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第一章

第22話:誘拐人身売買

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神暦2492年、王国暦229年5月22日:王都・ジェネシス視点

「大変でございます、追放した騎士達が娘をさらっています!」

 見廻騎士団のマディソン団長が慌てて屋敷にやってきたかと思うと、とんでもない事を報告しだした。

「それは王都の娘をさらって易都に向かっているという事か?」

「いえ、そうではないのです。
 連中は以前から盗賊を手先に使って人身売買を行っていたようです。
 王子に追放されて行き場がなくなったので、王都で数多くの娘をさらい、大陸からやってくる密航船で逃げる気なのです」

「易都やリチャードソン家の交易船に乗ったら、密かに殺されるとでも思ったか?」

「はい、邪推したようです。
 ただ、それだけが理由ではないと思います。
 少しでも金を稼いで大陸に渡ろうとしていると思われます。
 今証拠をつかんでいるのは人身売買だけですが、国外への持ち出しを禁じられている、高レベル魔獣素材を大陸に持ち出す可能性もあります」

 国の戦力を大きく左右する高レベル魔獣素材の持ち出しは、我が国だけではなく、ほぼすべての国で禁止されている。

 もし持ち出すことができれば莫大な金になるが、俺に追放されるような連中に、高レベル魔獣素材を集める事など不可能なはずだ。

「連中以外の黒幕がいるはずだが、思い当たる者はいるか?」

「以前なら、大陸の宝石や布地が欲しくて、後宮の方々が加担している事があったのですが、今では王子の機嫌を損ねるのを恐れて密貿易にはかかわっておられません。
 王都や商都の大商人を調べさせていますが、今のところ何の証拠もありません。
 気になるのは以前から密貿易に手を染めていた大貴族です。
 ……それと、王子に恥をかかされた大公家の方々でしょうか」

「俺への意趣返しに国禁を破り、我が国が大陸から攻め込まれるかもしれない、戦力の減少を企てているというのか?」

「王子が亜竜を2頭も狩られたので、少々高レベル魔獣素材を密貿易しても大丈夫と判断されたのかもしれません」

「そのような事は何の言い訳にもならない。
 大公家と言えど、国禁を破れば家を潰されて当然の売国行為だ。
 建国王陛下が、謀叛の疑いがある第2王子と第6王子を追放された事実を忘れているのか?」

「大公達は、自分達が追放される事はないと思っているのかもしれません。
 それに今のところ疑いがあるだけで、何の証拠もありません」

「権力者は、証拠がなくても邪魔者は処刑するぞ。
 今の大公家など、王家には邪魔者でしかないのだぞ。
 大公家自体は残しても、血の薄くなった当主や一族を皆殺しにして、養子先に困っている兄達を後継者に送り込むには格好の理由になるぞ?
 一族や家臣に先の見られる奴が1人もいないのか?
 ああ、そうか、当主を恐れず諫言するような忠臣は遠ざけられるのか」

「私もそうだと思いますが、あくまでも推測に過ぎません。
 高レベル魔獣素材を持っているのは大公家だけではありません。
 追放された建国王陛下の第2王子や第6王子の末裔が持っておられるかもしれませんし、大商人が持っているかもしれません。
 王家よりも歴史の古い貴族家なら持っているかもしれません」

「マディソン団長の言う通りだが、1番疑わしいのは3大大公家だ。
 建国王陛下が狩られた亜竜素材が形見分けされている。
 このままここで推測だけしていてもしかたがない。
 俺と一緒に王城に行ってくれ。
 父王陛下に3大大公家を潰す許可をもらう」

 俺はマディソン団長を連れて王城に向かった。
 政務を大臣に任せて後宮で子作りに励んでいる父王に会うのは正直嫌だ。
 今日の相手が母上でないとは言い切れないのだ。

 いや、色情狂の父上の事だ、相手が1人とは限らない。
 2人、いや、3人4人を同時に愛している可能性すらある。
 亜竜素材の精力剤はとんでもない効果があると資料に書いてあったからな……

「ジェネシス王子、国王陛下は手を離せないそうなので、私がお相手します。
 どのような御用件ですか?」

 緊急の相談だと言ったのに、色情狂は後宮から出てこない。
 わずかな誠意として、正室のオリビアを送ってきただけだ。
 正室側室を表面だとはいえ、若返らせなければよかった。

「3大大公家が国禁を破って高レベル魔獣素材を大陸に売り渡そうとしています。
 それどころか、大切な民を奴隷として大陸に売り渡そうとしています。
 許し難い暴挙なので、3大大公家を潰す許可をもらいに来ました。
 父王陛下をここに連れて来てください」

