剣と魔法の世界を拳ひとつで生き残る!

黒咲 ちゃまめん

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2章 ラキエラ連邦

6話 復習と反復

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 谷間に吹き荒れる風が、耳元を突き抜ける。

 「……くっそ、今日もやるのかよ……!」

 天音の声が、空に吸い込まれた。目の前にはイノシシ型モンスター、「グラント・ホッグ」が唸りを上げて立ちはだかる。それは三メートルはあろうかという巨体で、全身は岩のような甲皮に覆われていた。

 「ほら、止まるな。風の氣は流れだ。立ち止まれば、お前の中にも入らん」

 木の上からラゼンが木の実をかじりながら見下ろしている。相変わらず教える態度ではなく、ただ煽ってくるだけだった。

 「流れだって言われても……!」

 叫ぶと同時に、グラント・ホッグが突進してきた。咄嗟に横跳びで避けると、足元の地面が抉られ、砂埃が舞った。

 「ふう……、避けるのは……もう慣れた……!」

 息を切らしながらも天音は姿勢を低く保ち、次の一手を構える。拳に氣を込める、が、ラゼンが叫ぶ。

 「違う!氣が外に出ておる!」

 「なにが違うのよっ!」

 天音は叫びながらも突進してきた獣の横腹へ拳を叩きつけた。だが、甲皮に弾かれてしまい、跳ね返るように後ろへ吹き飛ばされる。

 「ぐっ……!」

 地面を転がり、崖の縁ギリギリで止まった。足元がガラガラと崩れ、小石が奈落へと落ちていく。

 「……なんで、こんなに……できないの……?」

 拳を見つめる。全身の氣は確かに流れている。だけど、それが「風」としての流れにならない。どうして――

 「風の氣は“呼吸”に宿る。それをお前はまだわかっとらん」

 ラゼンが静かに木の枝から飛び降りてきた。

 「無理に氣を出そうとするな。お前が風にならねば、風の氣は扱えん」

 「風になれって、どうすればいいのよ……!」

 思わず崖の淵に手を突く。だが、その瞬間、崖の端が崩れた。

 「あっ……!」

 体が宙に浮く。

 落ちる、と思った次の瞬間だった。

 吹き荒れていた風が、突然、身体の中に入り込んでくるような錯覚が走った。

 ――流れ込む。

 肺に、骨に、血管に。

 風が、天音の内側を走る。心臓が一度大きく脈打つ。

 次の瞬間、空中で体勢を制御し、まるで風に乗るかのように一回転、岩を蹴って崖の上へと舞い戻った。

 「っは……!」

 着地した天音の髪が、風にたなびいていた。

 「……風が、身体の中に……」

 手を見る。指先に纏う氣が、今までとはまるで違う質感を帯びていた。

 「ふふっ……やっと、風と一体になりおったか」

 ラゼンが笑った。

 「今のお前なら、“避けて、打つ”ができるはずだ。さあ、もう一度グラント・ホッグに向かえ」

 天音は頷き、崖を振り返らずに再び獣の元へ走った。

   ***

 一方その頃。

 赤く染まった空の下、ライとレノン、そして彼らと行動を共にする冒険者たちの一行は、大蛇の巣があるとされる峡谷地帯を目指して進んでいた。

 「なあ、まだ? もう歩けない~っていうか、汗が砂になってる気がする!」

 レノンが後ろから駄々をこねながら、ライの肩に寄りかかる。

 「だったら最初から文句言わずにキャラバンでも借りればよかったのに……」

 「借りるお金、無いでしょ? だってライ、全部スイーツ代に使ってたじゃん」

 「ぐぅっ……ぐうの音も出ない……」

 くだらない会話に苦笑いする冒険者たちを背に、一行はなんとかキャンプ地へと辿り着いた。

 「今日はここで野営だ。明日には巣の手前に着く」

 夜の風が吹き始める。星空の下、簡易テントの中でライは寝返りを打った。眠れない。

 その時、物音がした。

 「……なんだ?」

 起き上がったライの目に映ったのは、黒い霧のようなものを纏った“アンデッド”だった。

 腐敗した体から異臭を放ち、じりじりと近づいてくる。

 「なっ……!」

 すぐさま身構え、氣を拳に込めて攻撃を繰り出す。しかし――

 「硬い……!? 効かない……!」

 アンデッドの体は既に人の形をしておらず、斬撃も打撃も通じなかった。

 「どうすれば……」

 避け、逃げ、距離をとる。

 そのとき――昨日の短剣を腰から抜き取る。

 その瞬間だった、目の前には道が開ける、まるでこのとおりに動けば全て倒せるかのようだ。

 「いくぞ、アンデットォ!」
 全ての個体の頭を綺麗に割いていく。

 「習得完了まで、あと一歩ってとこね」
 ライには聞こえない、物陰からのレノンの声がした。
   ***

 夜が明け始める頃。

 一行が休んでいたキャンプ地から少し先に、巨大な足跡が残っていた。

 砂を抉り取ったような跡。間違いない、それは“大蛇”のものだった。

 レノンが一歩前へ出る。

 「来るよ。いよいよ、来る」

 そのとき、砂丘の先から地鳴りが聞こえた。

 ズズズズ……

 「――っ!」

 皆が息を飲む。

 砂を割って現れたのは、黒光りする鱗を纏った、巨大な蛇の頭だった。

 ギルドでも伝説級と語られる大蛇。

 そして、次の戦いの始まりを告げる咆哮が、峡谷に響き渡った。
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