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第5章:内海船と北前船
第61話:奮起
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柘植親子は、表と裏の手蔓を使って幕閣に弁財船を買った事を伝えた。
僅か二百俵二十人扶持の蔵米取が、私財を投げ売って忠義を尽くそうとしているのを訴え、長崎か越後に出陣させて欲しいと訴えた。
これに幕閣は奮起した。
たかだか二百俵二十人扶持の小身旗本がそこまでいているのに、自分達が保身を図って手緩い仕置きをしてはいられないと、抜け荷を厳しく取り締まる決意を固めた。
その結果、下忍御師手代が必死で集めた噂や証拠を提出した柘植家縁の勘定や支配勘定が、大手柄を上げる事になった。
薩摩藩内の廻船問屋はもちろん、他藩の廻船問屋の名を借りていた者も全て捕らえられ、筆舌に尽くせない拷問にかけられた。
普通の商人なら耐えきれずに自白していただろうが、薩摩藩も信頼できない者に抜け荷をやらせるわけがない。
船頭や水主に変装した薩摩藩士は、どれほど責め立てられても自白しなかった。
耐えきらないと思った者は、舌を咬み切って自害した。
ここで自供したら、木曽川の手伝い普請で憤死した同輩に顔向けできないと。
自害する事も自供する事もない薩摩藩士も、抜け荷をした商人として罰せられた。
磔にさえられただけでなく、闕所とされて全ての伊勢屋敷財産を押収された。
磔獄門、闕所にされたのは薩摩商人だけではなかった。
越後長岡藩、出羽米沢藩、加賀藩、越中富山藩などの商人も処罰された。
もちろん江戸の商人も大量に処罰された。
処罰されたのは商人だけではなかった。
御定法を破って平然としていた清国とオランダ船員を、全員抜け荷で処刑した。
清国とオランダ商人には、今後も「水夫手廻り」の抜け荷を続けるのなら、長崎貿易をイギリス商人だけに変えると通告した。
今回の件で越後に入って手柄を立てた柘植家縁の支配勘定は、旗本役の勘定に大抜擢され、役高百五十俵となった。
これは御家人にとって旗本になれる限られた機会だった。
享保の改革と寛政の改革によって、御家人の旗本昇格はとても難しくなっていた。
御家人が旗本に成れる方法大きく分けて二つしかなかった。
一つは旗本役職を三役以上務める事。
今回ならば、一人が勘定、金奉行、勘定組頭と出世すれば旗本に成れる。
だが、旗本名門が選ばれる番方に入れてもらえない。
番入りさせてもらえるようになるのは、親が布衣以上の役職に就いた後からだ。
勘定方なら、勘定吟味役か郡代だが、郡代は世襲が多いのでは難しい。
もう一つの方法が三代続けて旗本役職に就く事だ。
勘定方ならば、三代続けて御勘定御入人吟味に合格して、支配勘定から勘定に抜擢されれば、審議を経て旗本に成れる。
だから、御勘定御入人吟味に合格して支配勘定になった柘植家縁の者達は、目の色を変えて更なる手柄を目指す事になる。
彼らを婿に迎えた家も縁者も手助けは惜しまない。
勘定だった者は、勘定組頭等に大抜擢される者もいたが、今後の仕置きを考えて、勘定のままに置かれる者もいた。
取り調べには一年以上かかったが、この一連の仕置きで、越後、出羽、加賀、能登、越中、信濃、江戸の商人が百人以上磔獄門に処せられる事になった。
商人の職種も廻船問屋に留まらず、唐物問屋、薬種問屋、砂糖問屋、絹問屋、松前問屋、薩摩問屋、など数多く広がった。
厳しい抜け荷の取り調べは富山藩の反魂丹役所にまで及び、藩士が処分される事はなかったが、仕入れをしていた多くの商人が磔獄門の上で闕所となった。
しかも富山商人の売薬を禁じる決定までされた。
これにより伊勢講の売薬が一気に日ノ本六十余州に広まる事となった。
一連の闕所によって幕府に収公された家屋敷財産は二百万両を越えた。
莫大な利を得た幕閣は、その始まりとなった柘植家の事を評する事にした。
隠居していた柘植平兵衛を召し出して船手頭の栄誉を受けた。