 俺は父王の正室オリビアに、家族宮に父王を呼んできてくれと頼んだのだが……

「ジェネシス王子は属性竜討伐の司令官ではありませんか。
 属性竜討伐に必要な高レベル魔獣素材を、国禁を破って大陸に売り払うような者は、例え相手が3大大公家の当主であろうと、殺してしまえばいいのです」

 オリビアは平気で恐ろしい事を口にする。
 王家最大の仮想敵貴族、ドロヘダ辺境伯家の娘だけの事はある。
 まさか、俺と父王を対立させた後で叛乱を起こすつもりか?

「後で父王陛下に難癖をつけられたら、私は父王を殺すか大陸に渡るしかありませんが、それでもいいのですね?」

「オッホホホホホ、国王陛下がジェネシス王子に難癖をつけるような事は絶対にありません。
 ジェネシス王子が望まれるのなら、今後何が起きても国王陛下が後宮から出てこないようにする事も可能ですわ」

 300年の若さと美貌を約束するなら、父王を殺す事に協力する気か?
 59歳だったのが、10代の若々しさを取り戻せたのだ。
 次に寿命を延ばしたいと願うのは人間らしい反応だが……

「そうですね、永遠に後宮から出てくるなとまでは望みませんが、悪人を裁く間は後宮に閉じこもっていただきたいです」

「お任せください、ジェネシス王子。
 以前から政務を放棄して後宮で遊びほうけておられた陛下です。
 同じように数カ月後宮にこもられても、誰も驚きません」

 ここはオリビアを信じておこう。
 万が一裏切られたとしても、ドロヘダ辺境伯家くらい俺独りで潰せる。

「よろしくお願いします」

「ああ、それと、まだ亜竜製の回復薬と精力剤はありますの?」

 女性の嫌な面を見させられるんじゃないだろうな……

「国中の王国貴族が100回は使えるだけの量がありますが、それがどうかしましたか?」

「3大大公家の御婦人方も、王子に回春魔術をかけて欲しいと願っておられると思うのですが、その気はないのでしょうか?」

 主だった貴族家を、女性の美と若さへの執着を利用して味方にしろというのか。
 やりたい策ではないが、無用な血を流すよりはマシか?

「王家と敵対するような家の女性に利を与える気はありません。
 ですが、味方してくれると言うのなら、いくらでも回春魔術をかけます」

「しばらく時間を下さるのなら、女性の繋がりで話しをつけられます。
 それでなくても現当主の方々は、御婦人方はもちろん、御令嬢の方々にまで肩身の狭い思いをさせました。
 罰を与えたいと思っておられる方は、王子が思われている以上に多いのです。
 ただあの方々も将来の事が不安なのですわ」

「御婦人や御令嬢を不安にさせるのは男のする事ではありませんね。
 私が回春魔術を使う事で、不安を無くすことができるのなら、喜んで使わせさていただきましょう」

 次期国王の最有力候補である俺と親しいと言うのは、御守りになるのだろう。

「そうしてくださるのなら、わたくしも安心です。
 長年王族として親しく付き合っていた方が不幸になる姿は見たくないです。
 ああ、そうそう、3大大公家の後継者はどうなされるのですか?」

「特に私に希望はありません。
 3大大公家にふさわしい後継者がおられるのなら、その方が継いでくださってもいいですし、兄上のどなたかが継いでくださってもかまいません」

「では、女性達で話し合って決めてもよろしいですか?
 同母の王子達に継がせたいわけではないのですか?」

「そんな事は全く考えていません。
 同母の兄達には、鍛え上げた家臣と蓄えた金を譲ろうと思っています。
 堕落した騎士を領地と共にもらっても、何の役にも立ちません。
 それどころか、危機が迫ったら敵に売り渡されかねません。
 それよりは私が鍛え上げた騎士団を譲る方が誇り高く豊かに暮らせます。
 お分けする金も、公爵家の年収50人分くらいを用意してあります」

「そのようなお考えなら、王子のやり易いように考えさせていただきますわ」

 俺のやり易いようにしてくれる?
 王位継承のジャマになりそうな兄達を3大大公家に送ってくれるのか?

 しかも3大大公家の御婦人方や令嬢方という監視と鎖を付けた上で?
 俺に敵対するようなら兄達を密かに殺してくれるのか?
 そこまでして欲しとは思っていないのだが……

「そうしていただければ、この件が片付きしだい属性竜を狩りに魔境に入れます」
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