魔法武士・種子島時堯

克全

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蝦夷国有力国衆・アイヌ部族敵味方表

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「アイヌに無理無体な交易条件を押しつけようとして種子島家の逆鱗に触れ、報復攻撃を受けて滅んだ大名国衆」

「檜山安東尋季家臣」
蠣崎義広(1479~1545)
居城:松前郡徳山城
主君:檜山安東尋季
父親:蠣崎光広
1513年、蝦夷地東部の酋長であったショヤタイン(庶野)、コウジ(訇時)兄弟が率いるアイヌ衆が蜂起し、数ヶ所の館を襲撃した。上国守護職であった父・蠣崎光広とともに撃退した。
1514年、アイヌ衆に攻落されいた松前大館を奪還した。安東尋季の裁定により蠣崎家の家督相続前であったにもかかわらず、蠣崎義広が上国松前両守護職に任じられ、蝦夷地を訪れる和人の商船から運上を徴収することを認められた。運上は安東尋季に送られたものの、蠣崎義広が他の渡党へ優越する権限を持つことができた。
1521年、蠣崎家の家督を相続した。長年交易をめぐってアイヌ衆と対立し落城寸前まで追い込まれた。
1529年、蠣崎義広は工藤祐兼、工藤祐致兄弟に命じて西蝦夷のタナサカシの本拠を攻撃したが敗北、工藤祐兼は討死した。逆にタナサカシに大館に隣接する勝山城を包囲され、蠣崎義広は和議を申し出た。そして、賠償品を受け取りに来たタナサカシを謀殺して勝利を収めた。
1536年、タナカサシの女婿タリコナが蜂起すると再びタリコナ夫妻を和議と称し宴会に招き謀殺して危機を脱した。

蠣崎季広(1507~1595)
父親:蠣崎義広
通称:彦太郎
官途:若狭守
正室:河野季通の娘(伝妙院)
父蠣崎義広の代までアイヌ衆との抗争を繰り返し、これを教訓としてかアイヌ衆との和議を進めた。
1551年、和人居住地と交易について「夷狄の商舶往還の法度」を制定、アイヌ衆に対する交易の優位を確立。 蠣崎家は先祖が安東舜季の協力を得たことで、その被官の地位にあった。
1546年、安東舜季の要請により蝦夷海賊衆を率いて本土へ渡海した。
1550年、瀬田内(道南西部)の酋長ハシタインと知内(道南東部)の酋長チコモタインらと会談、和人地を上ノ国から知内の国境することに合意して和議を結んだ。この和議で確定された和人地は、「コシャマインの蜂起」で道南十二館の占有地の約三分の一に縮小した。アイヌ諸部族連合体は和人勢力を渡島半島の一角に追いやることに成功しており、「コシャマインの蜂起」以来のアイヌ衆の戦いは、軍事的には成功した。父蠣崎義広は多くの子女を道南、羽後国、陸奥国に配したので、蠣崎家としては各勢力との離合集散にも苦慮した。

蠣崎舜広(1539~1561)
父親:蠣崎季広
妹(南条広継室)に毒殺された。
蠣崎季広に後継者に指名され、蠣崎舜広と称した。

蠣崎元広(1540~1562)
父親:蠣崎季広の次男

蠣崎慶広(1549~1616)
父親:蠣崎季広の三男
官途:志摩守
通称:新三郎
正室:村上季儀の娘
別名:松前慶広

蠣崎基広(1506~1548)
父親:蠣崎高広
蠣崎季広と家督をめぐって争い討死した。



「蠣崎義広家臣」
明石季衡(15??~15??)
主君:蠣崎義広
通称:右馬介
正室:蠣崎義広の娘
生国は羽後国秋田郡で蝦夷国に渡り蠣崎季広に仕えた。蠣崎季広の次男蠣崎元広が明石季衡の娘と結婚し婿養子となり明石元広と称した。その後、娘を得るが明石元広が実姉(南条広継の室)に謀殺された。

