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第一章

第5話:王立魔術学園

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ロマンシア王国暦215年2月1日王城外郭部王立魔術学園

 ロレンツォは旧友達に従者の姿をさせて王立魔術学園を訪ねていた。
 もう遅い時間だから、普通なら入園許可は下りない。
 貴族子弟が通う学園だが、最も警戒が厳しい王城の一角なのだ。

 ロレンツォが特別に入園を許可されたのは、マルティクス王子に自殺を強要されたマリア公爵令嬢の義兄だからだ。

 仮死状態にあるマリア嬢が再び学園に通うのは不可能だ。
 だったら、学園に残されているマリア嬢の私物は、できるだけ早く回収しなければ、たちの悪い奴に盗まれてしまうかもしれない。

 そう門番を務めている近衛騎士にきつく言って、宿直の教師に取り次がせた。
 ロレンツォに不正の証拠を押さえられている宿直教師は、唯々諾々と学園に立ち入る許可を与えた。

「俺は生徒会室にある証拠を確保する。
 お前達は手分けして他の場所にある証拠を集めてくれ」

「「「「「はっ!」」」」」

 ロレンツォの元パーティーメンバー、合同でクエストを受けた事のある冒険者達、急いで掻き集められた精鋭達が即座に動いた。

 先ほどは腕の良い冒険者は王都に残っていないと言っていたが、全く残っていない訳ではない。

 王都冒険者ギルドのマスターに頭を下げられて、ガッロ公爵領に行くのを諦めた者もいれば、家族の反対にあって断念した者もいる。

 何よりマリア嬢が自殺を決意した日に、ロレンツォが領地に早馬を送っている。
 最低限必要な人手は領地から呼び寄せていた。
 旧友と人手不足を話していたのは、想定外の邪神教徒に対する人員だった。

 凄腕の冒険者だったロレンツォは全く足音を立てない。
 近衛騎士団で名の知られた猛者でも知らぬ間に背後を取られてしまう。
 それほど隔絶した実力を持つ漢が、本気で証拠を探し出そうとしているのだ。

 冒険者パーティーで斥候職を務めていた者が入念に調べている。
 発見した証拠がどこにあるのかを報告している。

 その上で、見落としがないように、ロレンツォが入念に再確認するのだ。
 愛人に印章と便箋を盗まれるような王子が隠していたモノなど全て回収された。

 危機感なく証拠を残していたのは王子だけではない。
 エリザ男爵令嬢も同じように証拠品を残していた。

 王子の護衛や侍従が学園に提出していた日誌には、マリア嬢が王子の政務を全てやらされている時に、王子とエリザ嬢が逢瀬を重ねていた事が書かれていた。

「おのれマルティクス、エリザ!
 お嬢様が寝る間もなく辛く苦しい王妃教育を受けておられるのに、唯一心の休まるはずの学園生活でまで仕事を押し付けていたか!」

 ロレンツォも抜かりなくマリアお嬢様の学園生活を報告させていた。
 護衛の女性騎士と侍女にお嬢様の学園生活を報告させていた。

 一人前の貴族になるための教育機関である学園だが、貴族の子女を護衛もなく独りで通わせるわけにはいかない。

 男爵家と子爵家は護衛と従者を兼任する者を1人。
 伯爵級は二人、侯爵と公爵は三人、王族は四人の護衛か従者を伴って通園する。

 彼らのような貴族籍を持つ護衛と従者が、王侯貴族のマナーだけでなく、王城での役目まで手取り足取り指導するのだ。

 本来なら強権を持って未熟な子女を教育するのだが、審理の間で国王が傅役と教育係を叱責していたように、王子は全くいう事を聞いていなかった。

 王子の傅役や教育係に選ばれるような者達だから、決して無能ではない。
 ただ、長年王城内で役目を務めてきたからこそ、保身術に長けていたのだ。

 自分達が悪いのではなく、王子が悪いのだと証明するために、公式な書類に王子の悪行を余すことなく書き残していた。

 彼らが学園に出した公式な報告書には、単に王子とエリザ嬢がどこで何回逢瀬を重ねたというだけでなく、どのような会話をしていたのかまで書かれていた。

「マリアなど形だけの王妃にしておけばいいのだ。
 王の仕事は全てマリアにやらせて、俺達は楽しく暮らせばいい。
 俺は絶対にマリアとの間に子供を作らない。
 次期国王はエルザとの間に生まれた子供に継がせる。
 だから俺を信じて待つのだ、いいな」

 報告書を読めば読むほどロレンツォの怒りの炎は燃え上がった。
 圧縮を重ねて魔力器官に溜めに溜めた魔力が漏れ出して金髪が逆立っている。
 一度切れた毛細血管が再度切れて白目が真っ赤になっている。

「護衛騎士と侍女はブチのめす!」

 マリアお嬢様について学園に通っている護衛と侍女はこの事を知っていたはずだ。
 子供を作らず扱き使うだけの王妃にする計画までは知らないにしても、蔑ろにされていた事は知っていたはずだ。
 
 ロレンツォが何度も確認していたにも拘らず、嘘をついていた。
 ロレンツォだって護衛と侍女が嘘をついた理由くらい分かっている。
 マリアお嬢様が口止めしたからだ。

 公爵実子であるマリアお嬢様を、養子でしかないロレンツォよりも優先する。
 それは公爵家の家臣使用人として正しい仕え方だ。
 だがそこに保身の想いが全くなかったとは、ロレンツォには思えなかった。

 ロレンツォは良くて一時的に公爵になれるだけの養子で、順調に行けば王都公爵代理のままで若隠居する立場だ。

 マリアお嬢様は次期王妃であり、将来の国王実母、公爵実母として絶大な権力を握る可能性か高かったが、優しい性格で家臣使用人を責めた事がない。
 だが王子はとても身勝手な性格で、家臣使用人を解雇する事が多い。

 不遇なマリア嬢を見殺しにしてでも、次期国王である王子の歓心を買っておきたいという、保身の考えが勝ったのではないかとロレンツォは疑っていた。

「俺が手足として使える股肱の家臣が必要だな」

 ロレンツォは公爵家の家臣使用人を信用しないことにした。
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