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1話

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 眼が覚めると、子供に戻っていた。
 ビービーギャアギャア泣いていた。
 最初は夢だと思っていた。
 小説の応募期限に間に合わそうと、参考用の乙女ゲームやって寝落ちしたので、そのゲームの夢を見ているのだと思った。

 だが、数年たっても夢から覚めず、あまりに長くリアルな夢で、だんだん夢なのか本当に転生させられたのか、判断できなくなってきた。
 邯鄲の枕のように、リアルな生涯の夢を見ていることも考えられるが、これがもし転生だったら、大変なことになると不安になっていた。

 俺はノーマルなのに、女の子に転生してしまっていたからだ。
 名前から考えれば、本筋から離れたモブ令嬢だが、ゲームでは悪役キャラの妻になっていたはずだ。
 ゲームの本編部分だけを経験するならいいが、今のところ微に入り細を穿つ内容だから、アスキス子爵家のジョシュアとの夫婦生活まで経験しなければいけないかもしれない。
 
 絶対に嫌だ!

 男との夫婦生活など断固拒否する!

「リリィ、何を考えているの?」

「これは失礼してしまいましたアルテイシア様。
 つい物思いにふけってしまっていました」

「駄目よ、リリィ!
 私達お友達なのだから、アルテイシアと呼び捨てにしてと言ったじゃないの」

 ああ、可愛い!
 まるで天使のようだ!
 俺はアニメやゲームのキャラを『嫁』と呼ぶほど病んではいなかったが、それでもお気にいりのキャラクターくらいはある。
 このゲームだと不幸な結末を迎える公爵令嬢アルテイシアがお気に入りだった。

 小説のヒントにしようと遊んでいただけだが、それでも絵柄と声優さんの声質に加え、設定にも心をくすぐられた。
 夢であろうと転生であろうと、お気に入りのアルテイシアが不幸になるのを見過ごしにはできない。
 
 大嫌いなキャラだったジョシュアが、私リリィと結婚したのも、私がアルテイシアの御学友に選ばれ幼馴染だからかもしれない。
 こんなことになるんだったら設定集を買って読んでおくべきだった。
 ケチケチして買わなかったのを心から後悔している。

 だが何もしていないわけではない。
 夢であろうと転生であろうと、せっかくの機会だから目一杯遊ぶことにしたのだ。
 剣と魔法を学び、領地改革を行ってやった。
 どうも産業構造や農業生産の設定が甘すぎるようで、城や衣服や風俗は近世で農業革命後のようなのだが、実際の村の農業や産業は中世前期に当たるようだ。

 お陰で俺程度の知識でも領地改革ができた。
 領地に海がないので母貝を探すのに少々時間がかかったが、淡水真珠の養殖に成功した。
 まあ時間がかかったお陰で、使い魔と死霊術をマスターすることができたから、秘匿技術の流出を心配する必要がなくなったのは運がよかった。

「リリィ、またぼおっとしてる!
 勉強のし過ぎではなくて?
 疲れているのなら回復の魔法をかけてあげましょうか?」

 本当にアルテイシアは優しいんだよ。
 こんないい子を不幸になんかさせられるか!
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