明石元広(1540~1562)
主君:蠣崎義広
父親:蠣崎季広の次男
養父:明石季衡の養子
通称:万五郎
正室:明石季衡の娘
南条広継の室(季広の長女、舜広の姉)に毒殺された。

「蠣崎義広家臣」
厚谷重形(14??~15??)
主君:蠣崎義広
通称:十郎
居城:比石館(現北海道上ノ国町)
石崎の集落を東西に分かつ石崎川の河口南側に突き出た岬
1532年、アイヌ衆が徳山館を攻撃した際、蠣崎義広とともに撃退した。

厚谷重政(15??~1590)
父親:厚谷重形
官途:備中守・右近将監
通称:四郎兵衛
正室:蠣崎義広の娘
1546年、蠣崎季広が安東舜季の要請により、深浦森山館主森山季定を攻撃するため軍勢84騎余りを率いて参陣した。

厚谷季貞(15??~1570)
父親:厚谷重政
官途:備中守
正室:蠣崎季広の娘
蠣崎慶広より「寄合席」とされ「奥用人兼家老職」に任じられた。


「蠣崎義広の家臣」
今井季景(14??~1513)
父親:小林政景
養父:今泉季友の養子
通称:小次郎
居城:与倉前館(現北海道渡島支庁函館市高松町)
志苔館跡から西へ1200mほどのところに与倉前館跡がある。ここは志苔館の支館といわれ、志苔館の小林良景の弟政景が居住していた。しかし、永正9(1512)年志苔館とともにアイヌ民族によって攻め落とされ、そのまま廃きょになったという。与倉前館跡は、国道278号線、函館市高松町の根崎保育園の裏側にある。海に面した南側は20mほどの急ながけとなっており、ここからのながめはすばらしくよい。そのため、重大事件発生を知らせる「のろしば」としての役目が大きかったといわれる。
1457年、今井季友の病没後、志苔館主小林良定より養子に入り、今井家の家督を相続した。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では与倉前館も攻撃を受け討死した。

今井景宗(14??~15??)
父親:今井季景
通称:小三郎
1512年、父・今井季景の討死後、今井家の家督を相続した。
1515年、大館に移ってきた蠣崎義広に属した。

河野政通(14??~15??)
居城:箱館
官途:加賀守
通称:右衛門
1454年、南部家によって田名部に抑留されていた安東政季と共に蝦夷地に渡海、下之国に箱館を築城、守備し、茂別館主・下国重季を補佐した。
1457年、「コシャマインの蜂起」では茂別館、花沢館以外の全ての土豪の館が陥落、河野政通は捕縛されるが、鎮圧後助けられた。
1513年、「ショヤタイン、コウジの蜂起」には、孫娘を伴い松前城に落延びた。

河野季通(15??~1513)
父親:河野政通
通称:弥次郎右衛門
父・河野政通とともに蝦夷地開拓を行っていたがそれがアイヌ衆との軋轢を生んだ。
1513年、「ショヤタイン、コウジの蜂起」では宇須岸館が攻撃され、父・河野政通のと三歳になる娘を落延びさしたあとアイヌ衆と戦い討死した。娘は蠣崎季広の室となり、松前慶広などを生んだ。河野季通の病没、河野家の名跡は断絶していたが、松前慶広の六男が継ぎ河野景広と称した。

「蠣崎季広家臣」
小平季久(15??~15??)
主君:蠣崎季広

小平季遠(15??~15??)
父親:小平季久
通称:藤兵衛尉
正室:蠣崎季広の娘(四女)
子供:季長・季時
蠣崎家が檜山安東家の蝦夷代官の立場だった、小平季遠は娘婿として軍事面で小平季広を支えた。のちになって檜山安東家に内応したと、小平季広に疑われ謀殺された。嫡男・小平季長は寛永期に活躍し、金山奉行を務め、財政を統括した。また次男・小平季時は三関家として別家を立てた。

小林良定(14??~1513)
居城:志苔館(現北海道函館市志海苔町)
別称:志濃里館
父親:小林良景
通称:弥太郎
1456年、父小林良景が「コシャマインの蜂起」で討死したため小林家の家督を相続した。
1513年、、「ショヤタイン、コウジの蜂起」では、アイヌ衆に志苔館を囲まれ籠城するが討死した。

