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2巻 夏と花火とつながる思い

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   プロローグ


 偶然と必然は、実は同じなのかもしれない。
 偶然を装った必然が、世界にはある。
 世の中に存在しているすべての出来事が偶然ではなく必然なのだとしたら、きっと今この身に起きていることも、自分にとって必要なことなのだろう。


『おーい、瑠璃るり!』

 独特なエッジの効いた声で名前を呼ばれ、瑠璃は立ち上がった。すると今度は頭上付近から同じ声が聞こえてくる。視線を周りに向けても、声の主は見つからない。

龍玄りゅうげんじゃ話にならへん。通訳頼むわぁ』
「今行くね!」

 けれど瑠璃は自然とその声に返事をして、サンダルをつっかけると表玄関に向かった。
 ――小さい時から、瑠璃の耳は不思議な『声』を拾っていた。
 神社の片隅で、部屋のベッドの下で、時には囲んだ食卓から。
 家族からでも友人からでもない呼びかけを幻聴だと悩んでいた彼女が、声の正体を知ることになったのはつい半年ほど前のことだ。
 結局今でも瑠璃に声の主の姿は見えないが、もう彼らの声を瑠璃が恐れることはない。
 声の主たちは『もののけ』と呼ばれる人の妄念が生み出した生き物で、たいそう愛らしく憎めない存在である、と知ったからだ。
 瑠璃は、とある縁あって知り合ったこの家のあるじ、日本画家の龍玄が住む広い日本家屋に居候をしている。彼は瑠璃とは反対に、『もののけ』を見ることはできるが声は聞こえない。
 今でこそ彼はもののけ画家などと呼ばれているが、龍玄も以前は瑠璃と同様、この世のものではない生き物が見える体質に悩まされていた。
 そんな二人がすったもんだの末に、龍玄の原画に住みついていたもののけ達に引っ越し先を提供したのは春先のこと。
 そして忙しかった時期は過ぎ、梅雨の到来を待つ五月に屋敷に運ばれてきたのは――

「龍玄先生、彼は河童かっぱで、名前はないそうです」

 ぱたぱたと足音を響かせながら庭園を抜けて表玄関にたどり着くと、瑠璃は自分には何もいないようにしか見えない空間を手で示した。それから神妙な顔で耳をそばだてて、大仏池だいぶついけから運ばれてきた怪我をしたもののけ――河童かっぱの通訳をし始める。

「痛い痛いって、とてもしんどそうな声が聞こえてきます。ええと、頭に載っているお皿が割れてしまっているんですよね?」

 瑠璃が訊ねると、龍玄は顎に手を当てて複雑な顔で頷く。その視線は、瑠璃と同じく何もない空間に向けられている。

「ぱっくり割れているわけじゃないんだ。ひびが入ってて」

 龍玄はもののけが見えない瑠璃に状況を説明し、瑠璃は聞こえてきた声を龍玄に伝えながら現状を把握していく。
 龍玄が言うには、河童かっぱと聞いてみんなが想像するイメージではなく、丸々太ったカモノハシのような見た目だという。文鳥のような太いくちばしと、苔緑こけみどり色の身体に手足には水かき。そして頭の上にある、河童かっぱの代名詞とも言えるつやつやした皿を負傷しているようだ。

「……この皿を、俺にどうしろと……?」
『そんなんうてないで、さっさと助けたって!』

 龍玄は本気で考え込んで固まってしまっている。精悍せいかんな顔立ちは、伸びっぱなしの髪の毛と無精ひげと苦悩の表情をもってしても隠しきれていない。
 その間にも、瑠璃をこの場に呼んだ張本人であり、屋敷の長老もののけである桔梗ききょうがたいそうな勢いでまくし立てて、どうにか河童かっぱを助けるように言っている。
 桔梗の言葉を伝えて、さらに龍玄が複雑怪奇な表情になった時。桔梗とも河童かっぱとも違う渋みのある声が天井のほうから聞こえてくる。

『おうい、助っ人呼んだで。これでもう安心や』
「先生、フクが助っ人を連れてきてくれるそうです」

 声の主は、小さい時から瑠璃のことを見守ってくれているもののけのフクだ。もっふりとした毛並みの一つ目で、フクロウのような見た目らしいその子に、龍玄が「フク」と名付けたのだった。
 伝えると同時に、龍玄の目線が瑠璃の肩に向けられる。

