらいにいたしますか?」
指で髪を挟みながら、何パターンか長さを確認してくれる。
これではいけない……されるがままなんて悪役令嬢らしくない……もっとそれっぽい対応を……。
うん、思い浮かばなかった。そもそも作中に髪を切るシーンはなく、私の想像力では限界を迎えた。……私の想像力乏しすぎない?
「それがいいわ」
気に入った長さがあったので応えると、アリスは頷いた。それを合図に、キレイな金髪が次々と地面に落ちていく。
本当に美しい髪。現実でこれを維持しようと思ったら、どれだけの時間とお金がかかるのだろう。
なんて現金なことを考えられるほどに、髪を切るアリスの手付きには安心感があった。
「随分と慣れているのね」
「はい。家では姉弟や近所の子供達の髪を切っていたので。だけど……クリスティーナ様の髪は別格です。サラサラで素敵ですね。手触りが良いし……ハサミも通りやすいです」
アリスはやさしい手つきで私の髪を撫でる。
その感触は嫌ではなかったが、経験の少ない私には刺激的すぎた。
「あまり触らないでくださる」
「あ、すみません……つい」
セリフこそ悪役令嬢ぽさが出ていたが、自分でも照れが出すぎているのが分かった。これ以上話すとボロが出そうなので、下を向くことで会話を拒否する。
ああ、この感覚は知っている。昔美容院に連れて行かれて、コミュ障すぎて何も話せなかった時と同じだ。
無言でされるがままにしていると、鏡を差し出された。
「いかがでしょうか、クリスティーナ様」
出来上がりを確認すると、それはもう完璧だった。
これ以上の満足があるだろうか。仕上がりもそうだが、こんな髪の短いクリスティーナは、ゲームでは出て来ない。
ストーリーから外れていること間違いなしで、王子から嫌われ、バッドエンドへ向かうことができるに違いない。
「アリスさんはプロの美容師みたいね」
「美容師……とは、なんでしょうか?
私の中では最高の褒め言葉だったのだが、この世界に美容師はいないらしい。
「とても気に入ったわ。ありがとう」
私が言い終えたところで、取り巻きが青ざめた顔をした。何かマズイことを言ったのかとも思ったが、アリスが目を輝かせているのだから、多分大丈夫だろう。
……って、大丈夫ではない。クリスティーナな私が、軽率にお礼を言うなんてあってはならない。
「感謝してあげないこともなくもなくってよ」
感謝ぽくない言葉をひねり出したが、これが限界だった。それぐらいに、鏡に映るクリスティーナは美しかった。
「ああ……クリスティーナ様の美しい髪が……」
「私はこれからどうすればいいの……」
嘆く声が聞こえてきて、私は確信を得た。
髪を切ったのは間違っていない。この世界の常識と違う行動をできたのだ。
また一歩、バッドエンドに近づけた。あとはこのチャンスを無駄にしないだけだ。
次の日に訪れる大チャンスを。
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