小林良治(14??~15??)
父親:小林良定
通称:三郎右衛門
1513年、「ショヤタイン、コウジの蜂起」では志苔館が陥落、父・小林良定が討死した。
1514年、蠣崎光広、蠣崎義広父子が松前大館に転封してくるとそれに属した。

小林良道(1514~1563)
父親:小林良治
1543年、若狭国の武田信豊に使者として派遣された。蠣崎家は若狭武田家の血を引くといわれるが、このときが初の使者の派遣であった。

蒋土季成(14??~15??)
居城:穏内館(現北海道渡島支庁福島町館崎)
通称:兵庫之介
青森県北津軽郡木造町菰土の出で安東一族の流れをくむ
父・蒋土季直の病没により蒋土家の家督を相続した。蒋土季成には娘しか生まれず家系は断絶した。
但し娘が蠣崎義廣と婚姻し、蒋土季廣・松前藩祖・松前慶廣と続く家系図もある。

小山興重(15??~15??)
主君:蠣崎義広
小山隆政の謀反以来、蠣崎義広から追放されていた小山家であるが小山興重の代になり帰参を許された。しかし小山隆政のような重臣待遇ではなく、奉行級の中堅家臣であった。

小山重政(15??~15??)
父親:小山興重
通称:弥次兵衛
蠣崎盛広、蠣崎公広、蠣崎氏広、蠣崎高広の四代に仕えた。父・小山興重と同様に、奉行級の中堅家臣の待遇であった。

小山元政(15??~15??)
父親:小山興重の次男
通称:小次郎。

紺広長(15??~15??)
主君:蠣崎盛広
官途:備後守
1514年、蠣崎盛広が大館を本拠としたことは、安東尋季の意を汲むものではく了承を得ることができなかったが、三回目の交渉役に抜擢され彼の手腕で承諾を得た。

近藤信武(14??~1527)
官途:左京亮
居城:禰保田館(現北海道渡島支庁松前町館浜)
小尽内川の近くにあるが、海岸線からはかなり離れている。さほど要害でもないこの地を選んだ理由は不明
1512年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では禰保田館は陥落、蠣崎光広を頼って落延びた。

近藤季武(14??~1527)
父親:近藤信武
官途:帯刀

斎藤実繁(15??~15??)
出羽由利郡の豪族衆
斎藤実繁の娘が、蠣崎慶広の継室のなった縁で蠣崎慶広に仕えるようになった。

佐藤季則(14??~1513)
通称:三郎左衛門
居城:中野館(現北海道渡島支庁木古内町中野)
木古内川の河口付近にあったのは確実であるが、未だ正式には確認されていない
父・佐藤季行と共に蝦夷地に渡った
1457年、「コシャマイン蜂起」が起こり中野館は陥落した。
父・佐藤季行の隠居により、佐藤家を家督を相続した。
1504年、勝山館主・蠣崎光広に属した。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」の際、再び中野館は陥落、その戦いの傷がもとで病没した。

佐藤季連(14??~15??)
父親:佐藤季則
通称:彦助
正室:蠣崎季広の娘。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」の際、中野館は陥落した。中野館は建されることなく、佐藤季連は徳山館に転封してのちに蠣崎季広に属した。

佐藤季平(15??~15??)
父親:佐藤季連
通称:左衛門
正室:河野景広の娘。

富田広定(15??~15??)
主君:蠣崎家
官途:豊後守
1548年、若狭国の武田信豊に使者として派遣された。武田信豊とよしみを結ぶ事に成功した。外交能力に長けていた。

長門広益(15??~15??)
主君:蠣崎基広
通称:藤六
岩亀館主・小山隆政の弟・武田信広とともに小山隆政を討取った麓廣政の子孫。
1548年、蠣崎基広が謀反を起こした際、蠣崎基広を討取って頸を持ち帰った。

