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第一章

第29話:ナミュール侯爵家ゼーラント伯爵領関所砦

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 腹がはちきれるほど焼きチーズとオニオングラタンを食べた。
 心もお腹も大満足だった。

 女子供も犯罪者奴隷達も、麦飯を喰って忠誠心が高まったようだ。
 胃袋をつかむというのは、男女の関係だけではなかった。

 皆が大満足した状態でエノー伯爵家の関所砦をでた。
 そして真向いに造られている、ナミュール侯爵家ゼーラント伯爵領関所砦で、領内通過を許可してもらうための審査を受けた。

 同じ国王に仕える貴族ではあるが、何度も剣を交えた間柄だ。
 今もナミュール侯爵は虎視眈々とエノー伯爵領を狙っている。
 当然関所の取り調べは厳しい。

 普通なら色々と難癖をつけるところだろう。
 少しでも多くの税をかけるのはもちろん、足止めをして砦内で金を落とさせる。

 だが今回は、国王に献上するドロップを運ぶ正使一行だ。
 国王に睨まれるのは不利と考えて素直に通す可能性が高かった。

 いや、それほど力の強くない王家だけなら無視したかもしれない。
 今回は王家だけでなく、有力な国内貴族全てに売却を約束している。
 ナミュール侯爵も全派閥に喧嘩を売る気はなかったようだ。

「どうぞお通りください、オセール伯爵閣下」

 通してはくれたが、それでも最低限の嫌がらせはしたかったのだろう。
 法外な宿泊料金を、四百弱の人数分をボッタクリたかったのだろう。
 俺達が入領の許可を貰えたのは夕暮れだった。

「オセール伯爵閣下、ナミュール侯爵の命令を受けて襲ったと大嘘をついた、犯罪者奴隷達のために宿賃を払う気にはなれません。
 またナミュール侯爵の命令を受けたと嘘をつく盗賊達に襲われるかもしれませんが、野営しましょう」

 俺は砦の責任者に聞こえるような大声で言ってやった。
 あいつは犯罪者奴隷達の証言を嘘だと断じただけではない。

 嘘だと断言したくせにネチネチと細かい質問をしやがったのだ。
 俺達から宿泊料を取るための、陰湿な時間稼ぎをした糞野郎だ。

「そうだな、王家で証言させる者を殺させるわけにはいかない。
 野営は安全な場所の方が良いだろう」

 オセール伯爵も砦の責任者を挑発した。
 色々と思う所があるのだろう。

 砦の責任者は認めなかったが、王がナミュール侯爵の命令だと認めるたら、何らかの処罰が下る。

 先の襲撃の中間指揮官が砦の責任者なら、失態を取り返そうとする。
 まして王の前で証言され、主君を不利にする事になれば、厳罰を受けかねない。

 ネウストリア辺境伯とエノー女伯爵が話す、ナミュール侯爵の言動が本当だったら、このような失敗をした者は、まず間違いなく処刑される。

 俺達は、関所砦の責任者が襲撃をしやすい場所を選んで野営をした。
 ゼーラント伯爵領関所砦から適度に近く、深い森の接する場所だ、
 ここなら森に潜む野盗団に偽装して俺達を襲う事ができる。

「しょうさま、おなかすいた……」

 他の女子供や犯罪者奴隷達は我慢しているが、一番年下の子はとても素直で、空腹を訴えてくる。

「そうだな、昼飯は干肉だけだったし、晩飯も何時もより遅いからな。
 腹が減るのも仕方がないだろう」

 これまでの生活だと、女子供は兎も角、犯罪者奴隷達の大半を占める貧困平民は一日一食だと言っていた。

 彼らなら、朝飯に麦飯を腹一杯食べ、昼に干肉をかじったら、翌朝まで何も食べられなくても当たり前だと思う。

 だが、ポルトスに庇われていた女子供は、最低でも一日二食、ポルトスに同行している時は、ポルトスの食事回数と同じだけ食べていた。
 日に三食も四食も食べていた者が二食だと、空腹が辛いもの仕方がない。

「何か食べたい物はあるかい?」

「むぎ、あさたべたむぎ、むぎがたべたい」

「これ、身勝手な事ばかり言うのではありません!」

 パーティーリーダーの女が女の子を注意するが、何所か期待している雰囲気があるのは仕方なない。
 俺が甘やかして毎回望む食事を与えているのだから。

「大丈夫だ、気にするな。
 麦と水、薪代わりの小枝を配るから、自分達で炊きなさい」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

 女子供と犯罪者奴隷達が良い声を揃えて返事をする。
 だがそんな事を気にしている時間はない。
 まず最初にしなければいけないのはサクラの御飯を準備する事だ。

「ミャアアアアオン」

 今回は灰魔豹のドロップ肉塊を欲しがったので、栄養バランスを考えて、鶏肝と半液状のバランス食を六十キロ分用意してあげた。

 半液状のバランス食は色々な種類があった方が飽きないので、まぐろ&贅沢本まぐろ 、まぐろ&贅沢ロブスター、まぐろタラバガニ入りなど五種を出してあげた。

 手間はかかるが、サクラの喜ぶ顔が見られるのなら、自分の食事など、どれほど遅れても構わない。

 サクラが食べ終わっても麦飯は炊けていない。
 別にサクラが卑しい訳ではない!
 生のまま食べるか料理するかの違いで時間がかかっているだけだ。

 女子供と犯罪者奴隷達が、それぞれパーティーに分かれて料理をしている。
 六個の飯盒に三合ずつ麦を入れて炊き上げようとしている。
 合計すると十八合の麦飯が炊ける。

