【完結】優しい君に「死んで」と言われたある夏の日

雪村

文字の大きさ
12 / 46
夏休み初旬 私と絵

自称姉妹

しおりを挟む
「桜ちゃん、今日もありがとう」

「いえ、私も楽しかったので」



2回目の研究室を後にして、私と才田さんは建物の外にあるベンチで話していた。

今日はここに来る前に買ったお茶を飲みながら。

才田さんはさっき室内の自販機で買ったコーヒーを手に持っていた。



「社長とは何か話してる?」

「お父さんは遅くに帰ってくるのでまず会ってないですね…」

「そうなんだ。可愛い桜ちゃん放ったらかしって…」

「今に始まった事じゃないので大丈夫です」

「それもそれで問題だと思うけど」

「…だから嬉しいんです。お父さんの役に立てることが。もしかしたら初めて一緒に何かをするかもしれません。それくらい時間が重ならなかったから」



私は少し笑ってお茶を飲む。

半分ほど減ったお茶はもう冷えてなかった。

ここのベンチは日陰だから良いけど、今日の日差しは強い。

ジリジリとする暑さだ。

きっと日に当たる所にいればこのお茶は美味しく無くなっていたと思う。

少し話すだけだから日陰のベンチにしたけど、本音を言うとここも暑かった。

才田さんはベンチの背に白衣をかけて、前と同じワイシャツとズボン姿でいる。

ちゃんと気を遣って中で話した方が良かったかな。

でも仕事場だと才田さんはキャラが違うから、こんなにフレンドリーに話せないだろう。

どっちにしろ外に出なくてはならないのだ。



「私も時間が取れたら桜ちゃんをどっかに連れて行ってあげたいんだけどね~」

「そんな…でもありがとうございます。私は大丈夫ですよ。元々インドア派なので」

「若いうちは外に出なくちゃいけないよ。私みたいになれば嫌でも外に出れないから」

「才田さんだって若いじゃないですか」

「私の年齢知ってる?」

「えっ、24くらい?」

「惜しい。25」

「若いですよ」

「ありがと!桜ちゃんに言ってもらうと本当に嬉しいよ」

「一応才田さんの妹ポジションなので」

「そうだね」



側から見たら姉妹に見えてくれるのだろうか。

才田さんといるとやっぱり姉が欲しかったなと欲が出てしまう。

まぁ自称妹なので、姉が居ると言っては居るのだが。

すると才田さんは思い出したように私に話す。



「桜ちゃんって絵が上手なの?」

「絵ですか?一応美術部入ってるので、そこそこ」

「ほら、今日絵を描いていたからさ。相手も興味津々で桜ちゃんの絵を見ていたし」

「そうなんですか?….そうだといいな」

「……」

「才田さん?」

「ああ、ごめん。考え事。美術部の活動って何するの?」

「私の学校はコンテストに応募したりとか、ただ黙々と絵を描いたりとかですね」

「へー、コンテストか」

「私は風景画のコンテストを中心にやってます。と言っても賞は取れてないんですけど」

「描けるだけ凄いよ。私なんて絵はさっぱり。未知の生物描いちゃうもん」

「見てみたいです」

「無理無理。恥ずかしい」



首と手を横に振って否定する才田さん。

私はその姿に本当に無理なんだなと笑ってしまった。

…そろそろ暑くなってきたな。

そう思っているとタイミングよく才田さんのスマホが鳴る。



「ごめん」



才田さんはベンチを立って私から離れると一言二言話し、スマホを切った。



「呼び出し来ちゃった。今日は送れないかも…」

「大丈夫ですよ。1人で帰れるので」

「ごめんね。次はちゃんと送るから」

「いえいえ。お仕事頑張ってください」

「ありがとう。それじゃあね。熱中症に気を付けて!」

「はい」



白衣と途中半端のコーヒーを持って才田さんは建物の中に入って行った。

私は緩くなったお茶を一気飲みして近くのゴミ箱に捨てる。

お腹に水分が溜まって少し苦しかった。

現在時刻は12時過ぎたところ。

また更に強くなる日差しと暑さが私の体を焼き付けた。

帰り道は家とは別方向に向かう。

それは帰り道というよりも寄り道になってしまうが。

私は海に持って行く用の画材を揃えたかった。

後で後でと思って1学期中遠回しにしたおかげで一気に今日買うことになる。

金欠までとはいかないけど、お店に滞在する時間が長くなってしまうはずだ。

さっさと買ってさっさと帰りたいけど、自業自得。

私はお店へと足を運ぶ。

が、足が止まった。

私は隣に建っている書店の目の前で考える。

あの青年に何か本を持って行ったら会話の話題になるのではないか。

画材よりもこっちが優先だ。

そう思って書店の扉を開いた。



「いらっしゃいませー」



店員さんの声と共に涼しい風が私の体を冷やしてくれる。

ずっと暑い外に居たからここは天国に感じた。

立ってぼーっとしていたいけど、迷惑になるのですぐに歩き出す。

何の本が良いのだろう。

流石に小説は読むのに時間がかかる。

パッと見てすぐに話せるものが理想だ。

私は小説コーナーや漫画コーナーを無視して奥に進む。

ここも違う、これも違うと歩いていれば小さい子用の本コーナーまでやってきてしまった。

流石に絵本はなぁ、と思い見ていると分厚い本を見つける。



「図鑑…」



花、動物、海の生き物などが多く載っている本。

私は手に取ろうと伸ばしたがすぐに方向を変えた。

手に取ったのは塗り絵。

図鑑の隣に置いてあった、簡単な塗り絵だ。

これなら2人で出来るのではないだろうか。

少しなら私だって教えてあげられる。

私が色鉛筆とか絵の具を持っていけば成り立つ話。

図鑑よりもこっちの方がよっぽど良い気がした。

私は簡単な塗り絵を2冊買う。

レジの人はきっと弟や妹に買うんだろうなと思っているかもしれない。

実際は私よりもたぶん年上の青年に贈るものなのだが。

塗り絵は安いし、何より小さい子用なので無駄な出費にはならない額で手に入った。

私は涼しい書店から出て隣にある本来の目的のお店へ入る。

ついでに色鉛筆も1つくらい買っても良いかもな。

私は海に持って行く用の画材はそっちのけで青年と描く色鉛筆を探し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...