南条広継(1529~1562)
居城:勝山館
父親:南条光継
主君:蠣崎基広
官途:越中守
正室:室は蠣崎季広の娘(長女)

新井田義成(15??~15??)
主君:蠣崎基広
通称:民部
正室:村上広任の娘

新井田広貞(15??~15??)
父親:新井田義成
通称:右京之進
正室:蠣崎季広の娘(十三女)
文禄年間に新井田と改む新井田三家の祖

安東家政
通称:茂別八郎式部大輔
別名:下国家政
居城:茂別館(現北海道北斗市矢不来129)




「種子島家に仕える決断をした国衆・地侍」
下国師季(1523~1563)
主君:茂別安東
父親:下国家季
官途:下野守
通称:安東八郎
居城:茂別館
松前之守護職を安東尋季より任じられた家柄
父・下国家季が早世しているため、祖父下国家政の跡を継ぎ、茂別館を守った。
1562年、アイヌ衆の攻撃により茂別館から松前城に逃れ蠣崎光広に仕えた。

下国重季(15??~1596)
父親:下国師季
官途:式部
通称:孫八郎
正室:蠣崎季広の娘。
父・下国師季が瀬田内に追放されると、下国家の家督を相続した。
嗣なく弟・下国直季の男下国由季を後継とした。

下国直季(15??~15??)
父親:下国重季
通称:加兵衛
正室:蠣崎季広の娘。

下国由季(15??~1594)
父親:下国直季の男
養父:下国重季の養子
官途:主典介
通称:久三郎
正室:蠣崎守広の娘
伯父で宗家の下国重季に子が無く、下国重季の養子となり下国家の家督を相続したが早世した。

下国盛季(15??~15??)
父親:下国直季の次男。

下国広季(15??~15??)
父親:下国直季の三男
通称:内記
正室:松前慶広の娘
兄・下国由季が伯父下国重季の養子になったため、下国直季の跡を継いだ。

「大館・下国定季家臣」
相原政胤(14??~15??)
主君:大館下国定季
居城:松前郡小館
官途:周防守
1454年、南部光政によって田名部に抑留されていた安東政季と共に蝦夷地に渡海、のち及部の館に住み、大館主・下国定季を補佐した。
1457年、「コシャマインの蜂起」では茂別館、花沢館以外の全ての豪族衆の館が陥落、相原政胤も捕縛されるが乱の鎮圧後に助けられた。その後、隠居して嫡男相原季胤に相原家の家督を譲った。

相原季胤(14??~1513)
父親:相原政胤
通称:彦三郎
父・相原政胤が隠居により相原家の家督を相続した。
1496年、大館主・下国恒季が素行不良を理由に蠣崎光広ら館主連合軍に討たれた後に大館主になった。
1512年、相原季胤は矢越岬の海神の怒りを鎮めるために、アイヌ族の娘20人を海に沈め人身御供としたため、アイヌ族は蜂起した。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」ではアイヌ衆に小館主を包囲された相原季胤は、二人の娘を連れて大沼まで落延びるが逃げ切れず娘達は自刃した。相原季胤も弟相原吉胤とともに湖中の小島で自刃した。相原季胤は愛馬に山上に逃げるよう言い聞かせ、これに従った馬は勢い良く山に上った。そのため、この山を駒ヶ岳と称し、相原季胤が外した鞍を掛けた岩が鞍掛岩と称された。

相原吉胤(15??~1513)
父親:相原政胤の次男
大館主・下国家の補佐。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では、大館が攻撃を受け兄相原季胤とともに討死した。

「下国由季家臣」
青山宗右衛門(15??~15??)
主君:下国由季
正室:下国由季の娘。

「相原季胤家臣」
三関為久(14??~15??)
主君:相原季胤家臣
通称:孫三郎
松前守護の相原季胤の家臣であったが相原季胤の討死により蠣崎義広に仕えた。

三関広久(15??~15??)
父親:三関為久
官途:右近
正室:室は蠣崎正広
主君:蠣崎季広
1587年、蠣崎慶広の嫡男蠣崎盛広とともに徳山湊より商船に乗って敦賀湊に向かうが、河北郡戸賀沖で暴風に遭い、七昼夜洋上を漂った後にようやく敦賀湊に到着することができた。京都で羽柴秀吉に謁見後、熊野参詣に随行した。

