僕は君だけの神様

神原オホカミ

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第一章

第11話

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 自室へそそくさと戻ったのだが、その後すぐに部屋がノックされて美海が眉毛を寄せて入ってくる。さっきはごめんね、と謝ってきたのだが、父の癇癪も美海の反抗も、今に始まったことではないので、美空は「別にいいよ」と返した。

「お父さん、どうしてあんなに頭でっかちなんだろう。お姉ちゃんを見習えってばっかり言うけどさ、私はお姉ちゃんみたく頭よくないし」

 美海は部屋の中に入ると、クッションを掴んで口を尖らせた。ぎゅうぎゅうとクッションに力を入れているので、美海としては不完全燃焼なのだ。

「お父さんが言ってるのは、見た目のことじゃない? スカートを膝丈にして、くるぶしソックスにして……お化粧とかさ、止めてほしいんだと思うけど」

「え、無理無理今さら。キャラ変更できないし、お姉ちゃんみたいな見た目になったら、今のグループの子たちと一緒に居られないもん」

 悪気の全くない美海の言い方に、美空は胸がひりひりとした。お風呂行ってくるからと言って、美空は部屋から美海を追い出して、すぐさま風呂へと入った。

「……お姉ちゃんみたいな見た目、ね……」

 言われて美空は、曇った鏡を手で拭いて、そこに映し出された顔を見る。美海ほど派手な顔立ちではないものの、普通にしていれば地味だというほどでもない。

 しかし、自分の容姿に目を向けたことなど一度もないので、ただただ両親に言われるがまま、大人しく髪の毛を伸ばして編んで、眼鏡の奥からじっと世界を見ているだけだ。

 そうしたいわけではないが、そうせざるを得ない。そうしないと父親は機嫌が悪いし、母親にもお姉ちゃんは真面目にしてよと言われる。

 妹だからといっても、年子で一つしか違わない美海は美空よりも甘やかされた。さらに言えば、天真爛漫でお転婆だった美海は反抗期が来るのも早く、それに伴ってお姉ちゃんなんだからと牽制されて、美空は大人の言うことに年々逆らえなくなっていった。

 反抗期なのに、反抗期がないのだ。反抗する気さえ起きない、抑圧された環境。そして、そんな姉を褒める両親と、反対に反抗的で天真爛漫な妹。

 気がつけば派手で明るい妹と地味で勉強ができる姉、というでこぼこの姉妹になっていた。美海の友達が美空を見て絶句したことは、一度や二度ではない。見た目の違いは少なくとも、雰囲気や性格によって人は見え方が違ってくる。

 明るくてあけっぴろげな美海と、内気で人としゃべらない美空とでは、見た目も雲泥の差だった。

「いいな、美海は……」

 そうつぶやくと同時に、訳も分からない涙が込み上げてきた。理由なんてなかった。自由に生きているように見える美海が羨ましかった。

 両親に、ガツンと言いたいことを言えて、友達もたくさんいて、楽しそうに学校生活を送っている美海が、本当は心の奥底から羨ましい。自分だって言い返したい。もっと、放課後に友達とおしゃべりをしたい。

 今日のように、映画を見たり、夕ともっと一緒にいたい。そう思えば思うほどに、自分がなぜか惨めな生き物のように思えてきた。

 そして、そうはなれない自分がむず痒い。

「どうして姉妹なのに、こんなにも違うんだろう」

 涙をこらえて、ごしごしと顔を洗った。考えるほどに、思考は澱《よど》んでいく。結局どうしたいのかもわからないままに、美空はゆっくりとお風呂に浸かって出た。泣いている姿を、家族の誰にも見られたくなかった。

 部屋に戻ると、美海の部屋から明かりが漏れていて、そこから楽しそうに電話をしている声が聞こえてくる。さっき言っていた彼氏だろうと、簡単に想像がついた。

 ありきたりな平凡な会話をしているのだが、それでも美海の嬉しそなう声が、楽しいということを物語っていた。美空は彼氏など、考えついたこともない。少女漫画を借りて読むくらいで、それは空想の話であって、自分には縁がないものだと思っていた。

「あと、たった三ヶ月……」

 美空は、美しい神様からもらった魔法のノートを開く。今日の映画の感想を書いて、楽しかったあの素晴らしい時間を頭の中で何度も何度も反芻した。

 初めて食べたポップコーン、隣に座りながら、一緒にスクリーンに釘づけになったあのひと時。帰り際までずっと、映画の感想を述べあったのが、幻であったかのように感じられた。

 夕が隣でほほ笑んでくれていて、思い出すだけでまるで夢みたいなひと時が、美空の心を柔らかく包み込む。夕は優しい。誰にだって優しいが、美空にももれなく優しい。それが、美空はとても嬉しかった。

「先輩の隣に並んで、胸を張って歩いてみたいな……」

 美海の自信に溢れた態度、誰とでも仲良くなれるスキルが美空は羨ましかった。中身を変えるには時間がかかる。でも、見た目なら一瞬で変えることができる。そんなことを思い立った。

 先輩の隣に並んで歩いている自分は、いつもうつむいていて地味で華がない。美海だったらピッタリだ。そう考えると、顔は似ているのだから、見た目を変えれば、ほんのちょっとでも美海のようになれるかもしれないと、美空はノートを撫でる。

 三か月後に、この世を去らなくてはならない。だったら、やりたいことをもう少しやってみるのに、時間を使わなければ意味がない。

 深呼吸をすると、美空は思い切ってノートにシャープペンを走らせた。

〈見た目を変えたい〉

「見た目だけなら、私にだって、変えられる……」

 夕の隣に並んで歩いても、不思議に思われない姿になりたい。見た目を変えて、まずはスタートラインに立って見る。そこから何か、違う世界が現れるかもしれない。そのための、見た目を変えるというお願いを書き終えると、美空はシャープペンを強く握った。
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