「いいか、その麦飯を明日の朝と昼にも食べるからな。
 その心算で全部食べてしまうなよ。
 三分の一ずつ食べるのだぞ」

「「「「「はい!」」」」」

 江戸時代の、いや、戦国期の日本人は一日五合の玄米を食べていた。
 ヨーロッパでは、一日一パイントか一ポンドの大麦を食べていたらしい。

 本当なのか嘘なのか確かめる前に死んでしまったが、パイントかポンドのどちらかが、兵士を一日戦わせるのに必要な食糧だったと読んだ事がある。

 日本用の飯盒だから、一日五合の大麦飯を与えればいいと計算した。
 足らない二合分は、肉などの副食で補えばいい。
 夜の間に焼いておくか、干肉を与えればいい。

 まあ、男は五合必要だが、女子供は三合でいいという考えもあった。
 江戸時代の一人扶持には、男扶持五合、女扶持三合という計算もある。

 女は男に比べて身体が小さく、胃腸も丈夫なので、一日三合の玄米で十分生きていけるという計算だ。
 だが俺は、そんな計算で女子供に与える麦の量を減らしたりはしない。

 問題は麦飯が痛みやすい事だが、夜炊いて昼飯くらいまでは食べられる。
 野営では焚火が必須だから、そのついでに炊けば一石二鳥だ。

 朝や昼に麦飯を炊いていたら、移動時間が少なくなってしまうのだ。
 だから夜炊いた麦飯を三回に分けて食べる。

「さっき配った肉もしっかり焼いておけよ。
 特に明日の朝と昼に喰う分は、腹を壊さないように焼くのだぞ」

「「「「「はい!」」」」」

 各自で炊いている飯盒飯は、何かあった時のために携帯させる。
 だが、和鉄ダッチオーブンで炊いている麦飯と、寸胴鍋で煮ている麦粥は俺が保管しておき、料理をする時間がない時用にする。

 これから何時敵の襲撃があるか分からないので、念のためだ。
 焚火の上で飯盒炊飯しているが、焚火の周囲では小枝に刺した肉を焼いている。

 安いドロップ肉から順に焼いているが、よく火が通った腐り難い肉は携帯用にして、丁度良い火加減に焼けた肉は俺のパントリーに保管する。

「ミャアアアアオン」

 サクラが満足してくれたら俺の食事時間だ。
 傍らで香箱座りするサクラを愛おしみながら肉を焼く。

 今日は灰魔牛の舌を薄切りにして塩を振り鉄板で焼いて喰らう。
 俺が一番好きな牛肉の部位は舌、タンだ。
 灰魔牛の舌も美味しいに違いない!

 大きな灰魔牛の舌は、普段俺が食べていたタンと違って三キロぐらいあった。
 一度に全部は食べられないが、二度で食べきれてしまう量だ。

 美味しく食べるには、部位ごとに最適な料理にしなければいけない。
 食べる順番も人それぞれ好みがあるだろうが、俺は最初と最後に一番好きな物を食べたいので、先にタンを切り分けておく。

 タン先は硬く歯ごたえが強いのだが、肉の味が濃くて美味い。
 俺は極薄に切って焼いて食べるのが好きなのだが、今回はシチューする。

 ただ、牛タンだけは、ホワイトシチューではなくデミグラスソースが好きなのだが、自分で美味しいデミグラスソースを一から作る自信はない。
 だから信頼と実績の優良企業が作ったビーフシチューの素を使う。

 ゲタとも呼ばれるタン下はタン先よりも固いので、普通はミンチにされる事が多いのだが、今回はタン先と一緒にビーフシチューにする。

 タン中はタン先よりは柔らかいので、薄切りにして塩焼きにすると、独特のコリコリとした食感と風味があり、俺も大好きだ。

 ただ、同じタン中でも、先に近いか元に近いかで柔らかさが違う。
 先に近いほど薄切り、元に近いほど厚切りにする。

 その厚さは一ミリから六ミリまで、歯と顎が丈夫な俺が美味しく食べられる厚みに切り分けておく。

 タン元は、最も脂がのっていて、柔らかなので厚切りにして焼くとジューシーで美味しく、牛タンの中では最高級部位と言われている。

 厚み一センチに切って塩胡椒を振り焼いていく。
 表面に肉汁が出てきたら返し、表面にカリッとした焼き色がついていたら成功だ。

 見えないが、裏側にも同じような焼き色がついたら喰い時だ。
 美味い、牛肉の中で一番好きだ!
 今日はタン元とタン中を喰らい尽くす!
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