仇討浪人と座頭梅一

克全

文字の大きさ
22 / 88
第一章

第二十二話:鍼灸医、長瀬検校梅一

しおりを挟む
 町奉行所の与力同心は徳川幕府の直臣ではない。
 与力同心の扶持は、町奉行所の給地から分配されるのだ。
 同じ与力同心なのに、他の番方へ移動する事は絶対にない。
 何より与えられる屋敷が武家地ではなく町地なのだ。
 不浄役人と蔑まれているのは、その点も影響している。

 だがそれは悪い事ばかりではない。
 武家地だと、与えられた敷地に勝手に長屋を建てて人に貸す事などできないが、町地なら長屋や離れを建てて人に貸すことができる。
 三十俵二人扶持(十六両程度)の薄給同心だと、屋敷一杯に長屋を建てれば年に二十五両以上になる長屋経営は、余禄のない同心には格好の副業なのだ。

 同心なら形振り構わず百坪ほどの屋敷地一杯に長屋を建てて、与力の建てた貸家に住めばいいのだが、さすがに与力ともなると大っぴらに長屋は建てられない。
 そこで与えられた三百坪ほどの敷地に離れや貸家を建てて、社会的に地位が高い医師や学者、儒者や剣道指南、手習い師匠など貸すことになる。

 まあ、配下の同心に貸すのが一番なのだろうが、同心にも良心があって、屋敷地一杯に長屋を建てるのではなく、百坪程度に敷地内に自分達用の小さな屋敷を建てて、残った敷地に長屋を建てる者が多かった。

「それにしても、鍼灸医、長瀬検校梅一とは恐れ入る」

 小頭の揶揄うような言葉に梅一も笑うしかなかった。
 幼い頃から養父に盗みの技を仕込まれたが、その一つに盲人に偽装するというものがあったのだ。

 それも単に盲人に偽装するだけでなく、惣録屋敷に入り込んで本当に座頭になり、鍼灸の技や歌舞音曲の技を会得しろという厳しいものだった。
 目が見えるという事を誰にも悟られることなく、敵地ともいえる惣録屋敷に入って多くの技を会得しなければならないのだから、とても厳しい事だった。
 
 だが、養父がいきなり七百十九両もの大金を当道座に納めてくれて、最上位の権検校晴を地位を買ってくれたのだ。
 どれほど辛く厳しくても、何度も餓死しかけた梅一は、食い物と金のありがたみを誰よりも知っている。
 だから、衣食住整った生活を与えてくれた養父と養祖父が望む、大盗賊になるための鍛錬を嫌う事などなかった。

「全部親父さんの御陰ですよ。
 親父に助けていただけなければ、とうの昔に野垂れ死にしています。
 親父の教えを守るためなら、どんな事だってやってのけますよ。
 親父さんの掟を破る若い衆を、皆殺しにする事も躊躇いませんよ」

 梅一が百戦錬磨の小頭や兄貴分達が恐れを抱くくらいの殺気を漏らした。
 梅一が暗殺を行っている事に眉をひそめる兄貴分もいた。
 だが今の梅一の発言で、親分の教えに背く若い衆を殺す実力をつけるために、暗殺家業に手を染めた事が分かったのだ。
 同時のその手は、小頭や兄貴分達が堕落した時にも振るわれると気がついた。

「くっくくくく、梅一の親父さん思いには勝てないな。
 俺も梅一に殺されないように、掟を厳守する事にするよ。
 今日はこれで帰るが、もっと頻繁に親父さんの所に顔を出すんだぞ」

 小頭がそう言ったのを機に、兄貴分達は帰って行った。
 梅一は運ばれてきた千両箱を秘密の場所に隠すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...