三関季時(15??~16??)
父親:小平季遠の次男
養父:三関広久の養子
官途:内匠。

村上政儀(15??~1513)
主君:下国恒季
居城:小館
官途:三河守
信濃国を追われ、羽後国の枝連衆を頼って落延びる途中、暴風で蝦夷地上之国泊に漂着した。相原政胤とともに下国恒季に仕えた。
1496年、下国恒季が討死した後、相原季胤が大館主になったためそれに仕えた。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では、アイヌ衆の攻撃を受け大館、小館が落城し討死した。

村上季儀(14??~15??)
父親:村上政儀
官途:三河守。
1513年、大館陥落、父・村上政儀の討死後に蠣崎慶広に養われ、娘が蠣崎慶広の室となったことにより蠣崎家の重臣となった。

村上直儀(15??~16??)
父親:松前公広の四男
養父:村上季儀の養子
官途:三河守
正室:蠣崎季広の娘。
兄・村上忠儀は庶子で別家していたため、村上家の家督を相続した。村上直儀の跡目には嗣子なく、松前家より松前広諶が養子となり、村上広諶と称した。

「村上政儀家臣」
江口義顕(14??~1512)
主君:村上政儀
父親:江口義盛
官途:民部丞
1457年、アイヌ衆の蜂起で父江口義盛が上ノ国で討死後、江口家の家督を相続した。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では志苔館に援軍に向かうも夷狄の流矢を受けて討死した。

江口顕輝(14??~1513)
父親:江口義盛の次男
養父:館頼重の養子
官途:権頭
1512年、伯父館頼重の養子になっていたが、兄江口義顕が討死すると江口家の家督を相続した。
1513年、では、アイヌ勢の攻撃を受け討死した。

「檜山安東尋季の家臣」
岡部季澄(14??~1513)
居城:戸井館・原口館
通称:六郎右衛門
原口館築城、本拠とした
1457年、「コシャマイン蜂起」が起こり原口館は陥落した。
1513年、「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」ではアイヌ勢が大館を攻撃、相原季胤らとともに討死した。

工藤祐兼(14??~1529)
居城:瀬田内館
父親:工藤祐長
通称:九郎左衛門
1529年、「タナサカシの蜂起」では、瀬田内館が攻撃された際、工藤祐兼は殿軍を引き受け工藤祐致を落延びさせたが自身はアイヌ衆に包囲され討死した。

工藤祐致(15??~15??)
父親:工藤祐兼
通称:九兵衛
1529年、「タナサカシの蜂起」では、瀬田内館が襲撃された。蠣崎義広はタナサカシとの和議を提案、その使者となった。タナサカシが和議を結ぶため、瀬田内館にやってくると、宴会の席で謀殺した。




「アイヌの酋長」
コシャマイン(15??~1457)
蝦夷地東部の酋長。
渡島半島南岸に和人が定住し、館主と称される小領主群が形成された。館主は東は志濃里館、西は花沢館を根拠地としてアイヌ衆との交易を行ったがアイヌ衆との軋轢を生んだ。
1456年、志濃里の鍛冶屋でアイヌ衆が製作を依頼した小刀の良し悪しと値段をめぐって争いとなり、アイヌ衆が謀殺される事件が起こった。
1457年、コシャマインらはアイヌ衆を率いて東は牟川から西は与市に至る間で蜂起し、志苔館主小林良景、箱館主河野政通、中野館主佐藤季則、脇本館主南条季継、穏内館主蒋土季直、覃部館主今泉季友、禰保田館主近藤季常、原口館主岡部季澄、比石館主厚谷重政、小館主相原政胤らの館を攻落した。和人で残ったのは、花沢館主蠣崎季繁、茂別館主下国家政のみだった。蠣崎季繁の家臣武田信広に和議と称して宴会に招かれ謀殺された。

