七色ウィークリー

てりたまの助

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16年4月12日 火曜日

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 新たな一週間が始まって二日目ともなると、週末という幻想郷で過ごした記憶は忘却の遥か彼方――。思わず、本当に幻想だったのではないかと錯覚してしまうほどに……――。

 一言で言ってしまえば、月曜日ほどではないもののテンションは上がらない。心は曇り空。常に低空飛行。それが火曜日だ。

 火曜日が目を覚ますと、時刻は六時の少し前。目覚まし時計よりも早く目覚めると僅かに損してしまった気分になる。『早起きは三文の徳』の『徳』の字を『得』だと結構な歳まで勘違いしていた。

 どちらにしろ、気持ち的には『損』している感じしかない。それが平日というものだ。

「朝は、つきのの妹だって実感するな」

 ベッドから降りて、朝食の内容を頭に浮かべる。どうせ月曜日は起きてこないので六人分。面倒臭いし洋食にしよう。

 + + +

「……おはよ」

 お昼も回って、午後一時過ぎ。ようやく月曜日が起きてきた。

「おはよ。もう昼過ぎてる」

「……しってる。……お腹空いた」

「何食べたいんだ?」

 リビングのテーブルにチラシを広げたまま、火曜日は椅子から立ち上がる。そして椅子を引き出すのも面倒臭いと、その椅子に月曜日が座った。

「……ブリオッシュ・デ・ロワ」

 聞き慣れない横文字に、台所に向かいながら火曜日は頭上に疑問符を浮かべる。

「何だ、それ」

「……しらない。……たぶん菓子パン。……昨日トーマくんが食べてたやつ食べたい」

「……」

 月曜日が言う『トーマくん』とは、週刊少年STEPに掲載されている『間食のトーマ』に出てくる主人公のことだろう。年中腹を空かしていて、和食から中華、果ては洋菓子まで幅広く調理の腕を極めたヒーローだ。作中では、その腕前で数々のヒロインを胃袋からゴッソリと落としていく。ネットでは『お嫁さんにしたい主人公』で第一位に選ばれたらしい。

 しかし、火曜日には『トーマくん』ほどの腕はない。

「無理。つきのだったら自分で作れるんじゃないか」

「……めんど」

 だよな――と、火曜日は心の中で同意した。

「トーストでいいか?」

「……枯れ子、そればっか」

「じゃあ、素麺でも湯掻くか」

「……もうちょっと、手の込んだのがいい」

「月のほど料理が上手い訳じゃないんだ。勘弁してくれ」

「……性格だけじゃなくて、料理の腕まで枯れてるの」

「それは疑問か? 断定か? ボクは金のほど察しは良くないぞ」

「……むぅー。……もう、なんでもいい」

 トーストにジャムとマーガリンくらいは塗ってやるか、と火曜日はポップアップトースターに食パンを二枚セットしてから冷蔵庫の扉を開けた。

 マーガリンの他に、ジャムはグレープフルーツよりイチゴだろうと手に取る。苦いと辛い、酸っぱいものが月曜日は嫌いだ。甘いと旨いしか味として認められない子ども舌は、見た目通りである。

「……なんか、ばかにされた気する」

「気の所為だろ」

 足の着かない椅子の上で腹を空かせている間、月曜日はテーブルの上に広がった『特売』と名の付くチラシを何とはなしに眺めていた。

 大規模な商業施設が存在せず中規模なスーパーが縄張り争いを続けている町なので、チラシの数は多い。しかも、その隣に置かれたタブレット端末には隣町の特売情報が表示されている。ネットからも情報を仕入れる熱意に若干引きながら、月曜日は僅かな好奇心でインターネットに繋がったブラウザのブックマークを開いてみた。すると、ズラッと五十件以上もの栞が表示される。