「助っ人?」
『超~頼りになるで。今は代表者だけ来てくれはったよ』

 フクが言ったそのままを伝えたのだが、龍玄は眉間にくっきりしわを作った。

「頼りになる? 姿が見えないのだが……?」
『この子達は恥ずかしがりなんや』

 フクの説明のあと、瑠璃の耳に小さな声が聞こえてくる。

『よろしくねぇ』

 こうしてもののけ画家・高遠たかとお龍玄と彼の助手・宗野そうの瑠璃の住むお屋敷は、賑やかな新緑の季節を迎えていくことになる――



    第一章


 瑠璃が居候という形で龍玄の助手兼手伝いをしているのは、古都奈良の若草山わかくさやまのふもとにある静かな住宅地の一角。
 神のお使いである鹿の侵入を防ぐため、周辺の家々の門には彼らが入ってこられない工夫がなされている。
『高遠』と書かれた木の表札がかけられているのは、思わず入るのを躊躇ためらうような豪華な数寄屋すきや門。ここが、日本でも指折りの人気を誇る芸術家、通称もののけ画家、龍玄の住まいだ。
 屋敷の玄関からは、人の目には見えていない生き物――もののけ達が自由自在に出入りを繰り返している。龍玄の瞳には彼らが映り、瑠璃の耳には声が届くからだ。彼らもののけにとって、今や高遠家は心地のよい住処になっていた。
 そんな二人の元に、怪我をした河童かっぱが運ばれてきている。

『痛いよぉ……も、ほんまにあかん。死んでまう』

 瑠璃は痛みを訴える声に眉をひそめた。龍玄に状況を訊ねると、河童かっぱは地面にペタンと座り込み、頭のお皿を押さえてしくしく泣いているのだという。
 あまりに痛い痛いとべそを掻いているので、瑠璃としては早く手当てをしてあげたい。
 一方龍玄は腕組みしながら、瑠璃の肩――にいるフクをうろんな目つきでじいっと見つめている。

「……どこにいるのかわからないようなもののけが、手当ての切り札だと?」
『せや。小さいけど、めちゃめちゃ頼りになるで』

 すると、そんなフクの声に続いて、フクでも桔梗でもない声が届く。

『あのなぁ、まずは水に入れてやらんと可哀想やで』

 五歳児くらいの小さな子どもの声だ。瑠璃はきょろきょろ辺りを見回した。もちろん姿は見えないが、とても近くにいるのだけはわかる。

「先生、水に入れてあげたほうがいいって聞こえるのですが」
「仕方ない。ひとまずは風呂に水を張って入れておくしかあるまい。準備してもらえるか?」
「もちろんです!」

 龍玄とて、困っているらしい河童かっぱを助けたくないわけではないのだろう。即座に返ってきた言葉に、瑠璃はすぐさま風呂場へ向かう。
 同時に瑠璃は自分の近くにいるであろう、姿を見せない助っ人のもののけに感謝を述べた。

「あの、どこのどなたかわかりませんが、助けてくれてありがとうございます」
『安心しい、瑠璃。その声が、くだんのエキスパアトや』
「もののけさん、手伝うことがあれば指示してね」
『わかったよぉ』

 返事はとても小さくて、話し方もまるで子どものようだ。
 いったいどんなもののけが現れたのだろうとワクワクする一方で、急いで河童かっぱの手当てをしてあげなくちゃと思う。瑠璃は風呂場に飛び込んで、バスタブに三分の一ほど水をためた。
 それから龍玄ともののけ達にお願いして、河童かっぱを連れてきてもらう。
 瑠璃に河童かっぱの姿は見えないが、一瞬、バスタブの中の水面がたぷんと波打ったように見える。おそらく、水の中に河童かっぱが入ったのだ。さて、どうだろうと思っていると小さな声が瑠璃の鼓膜を揺らした。

『まだしんどそうやね。弟たち連れてくるさかい、待っとって』

 そう言い残してもののけが去っていく気配がする。
 瑠璃は声を聞き届けてから、たぶん河童かっぱがいるだろう場所を見つめた。

河童かっぱさん。何かあればまとめ役の桔梗か、フクに伝えてくれる?」
『お嬢さん、ワシらの声が聞こえてはるの?』
「ええ。でも、私は見えないのよ。逆に龍玄先生は、見えるけれど声は聞こえないの」

