46 / 57
第三章:謀略
第46話:腹蔵
しおりを挟む
1627年7月23日:京二条城:柳生左門友矩14歳
「上様、帝との話し合いが上手く運んで良かったですね」
「うむ、左門が側にいてくれて心強かったぞ」
上様と帝の腹を割った話し合いが朝から昼を挟んで日が暮れるまで行われ、双方決定的な対立を起こしかねない強い口調で文句を言い合った。
「朕は帝である、将軍家の言い成りになるのは屈辱だ!」
「天下を平定して戦国乱世を終わらせたのは徳川家です。
皇室は何の役にも立たなかった」
「飾りと言えども朕が徳川に将軍の位を与えている」
「平和になったからと言って、戦国乱世で何の役割も果たしていなかった皇室や公家がしゃしゃり出るのなら、大陸のように皇室を滅ぼして徳川が皇帝を名乗りますぞ」
「……だが、お飾りと言えども朕が公家の主である事に変わりはない。
朕に仕える女官が不義密通をしていたのに、処刑する事も許されないのでは、主としての威厳を損なう」
「朝廷の法に死罪がない以上、帝といえども全員を処刑する事は許されません。
そのような事をすれば、帝の悪評が歴史に残ってしまいます。
それでも帝の顔を立てて主犯の二人だけは死罪にしたのですぞ」
「……朕の名誉よりも感情を優先して欲しかったぞ。
だが、だったら、お与津の事はどうなのだ。
朕が心から愛する者を無理矢理落飾させて遠ざけたではないか。
徳川の娘が入内するとはいえ、朕が寵愛する女官や側近に罰を与える。
そのような法など朝廷の歴史にはなかったぞ!」
「何を身勝手な事を申される。
与津はあの猪熊の実妹ではないか。
本来なら連座させて御所から追放すべき女ですぞ。
不義密通を行った公家と女官を全員死罪とするなら、親兄弟を連座させて流罪にするのが当然ではないか。
それを寵愛して子供まで産ませるとは、言動不一致も甚だしい」
「では、賀茂宮の事はどうなのだ!
あのように徳川に都合よく賀茂宮が死んだのは何故なのだ!?」
「少なくとも余は何もしていない。
余の調べられる範囲では賀茂宮を暗殺した者はいなかった。
だが、絶対に徳川がやっていないとは言い切れない。
あの父上と母上なら、賀茂宮の暗殺くらいはやりかねない」
「……本気か、本気で実の父や母ならやりかねないと言い切るのか」
「ああ、東照神君が選んだ余を嫌って何度も刺客を放った両親だ。
自分の孫を帝にするためなら、それくらいの事はやりかねない。
ただ証拠はない。
証拠があるのなら、余が二人を処刑している」
「ふむ、将軍がそこまで腹を割ってくれるのなら朕も腹を割って話そう。
徳川は何がしたいのだ?
朕を、皇室を、朝廷をどうしたいのだ?」
「徳川がどうしたいのかは余にも分からない。
余は将軍だが、まだ父親である大御所が力を持っている。
幕府の舵取りをしている年寄衆も、余よりも大御所の言う事を聞く。
だから幕府や徳川が何をしたいのかを余は知らない。
しかし余がしたい事なら話す事ができる」
「それでよい、将軍がしたい事を朕に話せ」
「余は今の平和を続けたい。
戦国乱世に戻したくない。
千姫や和姫に幸せになってもらいたい。
そのためなら父と弟を殺す覚悟がある。
帝を殺して歴史に悪名を残す事も辞さぬ」
「ふむ、朕を殺す覚悟があるというのだな」
「やりたくはないが、必要ならば断じて行う」
「朕はまだ殺されるのは嫌だ。
ここは将軍の言う事を信じよう。
朕は何をどこまでする事が許されているのだ?」
「古から続く朝廷の法に従う限りは許されます。
ただし、天下に乱を起こすような、徳川家の威信を傷つけない事。
帝と朝廷の権威を傷つけない事が大前提です」
「朕に徳川の顔色を伺えと申すのか?」
「戦国乱世では、帝も朝廷も足利や三好、織田や豊臣の顔色を伺っておられた。
いえ、同時に何人もの有力者の顔色を伺い、綱渡りのようにして皇室と朝廷を守らなければいけなかった。
多くの皇室行事を行いえないどころか、日々の食事にさえ事欠き、大喪や即位式さえ満足に行えなかった。
徳川が力を失い、戦国乱世の世に戻ったら、同じ事が繰り返されますぞ」
