柳生友矩と徳川家光

克全

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第二章:出世

第14話:中奥後宮

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1626年3月3日:江戸城中奥:柳生左門友矩13歳

「上様、三枝殿が泊番の御挨拶に参られました」

「うむ、寝所の方に来てもらってくれ。
 色々と相談したい事があるから、番士の者達には、相談があればこちらに問い合わせるように言っておいてくれ。
 ああ、左門には宿直をしてもらうから、連絡には他の者に行かせろ」

「承りました」

 今日も上様の悪癖が小姓達を苦しめる。
 いや、そう考えているのは拙者だけなのかもしれない。

 身分のある者が眠る時に、不寝番の護衛がつくのは当然の事だ。
 将軍が男女関係なく同衾するのも当然の事だ。
 寝所で不寝番に睦言を聞かれるのはしかたがない事なのだろう。

 問題は、上様が不寝番する者を指名する事だ。
 自分の愛する者に、他の者と愛し合っている姿を見せて興奮する。
 この上様の性癖が問題なのだ。

 寝所の中にいる上様に気付かれないように、互いに目だけで相手を労わる。
 小姓として共に苦労を重ねてきた間だからできる事だ。

 現在の中奥は、中国の後宮にたとえられている。
 本来なら大奥が後宮と呼ばれるべきなのだが、上様が男色なのは皆が知っている。
 ほとんと大奥に渡らず、中奥で小姓と戯れている事も知られてしまっている。

 最近では、小姓から番方の頭に就任した者達とも戯れている。
 不寝番で登城した元小姓の番頭を寝所に呼びつけている。
 この新しい遊びがとても興奮するようだ。

 三枝殿は小姓組番頭に就任された。
 堀田と同じ格になったのだ。
 寝所での忠勤が認められたのだろう。

 少々迷ったが、助言してよかった。
 衆道の相手が出世すると思われるのは上様のためにならない。
 だが、駿河大納言派の排除だと言えば譜代衆も文句は言えない。

 譜代衆だけでなく、上様の廃嫡を考えていた大御所様達への牽制にもなる。
 上様から見れば、西之丸の大御所様達がどうしても邪魔だし目障りだ。
 三枝殿のためになるだけでなく、上様の為にもなる。

「ああ、もっと、もっと強く深く激しく責めて!
 痛くして、お願いだからもっと痛くして!」

 聞きたくもない睦言が聞こえてくるが、聞かない訳にはいかない。
 これが元小姓達と現役の小姓達が交わした約束だ。

 堀田のような、衆道を出世の道具と考えている者ばかりではない。
 拙者のように、君臣の絆を深めるための交わりと考えられない者もいる。
 また、どうしても衆道になじめない小姓もいるのだ。

 衆道になじめない者達から、上様の許されない性癖がもれては一大事だ。
 普通小姓は、奉公で見聞きした秘密は絶対に口にしないと誓約している。
 だが、上様を陥れようとしている連中の手先は誓約を守らないだろう。

 そんな連中から上様を御守りするために、真の忠臣だけが寝所に侍る。
 それだけでなく、互いを監視して行き過ぎを防ぐ。
 堀田のような非常識な立身出世を願わないように相互監視を行う。

 今の出世頭は兄上を含めた小姓組と書院番の番頭達だ。
 五番方と呼ばれる幕府の武官の中でも一番上様に近いのが小姓組と書院番だ。
 この二つの番頭が本当の意味での親衛隊だろう。

 今は西之丸に大御所様がおられるから、小姓組も書院番も数が増えている。
 通常は両組とも十個が編成されている。
 その内の四組を元小姓が務めているのだから、優遇も甚だしい。

 他の五番方、大番、新番、小十人の頭まで入れると、もっと多くの番頭がいる。
 交代させられた連中の顔触れを見れば、上様が駿河大納言派の連中を排除しているのは明らかだ。

 もっとも、拙者にそのころの知識や記憶があるわけではない。
 兄上が古参の小姓や元小姓から話しを聞いてくれたから知っているだけだ。

 上様の寵愛によって、与えられる役職は大きく違ってくる。
 上様がお世継ぎと決まる前から御側にいた小姓は、将軍に就任してからの小姓の数よりもはるかに少ない。

 その少ない小姓の中にも、親兄弟が駿河大納言派の者がいたそうだ。
 そんな連中は、上様の元小姓だからと言って信用できない。
 上様の動向を見張り報告するために送られて来た密偵同然の連中だ。

 大御所様や大御台所様が、駿河大納言様を推しておられたのだから仕方がない。
 とは絶対に言わない!

 武士たるもの、親兄弟がどうであろうと、仕えた主君に忠誠を尽くすのだ!
 暗主ならば、命を賭けて諫死すべきなのだ!

 ぱーん!

「ああ、うれしい、もっとよ、もっと強く叩いて!」

 ……駿河大納言様を選びたくなる気持ちはよく分かる……
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