 瑠璃は隣で立ち尽くしている龍玄を紹介した。するとふんふんという音と一緒に、また河童かっぱがしょんぼりとした声を上げる。

『そお、めちゃめちゃ助かるわ。でもいとうていとうて』
「さっきのもののけが仲間を連れてきてくれるって言ってたけど……ちょっと待ってね」

 あまりに悲痛な声に、瑠璃は自分にできることがないかと、慌てて救急箱を取りに行った。そして戻ってきて色々なグッズを取り出したところで、はたと手を止める。

「瑠璃、何をしているんだ? まさか手当てを?」
「そう思ったんですが、でも……絆創膏ばんそうこうじゃ、お水に浸かったら剥がれちゃいますよね」
『もうそれでかまへん。えらい沁みるのよ』

 河童かっぱの言葉に頷いて、絆創膏ばんそうこうを取り出し――自分では彼の傷口に貼れないことに気がついた。腕組みしたまま横に立っている龍玄を見上げると、ものすごく嫌そうな顔をされてしまう。

「先生……」
「――……わかったから、そんな目で俺を見るな」

 瑠璃から絆創膏ばんそうこうを受け取ると、龍玄は河童かっぱの頭に貼ってあげたようだ。
 しかし、引き続き唸り声が聞こえてくる。

『あ、あかん……まだ沁みるわ』

 どうやら絆創膏ばんそうこうでは足りなかったようだ。瑠璃は救急箱の中身を広げつつ、龍玄を振り返る。

「包帯じゃ取れちゃいますかね? あ、ラップで包むのはどうでしょう?」
「陶器のような質感だから金継ぎするのがいいんじゃないか?」
「金継ぎのできる職人さんが、この辺りにいますかね?」
「文化財の修繕の職人なら……ああでも、そもそも見えないのか」

 うんうんと頭を捻っていると、瑠璃の頭上にいる桔梗が呆れたような声を上げる。

『なーに二人して漫才してんねん! しかも両方ボケてどないすんの!』

 大真面目に会話をしていたつもりでいた瑠璃は、桔梗の言葉に肩を落とした。
 たしかに人間相手でさえ傷の処置は難しいのに、ましてや怪我をしているのは姿の見えないもののけだ。自分が役に立てるとは到底思えない。
 手を止めてしまった瑠璃を慰めるように桔梗の声が続く。

『ま、まあ、ラップはいい案やけど。それより、救急窮鼠隊きゅうきゅうきゅうそたい待っとったほうが確実やで』
「きゅうきゅう、きゅうそたい?」

 まるで早口言葉のようなことを桔梗に言われて、瑠璃は首をかしげる。
 すると、窮鼠という単語を聞いた龍玄が驚いた顔になった。

「窮鼠って、あの窮鼠のことか?」

 桔梗が頷くと、龍玄は「なるほど」と言いながら作務衣さむえの袂に手を入れて腕組みした。窮鼠と言われてもピンと来ておらず、どういうもののけか想像していた瑠璃に向かって龍玄が説明を始める。

「……いわゆる、ネズミに似たもののけだ。千年生きるとか、ネコを食べるとか。資料ではわりと大きめな姿で描かれていると思うが、実物は俺もまだ会ったことがない」
「先生も見たことがない、レアもののけですか」