技能の有無が問われなくなり、栄達する途中にある単なる役職に堕していた船手頭だが、久しぶりに本当の船乗りが船手頭に抜擢された。
それも数の多い江戸の船手頭ではない。
五千石以下が勤める時には、足高として百人扶持(五百俵)が給される、大阪の船手頭に大抜擢されたのだ。
元からあった柘植家とは別に七百石の旗本家とされた柘植平兵衛は、老体に鞭うって急ぎ大阪の木津番所に向かった。
その行路は船手頭に相応しく海路だった。
だが幕閣も強かで、単に忠誠に対して褒美を与えただけではない。
これからも忠勤に励む事を期待しての大抜擢だった。
柘植家が私財を投げ売って手に入れた千石船を、抜け荷の探索に活用する気でいたのだ。
中古船と新造船を合わせれば六隻の千石船を持つ事になる柘植家だ。
未だ確たる証拠を掴めない薩摩藩を追い込むには、幕府の軍船を用意しなければいけないが、それだけの余裕がなかった。
柘植家を大阪船手頭に抜擢すれば、柘植家の船を幕府の御用に使える。
特に抜け荷の捜査には役に立つ。
伊賀者の末裔である柘植家が探索に役立つ事は証明されている。
薩摩藩はもちろん、米沢藩と加賀藩と富山藩も、藩が直接抜け荷に関係した証拠を掴ませずにいる。
その証拠を掴むには、深く廻船業に食い込む必要があり、その役目を柘植家に担わせるには、ある程度の利と権力を与える必要があった。
利権や余得の有る役目を与えるのは、その分働かせるからだ。
媚しい処罰を繰り返した幕閣だが、最後まで処罰を決めかねる相手がいた。
譜代牧野家の長岡藩と蝦夷地を治める松前藩だった。
彼らが幕府の望む形で領地を治められずにいる事は明らかだった。
松前藩は外様なので改易しても良いのだが、譜代牧野家を改易するのは色々と問題があった。
厳封の上で移封するにしても、交代させられる大名家との兼ね合いもある。
頑張った石見浜田藩本多家を移封するにしても、五万石から実高十一万石では褒美としては多過ぎた。
抜け荷に利用される新潟湊と酒匂港を上知するにしても、どれだけするかで幕閣の意見が一致しなかった上に、牧野家が何降り構わない嘆願を繰り返した。
その影響で長岡藩と松前藩の処罰がなかなか決まらないでいた。
僅か二百俵二十人扶持の蔵米取が、私財を投げ売って忠義を尽くそうとしているのを訴え、長崎か越後に出陣させて欲しいと訴えた。
これに幕閣は奮起した。
たかだか二百俵二十人扶持の小身旗本がそこまでいているのに、自分達が保身を図って手緩い仕置きをしてはいられないと、抜け荷を厳しく取り締まる決意を固めた。
その結果、下忍御師手代が必死で集めた噂や証拠を提出した柘植家縁の勘定や支配勘定が、大手柄を上げる事になった。
薩摩藩内の廻船問屋はもちろん、他藩の廻船問屋の名を借りていた者も全て捕らえられ、筆舌に尽くせない拷問にかけられた。
普通の商人なら耐えきれずに自白していただろうが、薩摩藩も信頼できない者に抜け荷をやらせるわけがない。
船頭や水主に変装した薩摩藩士は、どれほど責め立てられても自白しなかった。
耐えきらないと思った者は、舌を咬み切って自害した。
ここで自供したら、木曽川の手伝い普請で憤死した同輩に顔向けできないと。
自害する事も自供する事もない薩摩藩士も、抜け荷をした商人として罰せられた。
磔にさえられただけでなく、闕所とされて全ての伊勢屋敷財産を押収された。
磔獄門、闕所にされたのは薩摩商人だけではなかった。
越後長岡藩、出羽米沢藩、加賀藩、越中富山藩などの商人も処罰された。
もちろん江戸の商人も大量に処罰された。
処罰されたのは商人だけではなかった。
御定法を破って平然としていた清国とオランダ船員を、全員抜け荷で処刑した。
清国とオランダ商人には、今後も「水夫手廻り」の抜け荷を続けるのなら、長崎貿易をイギリス商人だけに変えると通告した。
今回の件で越後に入って手柄を立てた柘植家縁の支配勘定は、旗本役の勘定に大抜擢され、役高百五十俵となった。
これは御家人にとって旗本になれる限られた機会だった。
享保の改革と寛政の改革によって、御家人の旗本昇格はとても難しくなっていた。
