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徳川家基毒殺未遂事件
毒殺
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「しっかりしろ、大納言。死ぬな、死ぬでない」
「上様、直ぐに私の知る医者を呼びます」
「急ぐのだ、主殿頭」
「は!」
事は余りに急な事だった。
徳川十代将軍・徳川家治の世子・徳川家基は元気に朝を迎えた。
次期将軍として武芸を鍛えるために、早朝から鷹狩りに出かけた。
家基はオランダから贈られたペルシャ馬に乗り、御機嫌に鷹狩りを行った。
だが、昼食に立ち寄った寺で急に苦しみだしたのだ。
鷹狩りに同行していた奥医師が投薬したものの、一向に回復しなかった。
急いで駕籠で江戸城に戻る事になったのだが、その途中で武士とは思えぬ物凄く大きな唸り声が駕籠の中から聞こえた。
文武両道に秀でた家基は、少々の苦痛で声を上げたりしない。
筆舌に尽くしがたい痛みが家基を襲ったのだ。
途中で意識を失った家基は、籠の中で上げ下してしまうほどだった。
何とか江戸城西の丸に戻り、西の丸付きの奥医師も加わり懸命の治療が行われた。
しかし一向に状態は良くならず、その状況は父・家治にも伝えられた。
ただ一人生き延びた子供・家基急病の知らせを受けた家治は、登城している全ての奥医師に治療を命じた。
当番の典薬頭・今大路道三は勿論、奥医師も手を尽くして治療にあたった。
だが一向に回復する兆しがなく、遂に家治は表御番医師にまで家基を診察させた。
丸一日経ち、翌日の当番医師が登城し、治療に当たっていた医師と協議するも、確たる診立てが立たなかった。
家治の焦りと苛立ちは激しかった。
側に侍る田沼意次にはその気持ちが痛いほどわかった。
最初の子・千代姫を僅か一歳で亡くしたのを初め、次女・万寿姫を十二歳で亡くしている。
愛妻家の家治が、後継者を儲けるために泣く泣く側室を置いてまで得た二人の男子。
家基の弟、次男・小次郎も僅か一歳で亡くしている。
最後に残った子供が家基なのだ。
英俊の誉れ高く、文武両道に秀でた家基だ。
実父・家治は勿論、亡くなった養母の倫子女王にも孝を尽くしていた。
ただ父親に従順なだけではなく、確固たる意見も持っている。
父・家治の信頼厚く、祖父・家重から二代に渡って徳川家を支える忠臣・田沼意次の政策を批判するほどだ。
家治にとっては掌中の珠と言える息子なのだ。
だから田沼意次は前例を破る決断をした。
寄合医師・小普請医師・養生所医師だけではなく、町医師にまで家基を診察治療させる決断をした。
これでまた田沼意次の悪評が広がるだろう。
だが忠義の田沼意次は悪評など気にしない。
自分を信じて政を任せてくれた、先代・家重様と当代・家治様のためならば、あらゆる悪評に屈せぬ覚悟をしていた。
平賀源内・杉田玄白・前野良沢・中川淳庵・桂川甫周と言った蘭学医師達が集められた。
明敏な田沼意次は、家基がペルシャ馬から病をうつされた可能性を考え、蘭学者を集めたのだ。
他にも町医者日向陶庵・若林敬順などが集められた。
田沼意次は家基を助けるために形振り構わなかった。
昼夜を問わぬ彼らの必死の治療が功を奏したのか、三日目になり嘔吐と下痢が治まった。
これで何とか薬湯の効果が現れ、六日目には一瞬意識が戻った。
そして側を離れず看病していた家治に一言呟いて再び意識を失った。
「上様、毒を盛られました」
「上様、直ぐに私の知る医者を呼びます」
「急ぐのだ、主殿頭」
「は!」
事は余りに急な事だった。
徳川十代将軍・徳川家治の世子・徳川家基は元気に朝を迎えた。
次期将軍として武芸を鍛えるために、早朝から鷹狩りに出かけた。
家基はオランダから贈られたペルシャ馬に乗り、御機嫌に鷹狩りを行った。
だが、昼食に立ち寄った寺で急に苦しみだしたのだ。
鷹狩りに同行していた奥医師が投薬したものの、一向に回復しなかった。
急いで駕籠で江戸城に戻る事になったのだが、その途中で武士とは思えぬ物凄く大きな唸り声が駕籠の中から聞こえた。
文武両道に秀でた家基は、少々の苦痛で声を上げたりしない。
筆舌に尽くしがたい痛みが家基を襲ったのだ。
途中で意識を失った家基は、籠の中で上げ下してしまうほどだった。
何とか江戸城西の丸に戻り、西の丸付きの奥医師も加わり懸命の治療が行われた。
しかし一向に状態は良くならず、その状況は父・家治にも伝えられた。
ただ一人生き延びた子供・家基急病の知らせを受けた家治は、登城している全ての奥医師に治療を命じた。
当番の典薬頭・今大路道三は勿論、奥医師も手を尽くして治療にあたった。
だが一向に回復する兆しがなく、遂に家治は表御番医師にまで家基を診察させた。
丸一日経ち、翌日の当番医師が登城し、治療に当たっていた医師と協議するも、確たる診立てが立たなかった。
家治の焦りと苛立ちは激しかった。
側に侍る田沼意次にはその気持ちが痛いほどわかった。
最初の子・千代姫を僅か一歳で亡くしたのを初め、次女・万寿姫を十二歳で亡くしている。
愛妻家の家治が、後継者を儲けるために泣く泣く側室を置いてまで得た二人の男子。
家基の弟、次男・小次郎も僅か一歳で亡くしている。
最後に残った子供が家基なのだ。
英俊の誉れ高く、文武両道に秀でた家基だ。
実父・家治は勿論、亡くなった養母の倫子女王にも孝を尽くしていた。
ただ父親に従順なだけではなく、確固たる意見も持っている。
父・家治の信頼厚く、祖父・家重から二代に渡って徳川家を支える忠臣・田沼意次の政策を批判するほどだ。
家治にとっては掌中の珠と言える息子なのだ。
だから田沼意次は前例を破る決断をした。
寄合医師・小普請医師・養生所医師だけではなく、町医師にまで家基を診察治療させる決断をした。
これでまた田沼意次の悪評が広がるだろう。
だが忠義の田沼意次は悪評など気にしない。
自分を信じて政を任せてくれた、先代・家重様と当代・家治様のためならば、あらゆる悪評に屈せぬ覚悟をしていた。
平賀源内・杉田玄白・前野良沢・中川淳庵・桂川甫周と言った蘭学医師達が集められた。
明敏な田沼意次は、家基がペルシャ馬から病をうつされた可能性を考え、蘭学者を集めたのだ。
他にも町医者日向陶庵・若林敬順などが集められた。
田沼意次は家基を助けるために形振り構わなかった。
昼夜を問わぬ彼らの必死の治療が功を奏したのか、三日目になり嘔吐と下痢が治まった。
これで何とか薬湯の効果が現れ、六日目には一瞬意識が戻った。
そして側を離れず看病していた家治に一言呟いて再び意識を失った。
「上様、毒を盛られました」
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