 瑠璃はますます、どんな姿かたちをしているのか気になってしまう。ソワソワしていると、桔梗が『あ!』と声を上げた。

『早いなぁ。みんなもう来てくれはったわ』

 桔梗の声とともに瑠璃は風呂場に続いている廊下を見た。もちろん何も見えなかったのだが、しかし、龍玄がギョッとしたように眉根を寄せるのがわかる。

『お待たせぇ。弟たち、呼んできたよぉ』

 先ほどの子どものような小さい声が響いてくる。それに応えるように、いくつものプップッという鳴き声が瑠璃の耳に届いた。

「待て、なんだか俺の知っている窮鼠と違うぞ。しかも、五匹に増えてないか?」
『彼らがその道のプロ。通称、救急窮鼠隊やで、先生』

 フクの声とともに登場したのは、とても小さなネズミのようなもののけ――窮鼠だという。

「そんな小さいのに、もののけの手当てができるのか?」

 龍玄が怪訝な顔をして彼らを見つめる。視線に気がついた窮鼠達はおののいたようだ。

『やだ! 僕たちのこと見えてる!?』
『ええええ、あかんあかん!』
『いや! 怖い‼』

 騒ぐ声が一通り収まったのと、龍玄の眉間のしわが深くなったのが同時だ。瑠璃は見えずともわかる彼らの怖がりっぷりに、おずおずと手を挙げた。

「先生。このもののけ達は、恥ずかしがりだと先ほどフクが言っていたのですが」
「そのようだな。一瞬にして瑠璃の陰に隠れて、尻尾しか見えない」

 声に反応して、彼らは尾っぽもきっちり隠してしまったようだ。龍玄が深くため息を吐いた。
 救急窮鼠隊の五人衆が他の窮鼠と一味違うのは、それぞれが背中に小さな風呂敷を抱えていることだそうだ。風呂敷の中には、もののけの怪我を治す治療道具が入っているという。

『まあ、任せといたらええ』

 フクがふふふふ、と意味深に笑った。


 それから瑠璃は風呂場の入り口にしゃがみこみながら、救急窮鼠隊と河童かっぱのやり取りをじっと聞いていた。今この場にいるのは、瑠璃と桔梗とフク、河童かっぱと窮鼠達のみだ。
 窮鼠らは、人に姿を見られることを異様に怖がっている様子が伺えた。
 今までもののけ達にそこまであからさまに怖がられたことがない龍玄は、彼らの反応に多少ショックを受けたらしく、無言で部屋に戻ってしまった。
 瑠璃は会話に聞き耳を立てる。

『どうしたらこんなところにひび入るのさ?』
河童かっぱ、泳ぐの上手なのに』
『石でもぶつけられた?』

 窮鼠達が可愛い声で訊ねると、河童かっぱは痛そうにうめきながら事故当時を振り返った。

『ワシが住んどる池でな~、いつも通りぷかぷか浮いとった時のことや』

 河童かっぱがゆっくりしていると、凶暴な雰囲気をかもし出している亀が、大きな口を開けてやってきた。そして突然、かじられそうになったという。
 亀に襲われまいと、慌てて逃げた拍子に岩にぶつかり、頭の皿にひびが入ってしまった。
 幸いにも、パカンと真っ二つという悲惨なことは避けられたが、それでもやっぱり水が沁みるのだという。爪が割れたら地味に痛いのだから、それが頭だったら想像以上につらいに違いない。

「びっくりしたし、痛かったよね」
『聞いとったわしもなんか全身いたなってきたわ』

 フクに大丈夫か訊ねつつ、河童かっぱには早く治療して良くなってほしいと願うばかりだ。瑠璃が心配していると、河童かっぱは唸りながら器用にため息を吐いた。

『普通の亀はおとなしいけどな、遠い国から来た亀は、なぁんか言葉もあんまり通じひんし、すーぐかじりついてきよる。とにかくおそろしい』
「外来種ってこと?」

 瑠璃の疑問と同時に、窮鼠達の同意が重なる。

『わかる、怖いよねぇ』
『前も誰かかじられとったよなぁ?』
『噛み痕くっついとったな』

 彼らの話を統合すると、どこからか河童かっぱの住処である大仏池に亀が持ち込まれた結果、気がつけば彼らの数が増えていたという。

『亀が外国から勝手に歩いてくるわけがないしな、捨てられたと違うか。家族に見捨てられたってわかってるやろし、寂しいんやろな』

 事情はわかるんや、でもなあ、と河童かっぱが言う。

『だからって、ワシらを襲うのは勘弁や。まさか、こんな痛い思いするなんておもてへんかったわ』

 ため息交じりの言葉に瑠璃は思わず俯いた。
 色々なところで、じわりじわりともののけの生活が脅かされている気がした。
 ――人間の思念や思いが、もののけを生み出している。
 そんな彼らに対する畏怖の念が消えてきた昨今、彼らの住む場所は減ってしまっている。そして、外で暮らすもののけ達にも、このような脅威があるということを初めて知った。
 つい最近、龍玄の家に元々居ついていたもののけ達を手助けすることができた。瑠璃と龍玄の筆で、もののけを信じる気持ちをたくさん詰め込んだ絵を描き、画中に引っ越ししてもらったのだ。
 それは大成功に終わったのだが、他の場所でもこうして日々、問題は水面下で起きているようだ。