「朕に徳川の余が続く手伝いをしろと申すのか?」
「はい、その代わり、徳川が健在な間は皇室も朝廷も滅びません。
日々の食事に事欠くようなことはありません。
大喪を行うことができず、帝の遺体が腐るのを放置する事もありません。
何十年も即位式が行えない事もありません。
生きるために公家が地方に下向し、朝廷に人がいなくなるような事もありません」
「……朕は世が落ち着いてから生まれたので、朝廷が衰微していた時代を知らぬ。
だが後陽成院や中和門院から色々と聞いている。
あのような時代に戻してはならぬと何度も言われておる。
しかしながら、朕の体面も保ってもらいたい」
「では、猪熊事件の時に処罰できなかった者達に厳しい処分をなされよ。
もう帝が愛した与津を僧にしました。
他の者達に手心を加える必要はありません。
余が勤役懈怠を理由に二人の大名を改易します。
帝も同じように勤役懈怠を理由に連中を改易されればいいのです。
当人が死罪にされるよりも、家を潰され一族一門が滅ぶ方が遥かに厳しい」
「将軍は朕よりも悪党よな」
「父母に忌み嫌われ何度も殺されそうになっているのです。
悪党にもなります」
「分かった、あの連中の家を改易にしてくれる」
「ただ、念のために武家相伝を通じて京都所司代に相談してください。
中宮様が逆恨みされて害されるようなことがあれば、報復に皇室と公家を滅ぼさなければいけなくなりますので、事前に大丈夫か確認していただきたいのです」
「……朕の代で皇室を滅ぼすわけにはいかぬ。
何事も京都所司代に相談してから行おう」
「上様、帝との話し合いが上手く運んで良かったですね」
「うむ、左門が側にいてくれて心強かったぞ」
上様と帝の腹を割った話し合いが朝から昼を挟んで日が暮れるまで行われ、双方決定的な対立を起こしかねない強い口調で文句を言い合った。
「朕は帝である、将軍家の言い成りになるのは屈辱だ!」
「天下を平定して戦国乱世を終わらせたのは徳川家です。
皇室は何の役にも立たなかった」
「飾りと言えども朕が徳川に将軍の位を与えている」
「平和になったからと言って、戦国乱世で何の役割も果たしていなかった皇室や公家がしゃしゃり出るのなら、大陸のように皇室を滅ぼして徳川が皇帝を名乗りますぞ」
「……だが、お飾りと言えども朕が公家の主である事に変わりはない。
朕に仕える女官が不義密通をしていたのに、処刑する事も許されないのでは、主としての威厳を損なう」
「朝廷の法に死罪がない以上、帝といえども全員を処刑する事は許されません。
そのような事をすれば、帝の悪評が歴史に残ってしまいます。
それでも帝の顔を立てて主犯の二人だけは死罪にしたのですぞ」
「……朕の名誉よりも感情を優先して欲しかったぞ。
だが、だったら、お与津の事はどうなのだ。
朕が心から愛する者を無理矢理落飾させて遠ざけたではないか。
徳川の娘が入内するとはいえ、朕が寵愛する女官や側近に罰を与える。
そのような法など朝廷の歴史にはなかったぞ!」
「何を身勝手な事を申される。
与津はあの猪熊の実妹ではないか。
本来なら連座させて御所から追放すべき女ですぞ。
不義密通を行った公家と女官を全員死罪とするなら、親兄弟を連座させて流罪にするのが当然ではないか。
それを寵愛して子供まで産ませるとは、言動不一致も甚だしい」
「では、賀茂宮の事はどうなのだ!
あのように徳川に都合よく賀茂宮が死んだのは何故なのだ!?」
「少なくとも余は何もしていない。
余の調べられる範囲では賀茂宮を暗殺した者はいなかった。
だが、絶対に徳川がやっていないとは言い切れない。
あの父上と母上なら、賀茂宮の暗殺くらいはやりかねない」
「……本気か、本気で実の父や母ならやりかねないと言い切るのか」
「ああ、東照神君が選んだ余を嫌って何度も刺客を放った両親だ。
自分の孫を帝にするためなら、それくらいの事はやりかねない。
ただ証拠はない。
証拠があるのなら、余が二人を処刑している」
「ふむ、将軍がそこまで腹を割ってくれるのなら朕も腹を割って話そう。
徳川は何がしたいのだ?