 月曜日は、若干を軽く越えて引いた。

「……火曜市の鬼」

「ん? 月の、何か言ったか?」

「……なにも」

「そうか」と言う火曜日の態度を見るに、どうやら月曜日の呟きは本当に聞こえていなかったらしい。

 その後直ぐに出てきた二枚のトーストには、たっぷりのイチゴジャムが塗ってあった。

「……いただきます」

「月ののそういうちゃんとしてるとこは、好きだよ」

 月曜日の向かいに座った火曜日は、チラシとタブレット端末を手元に引き寄せて――再び鬼のチェック作業に入った。

「あと、鬼じゃないからな」

「…………いただきます」

 小さな一口一口に、月曜日は僅かに頬を綻ばせる。甘いは旨い。イコールジャスティス。寝ると食べるは人生最大の娯楽だ。

 標高一メートルにも満たないであろう人生の頂に月曜日が満足している前で、火曜日は然もエベレストに挑戦するかのような面持ちで特売チラシに目を向けている。

 右の義手には赤色の水性ペンを持ち、左手は一定の間隔でタブレット端末の画面をスライド。目を惹く情報には素早くペンを入れ、複数のチラシから価格を比較しては差額を一円でも記入する。そして端末に視線を移しては、チラシ裏の白紙で交通費を計算するだけではなく店から店への移動に掛かる所要時間まで書き出していた。

 桃色のポニーテールを揺らしつつ空で算盤を弾く火曜日を見ながら、月曜日は思い出す。初めて無欲な妹を『枯れ』と称したのは、彼女だった。

 月曜日が『枯れ子』と言い出したのを筆頭に、金曜日は『枯れ姉』と呼んで母の土曜日まで『枯れちゃん』と可愛がるほど火曜日は枯れている。部屋の家具が、ベッドと机と箪笥の三点セットで完結してしまっている彼女の唯一の趣味。それが貯金だ。

 いや、違う。趣味というよりも、最早ライフワークと言えるまでに昇華している。

「……枯れ子って、なんでそんな節制してんの」

「自分では、節制してるつもりはないな」

「……いつも安売りチラシみてるのに。……いつから」

「いつから……そう言われると、気付いた時には見ていた気がする」

「……え、誰の遺伝子」

「いや、遺伝ではないと思う」

 子どもみたいな父と、更に子どもみたいな母を思う火曜日。本当に血が繋がっているのかと疑ってしまうほどには似ていなかった。

「……枯れ子さん」

「少なくとも、月のとは姉妹だよ」

「……たしかに。……朝嫌いだよね」

「好きではない」

「……テンション低い」

「月のには負ける」

「……修行が足りない」

「何の?」

「……寝修行」

 何だ、それは……――と自分が布団に包まる姿を火曜日が思い描き始めたところで、月曜日が一枚目のトーストを食べ終わった。透かさず二枚目に手を出すが、相変わらず一口一口が小さい。

「……で、いつから」「特売のチラシを見るようになったか?」と火曜日が繋げれば、月曜日は「……そう」と頷いた。

「面倒臭がりの月のが、よく喋る」

「……ふへ」と、月曜日は僅かに笑みを零す。

 月曜日の機嫌が良くなるタイミングは、二度寝の時と食事時だ。

「父さんも母さんも、あんなだし。姉は、こんなだし。きっと、自分がシッカリしないとダメだと思ったんだろう」

「……こんな」

「こんなだろう」

「……否定はしない。……あんなも、あんなだし」

「月のが言うのは、どうだろうな……」

 月曜日に『あんな』呼ばわりされた両親だが、金曜日と姉妹かと思うほどハイテンションな母は兎も角――父の夜にかけてのテンションの急降下振りは、朝から地獄に落とされたような声で太陽を恨む姉と血の繋がりを感じる部分がある。

 そうしてみると、月曜日のローテンションと地続きになっているところのある火曜日も――やはり父の子なのだろう、と自分も『あんな』呼ばわりしたことを棚に上げて考えた。

「……じゃあ、お金余ってるの」

「月のの貯金のことなら余ってるぞ」

 面倒臭がりの月曜日は、火曜日に通帳を預けている。――と言うよりも、一家全員の通帳を管理しているのが『枯れ』とも称される貯金の鬼だ。

「……漫画買いたい」

「買えばいいだろう」

「……店舗特典。……夜にはなくなる」

「行かない。面倒臭い」

 月曜日が二枚目のトーストを食べ終わった後も、かれこれ二時間以上も面倒臭がり同士の『買いに行って行かない』論争が続いた。

  * * *

 4月12日 カスミソウ
 カスミソウ(桃色)の花言葉は『切なる願い』

  * * *
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