『まぁ、これも時代の流れなんやろなぁ』

 河童かっぱの呟きは、瑠璃にはとても寂しく聞こえた。せめて、という思いでバスタブのほうに視線を向ける。

「ねえ、怪我が治るまでこのお屋敷に居候するのはどうかしら?」

 先ほどの河童かっぱの寂しそうな言い方に、なんだか放っておけなくなってしまった。

『ここにってもええの?』

 恐る恐る河童かっぱに訊ねられ、瑠璃はにっこり笑った。

「龍玄先生に訊いてみないとだけど。多分、いいって言ってくれると思うわ」

 もののけに苦しめられたが、彼らに助けられたとも思っている龍玄は、厳しい雰囲気とは真逆の慈愛溢れる人物だ。
 瑠璃がきっと大丈夫と呟いた途端、桔梗とフクが瑠璃の周りでうんうんと頷く。

『せやなぁ。瑠璃がお願いしたら、龍玄もええって言いそうやな』
『先生は、顔は鬼みたいやけど、あれで根は優しいもんなあ』
「顔は鬼って……フク、そんなこと言ったら怒られるわよ」
『平気やで。先生にわしらの声聞こえてないし』

 そういうことじゃないと瑠璃が眉根を寄せていると、はしゃぐような可愛らしい声が耳に届く。
 助かるなぁ、だったら僕が残るよぉ、お薬処方せな、と窮鼠達の今後の方針が決まり始めたようだ。

「先生に頼んでくるから、みんなちょっと待っていてね」

 瑠璃は立ち上がると、龍玄の部屋に足早に向かった。
 声をかけてから引き戸を開けると、龍玄はいつものように座椅子に座りながら机に向かっていた。

「失礼します」
「瑠璃、もう少しこっちに来てくれ」

 お辞儀をしてから中に入り、手招きしてくる彼の手元を覗き込むと、そこには可愛らしい姿のもののけが描かれていた。どうやら今来たもののけ達の絵を準備してくれていたようだ。

「これがさっき来た河童かっぱだ。大きさは俺の膝下くらいで、けっこうまるまるしているな」

 緑色のカモノハシに似た生き物がペタンと地面にお尻をつけて座り込み、ひび割れた皿に両手を伸ばしている。目からマンガみたいに涙を流しているのは、龍玄の脚色だろう。痛がっているところ申し訳ないが、瑠璃はクスッと笑ってしまった。

「すごく可愛らしいですね」
河童かっぱをそう思うなら、窮鼠も同じような感想になるんじゃないか? あいつらは手のひらに乗る大きさだった」

 別紙を取り出して渡されたのを受け取って、瑠璃は悶絶しかけた。

「これは……先生、可愛すぎます」

 五匹の小さなもののけたちは、綿毛のようにふんわりと丸っこい姿をしている。
 ちょこんと座っているもの、四つの足で立っているものなど、兄弟それぞれで仕草が違って描かれている。

「白、ネズミ色、青みがかった灰色に、茶まだらと淡い黄色……と色味が違うんだ」

 全員、先がくるんと巻かれた尻尾が生えていて、本数の違いで一匹一匹を区別できるようだ。尻尾の本数は、一本から五本までそれぞれ異なる。
 それを一目見ただけで覚えて描き出してしまうのだから、瑠璃は龍玄の技術に感動した。

「一瞬だけ見えたが、治療風景はこんな感じだ」

 さらに出された紙を見るなり、瑠璃はたまらず笑顔になった。
 河童かっぱの皿の上やバスタブのふちに窮鼠達が乗っかり、背中の風呂敷から小さな治療器具や薬を出している姿が描かれている。

「とても心が和みます」
「もののけばかり増えるな、この家は」

 龍玄は肩を落としてから長い前髪を掻きあげた。

「さて。君が俺の部屋に来たってことは……治療が終わったか、治るまでここに居候させてくれと頼みにきたかのどちらかかな?」


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