徳川家基、不本意!

克全

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第1章

第11話:後方支援

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 話は長岡藩の奉行所に戻って、長谷川平蔵は自ら激しい拷問を行っていた。

「ギャアアアアア」

「吐け、浅草仙右衛門が何所にいるか吐くのだ!」

 捕縛には最後まで抵抗していた浅草仙右衛門一味だが、中には殺される事なく力尽きて捕らえられる者がいて、もう殺してくださいと哀願するほどの拷問を繰り返されていた。

 地獄の責め苦のような拷問を受けたのは、浅草仙右衛門一味だけではなかった。
 新潟湊で抜荷に加担していた、大商家の主人はもちろん、手先となっていた番頭や手代も同じように拷問された。

 更に賄賂を受け取っていた長岡藩新潟湊の役人も拷問された。
 三下に近い浅草仙右衛門一味はほとんど何も知らなかった。
 だが、新潟湊の大商人や番頭は、多くの情報を持っていた。

 悪事に加担していても、大商家の主人と番頭だ。
 それも、後に北前船と呼ばれる蝦夷から大阪を行き交う弁財船を何艘も使うような、商才と度胸のある者達だ。

 彼らはいざという時のために、浅草仙右衛門の弱みを握っていたのだ。
 江戸、新潟湊以外の隠れ家を探り、何かあったら交渉の材料としようとしていた。

 他にも、浅草仙右衛門の大切な者、家族を何処に住まわせているのかまで調べさせていたのだが、その全てを、筆舌に尽くし難い凄惨な拷問で白状させられた。

 「浅草仙右衛門は長崎にいる。我らも長崎に行くぞ!」

 長谷川平蔵は、浅草仙右衛門一味に加担していた大商人の弁財船を接収した。
 多くの船は航海中だったが、偶然一艘だけ新潟湊に停泊していた。
 その弁財船と長岡藩の御用船を使って、長崎に向かった。

 長岡藩は唯々諾々と多くの藩士を助太刀につけてくれた。
 新潟商人の弁財船と長岡藩の助太刀を手に入れた長谷川平蔵が、配下を率いて長崎についた頃、江戸では家基を巡って新たな出来事が始まっていた。

 ちなみに、新潟湊の商人の家屋敷と金銀財宝も幕府に収公された。
 家基が主導して行われた、、江戸の札差はもちろん商人金主と僧神官金主の裁きは、斬首となっていた。

 公家金主の処分は島流しと決まり、猿屋町に旗本御家人の年貢米や凜米を担保に金を貸す、勘定奉行所の出先機関を作った頃には、夏の盛りも終わっていた。

「上様、今のままでは大納言様が危険でございます」

 田沼意次が意を決して家治将軍に訴えた。

「なに、家基を襲った者は越後にいるのではないのか?」

「上様、走狗の事を申しているのではありません。大納言の御命を狙うと言う事は、将軍の座に届く所にいる者の仕業でございます。誰がやらせたのか、本当の黒幕が誰なのか、御分かりのはずです!」

「……凡その見当はついているが、確証はない」

「このまま座して手を打たないでいると、万寿姫様のように殺されてしまいますぞ」

「なに、万寿が民部卿に殺されたと申すのか?!」

「上様と我らが有徳院殿公の御遺言に従い、田安と一橋を明屋形のしようとしているのを逆恨みしただけでなく、至高の座を狙っているとしか思えません!万寿姫様が尾張家に輿入れしてしまったら、大納言様を弑い奉っても至高の座は手に入らなくなります、だから先に弑逆されたとしか思えません」

「確かに疑わしいが、だからといって、疑わしいだけでは民部卿を処罰できん。それに、家基の力は日々強くなっているぞ」

「それが危険なのでございます。大納言様は安祥譜代を含む多くの譜代旗本を斬首にされてしまわれました。民部卿様が名門譜代と手を結んでしまったら、大納言様の身辺を守り切れなくなってしまいます」

「ならば余にどうしろと申すのだ?」

「大納言様の盾となる者を西之丸に増やしてください。大納言様の御下知で浅草仙右衛門を追っている、長谷川平蔵を呼び戻してください。大納言様を説得して、西之丸に御庭番を送り込んでください」

「う~む、そうしたい気持ちはあるが、平蔵を呼び戻すのも御庭番を側に置くのも、家基が素直に聞くとは思えぬ」

「ではせめて柳生玄馬を側衆にして、常に大納言様を守れるようにしてください!」

「あれもなぁ、犬狩りの検分をさせているからなぁ」

「上様は本当に大納言様を大切に思っておられるのですか?!」

「なに、余の家基への愛情を疑うのか?!」

「甘やかすだけが愛情ではございません!甘やかしたために殺されてしまったらどうなされるお心算ですか!?その時に民部卿を殺されても遅いのですよ!」

「分かった、従うかどうかは分からぬが、厳しく命じる。何なら余の名代としてお前が家基を説得すればいい」

「説得くらい何時でも何度でもやらせていただきますが、まずは上様が愛情から説得してください、お願いいたします」

「分かった、余の家基に対する愛情に嘘偽りはない。父親として説得する。だがそれでも家基が言う事を聞かなかったらどうする?」

「では、大納言様も喜んで側に置いてくださる、柳生播磨守を西之丸付きにしてください。播磨守の次男高尾孫兵衛と三男の美濃部内膳も西之丸付きにしてください!それと臣が推薦した者を大奥と中奥に送ってください!」

 田沼意次は、最近の家基の言動を見て心配で仕方がなかった。
 実は、心の中では家基の事を自分の子供のように可愛く思っていたのだ。
 それだけの曰く因縁が家基と田沼意次の間には有った。

 家基は、意次が家治将軍に厳しく諫言して、ようやく側室を置いてもらったから生まれたのだ。

 その側室も、田沼意次が大奥で権力を持つ松島局と相談して決めた娘だ。
 田沼意次自身も、家治将軍から『意次も同じように側室を持て』と言われて五男と七女に恵まれていた。

 流石にこのような事情で因縁のできた五男と七女を、実子として育てる訳にはいかなかったが、心から愛していた。

 曰く因縁を言い立てれば、将軍の子供と魂の兄弟姉妹と取られかねないから、泣く泣く家臣に預けただけだ。

 五男の松三郎は幼いうちに亡くなったから、実子として表に出して弔ったが、すくすくと元気に育った七女の深雪は、表向きは家臣の子供としていた。

 深雪は田沼意次の家老、倉見金太夫の娘として育てられていた。
 倉見金太夫の正室は、主君田沼意次の側室の姉になる。

 順を追って言えば、倉見金太夫が主君田沼意次の縁を使って、紀伊徳川家江戸詰め八〇石片桐市太夫の長女、早霧を正室に迎えたのだ。

 それから二年経った頃、家治将軍に後継者を作れと諫言した田沼意次が、家治将軍の逆襲で自分も新しい側室を迎えて子供を作らなければいけなくなった。

 その話を倉見金太夫から聞いた片桐市太夫は、この好機を生かして田沼意次と縁続きになろうと、次女陽炎を側室に送り込んだのだ。

 結局生まれた子供、田沼意次の七女深雪は倉見金太夫の娘にされた。
 娘達から真実を知らされっていない片桐市太夫は、酷い親だったのだろう。
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