コウジ(15??~1515)
蝦夷地東部の酋長
当字:訇時
1513年、兄ショヤタインとともに蜂起し、宇須岸館、志濃里館、与倉前館を攻落した。
1514年、大館を攻落した。1515年、蠣崎光広の館を攻撃したが、蠣崎光広との和議の宴会で謀殺された。

ショヤタイン(15??~1515)
アイヌ衆の酋長
1513年「ショヤタイン、コウジ兄弟の蜂起」では、箱館館・志苔館・与倉前館が攻撃を受け、館主・小林良定・河野政通が討死した。生き残った豪族衆は蠣崎光広のもとに落延びていった。ショヤタインはコウジとともに大館を攻撃し、相原季胤・村上正儀の両名は討死し大館陥落した。
1515年、ショヤタインとコウジ兄弟は再び蜂起したが、蠣崎光広は偽りの和議を結び彼らを徳山館に誘い出し酒宴を設けて彼らを酔わせた後、謀殺した。

タナサカシ(15??~1529)
通称:多那嶮
蝦夷地西部の酋長
1525年、セタナイ(瀬棚)を本拠とするアイヌ衆の圧力が蠣崎義広に対し強まった。
1529年、蠣崎義広はタナサカシの南下に対抗し工藤祐兼、工藤祐致兄弟に命じてタナサカシの本拠を攻撃したが失敗し工藤祐兼が討死した。一方タナサカシは長駆して上ノ国勝山館を攻撃し蠣崎義広を包囲した。蠣崎義広はタナサカシに和議を申し入れ、賠償品の宝器を受け取ろうとしたタナサカシを勝山館で謀殺した。 

タリコナ(15??~1536)
正室:タナサカシの娘
蝦夷地西部の酋長
1529年、蠣崎義広によって謀殺されたタナサカシの娘婿。タリコナは室に蠣崎義広への復讐戦へ立ちあがるよう度々すすめられた。
1536年、蜂起したが蠣崎義広に偽りの和議の酒宴の席で夫婦ともども謀殺された。この復讐戦の真の主役はタリコナの室(タナサカシの娘)でありタリコナやタナサカシのように広域的な地域の長につながる女性の政治的、社会的地位を裏付ける戦いであった。




「1456年の「コシャマインの蜂起」以来100年以上続いたアイヌ衆と和人の戦いを種子島家の家臣となる事で終止符を打った北海道アイヌ5大勢力」

チコモタイン(15??~15??)
通称:知古茂多院
東蝦夷奉行
蝦夷地東部(志利宇知)の酋長

ハシタイン(15??~15??)
通称:波志多院
蝦夷地西部(瀬田内)のアイヌ酋長



「道南十二館」
蝦夷地(後の渡島国、現北海道)渡島半島にあった渡党領主の館の総称
館名称 :コシャマインの戦い当時の館主:現在地
志苔館 :小林太郎左衛門良景     :函館市志海苔町・赤坂町
宇須岸館:河野加賀右衛門尉政通    :函館市元町
(函館) (下国守護補佐)
茂別館 :下国安東八郎式部大輔家政  :北斗市矢不来
     (下国守護)
中野館 :佐藤三郎左衛門尉季則    :木古内町中野
脇本館 :南條治郎少輔季継      :知内町涌元
穏内館 :蒋土甲斐守季直       :福島町吉岡
覃部館 :今井刑部少輔季友      :松前町東山
大館  :下国山城守定季       :松前町字神明、字福山
     (松前守護)
    :相原周防政胤        :松前町字神明、字福山
禰保田館:近藤四郎右衛門尉季常    :松前町館浜
原口館 :岡辺六郎左衛門尉季澄    :松前町原口
比石館 :厚谷右近将監重政      :上ノ国町石崎
花沢館 :蠣崎修理大夫季繁      :上ノ国町上ノ国
     (上国守護)

戦国武将録・ウィキベキ・世界帝王辞典・旧国石高表を参考参照
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