御家人が旗本に成れる方法大きく分けて二つしかなかった。
一つは旗本役職を三役以上務める事。
今回ならば、一人が勘定、金奉行、勘定組頭と出世すれば旗本に成れる。
だが、旗本名門が選ばれる番方に入れてもらえない。
番入りさせてもらえるようになるのは、親が布衣以上の役職に就いた後からだ。
勘定方なら、勘定吟味役か郡代だが、郡代は世襲が多いのでは難しい。
もう一つの方法が三代続けて旗本役職に就く事だ。
勘定方ならば、三代続けて御勘定御入人吟味に合格して、支配勘定から勘定に抜擢されれば、審議を経て旗本に成れる。
だから、御勘定御入人吟味に合格して支配勘定になった柘植家縁の者達は、目の色を変えて更なる手柄を目指す事になる。
彼らを婿に迎えた家も縁者も手助けは惜しまない。
勘定だった者は、勘定組頭等に大抜擢される者もいたが、今後の仕置きを考えて、勘定のままに置かれる者もいた。
取り調べには一年以上かかったが、この一連の仕置きで、越後、出羽、加賀、能登、越中、信濃、江戸の商人が百人以上磔獄門に処せられる事になった。
商人の職種も廻船問屋に留まらず、唐物問屋、薬種問屋、砂糖問屋、絹問屋、松前問屋、薩摩問屋、など数多く広がった。
厳しい抜け荷の取り調べは富山藩の反魂丹役所にまで及び、藩士が処分される事はなかったが、仕入れをしていた多くの商人が磔獄門の上で闕所となった。
しかも富山商人の売薬を禁じる決定までされた。
これにより伊勢講の売薬が一気に日ノ本六十余州に広まる事となった。
一連の闕所によって幕府に収公された家屋敷財産は二百万両を越えた。
莫大な利を得た幕閣は、その始まりとなった柘植家の事を評する事にした。
隠居していた柘植平兵衛を召し出して船手頭の栄誉を受けた。
技能の有無が問われなくなり、栄達する途中にある単なる役職に堕していた船手頭だが、久しぶりに本当の船乗りが船手頭に抜擢された。
それも数の多い江戸の船手頭ではない。
五千石以下が勤める時には、足高として百人扶持(五百俵)が給される、大阪の船手頭に大抜擢されたのだ。
元からあった柘植家とは別に七百石の旗本家とされた柘植平兵衛は、老体に鞭うって急ぎ大阪の木津番所に向かった。
その行路は船手頭に相応しく海路だった。
だが幕閣も強かで、単に忠誠に対して褒美を与えただけではない。
これからも忠勤に励む事を期待しての大抜擢だった。
柘植家が私財を投げ売って手に入れた千石船を、抜け荷の探索に活用する気でいたのだ。
中古船と新造船を合わせれば六隻の千石船を持つ事になる柘植家だ。
未だ確たる証拠を掴めない薩摩藩を追い込むには、幕府の軍船を用意しなければいけないが、それだけの余裕がなかった。
柘植家を大阪船手頭に抜擢すれば、柘植家の船を幕府の御用に使える。
特に抜け荷の捜査には役に立つ。
伊賀者の末裔である柘植家が探索に役立つ事は証明されている。
薩摩藩はもちろん、米沢藩と加賀藩と富山藩も、藩が直接抜け荷に関係した証拠を掴ませずにいる。
その証拠を掴むには、深く廻船業に食い込む必要があり、その役目を柘植家に担わせるには、ある程度の利と権力を与える必要があった。
利権や余得の有る役目を与えるのは、その分働かせるからだ。
媚しい処罰を繰り返した幕閣だが、最後まで処罰を決めかねる相手がいた。
譜代牧野家の長岡藩と蝦夷地を治める松前藩だった。
彼らが幕府の望む形で領地を治められずにいる事は明らかだった。
松前藩は外様なので改易しても良いのだが、譜代牧野家を改易するのは色々と問題があった。
厳封の上で移封するにしても、交代させられる大名家との兼ね合いもある。
頑張った石見浜田藩本多家を移封するにしても、五万石から実高十一万石では褒美としては多過ぎた。
抜け荷に利用される新潟湊と酒匂港を上知するにしても、どれだけするかで幕閣の意見が一致しなかった上に、牧野家が何降り構わない嘆願を繰り返した。
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