朕を、皇室を、朝廷をどうしたいのだ?」
「徳川がどうしたいのかは余にも分からない。
余は将軍だが、まだ父親である大御所が力を持っている。
幕府の舵取りをしている年寄衆も、余よりも大御所の言う事を聞く。
だから幕府や徳川が何をしたいのかを余は知らない。
しかし余がしたい事なら話す事ができる」
「それでよい、将軍がしたい事を朕に話せ」
「余は今の平和を続けたい。
戦国乱世に戻したくない。
千姫や和姫に幸せになってもらいたい。
そのためなら父と弟を殺す覚悟がある。
帝を殺して歴史に悪名を残す事も辞さぬ」
「ふむ、朕を殺す覚悟があるというのだな」
「やりたくはないが、必要ならば断じて行う」
「朕はまだ殺されるのは嫌だ。
ここは将軍の言う事を信じよう。
朕は何をどこまでする事が許されているのだ?」
「古から続く朝廷の法に従う限りは許されます。
ただし、天下に乱を起こすような、徳川家の威信を傷つけない事。
帝と朝廷の権威を傷つけない事が大前提です」
「朕に徳川の顔色を伺えと申すのか?」
「戦国乱世では、帝も朝廷も足利や三好、織田や豊臣の顔色を伺っておられた。
いえ、同時に何人もの有力者の顔色を伺い、綱渡りのようにして皇室と朝廷を守らなければいけなかった。
多くの皇室行事を行いえないどころか、日々の食事にさえ事欠き、大喪や即位式さえ満足に行えなかった。
徳川が力を失い、戦国乱世の世に戻ったら、同じ事が繰り返されますぞ」
「朕に徳川の余が続く手伝いをしろと申すのか?」
「はい、その代わり、徳川が健在な間は皇室も朝廷も滅びません。
日々の食事に事欠くようなことはありません。
大喪を行うことができず、帝の遺体が腐るのを放置する事もありません。
何十年も即位式が行えない事もありません。
生きるために公家が地方に下向し、朝廷に人がいなくなるような事もありません」
「……朕は世が落ち着いてから生まれたので、朝廷が衰微していた時代を知らぬ。
だが後陽成院や中和門院から色々と聞いている。
あのような時代に戻してはならぬと何度も言われておる。
しかしながら、朕の体面も保ってもらいたい」
「では、猪熊事件の時に処罰できなかった者達に厳しい処分をなされよ。
もう帝が愛した与津を僧にしました。
他の者達に手心を加える必要はありません。
余が勤役懈怠を理由に二人の大名を改易します。
帝も同じように勤役懈怠を理由に連中を改易されればいいのです。
当人が死罪にされるよりも、家を潰され一族一門が滅ぶ方が遥かに厳しい」
「将軍は朕よりも悪党よな」
「父母に忌み嫌われ何度も殺されそうになっているのです。
悪党にもなります」
「分かった、あの連中の家を改易にしてくれる」
「ただ、念のために武家相伝を通じて京都所司代に相談してください。
中宮様が逆恨みされて害されるようなことがあれば、報復に皇室と公家を滅ぼさなければいけなくなりますので、事前に大丈夫か確認していただきたいのです」
「……朕の代で皇室を滅ぼすわけにはいかぬ。
何事も京都所司代に相談してから行おう」
0
あなたにおすすめの小説
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
【第1部完結しました。第2部更新予定です!】
処刑された記憶とともに、BLゲームの悪役会計に転生したことに気付いた主人公・カイル。
処刑されないために、チャラ男の仮面を被り、生徒会長に媚びを売り、能力を駆使して必死に立ち回る。
だが、愛された経験がない彼は、正しい人との距離感を知らない。
無意識の危うい言動は、生徒会長や攻略対象、さらには本来関わらないはずの人物たちまで惹きつけ、過剰な心配と執着、独占欲を向けられていく。
——ただ生き残りたいだけなのに。
気づけば彼は、逃げ場を失うほど深く、甘く囲われていた。
*カクヨム様でも同時掲載中です。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる