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第二部 異世界剣士と屍蝕の魔女
第63話:死んでも求めた最期の願い
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爺ちゃんが木刀に彫り込んだ、破邪顕正の文字。邪を打ち破り、正義を顕せ──
正すんだ! これ以上、悲劇を広げないために!
「うおおおおおっ!」
腹の底から吠えながら、木刀を振り上げる!
「家族だろう! あんたの子供だろう! 目を覚ませええええっ!」
その瞬間──!
首の下から青い光がほとばしる!
同時に、不思議な力がみなぎった!
背後からの一打──そこに正義があるかどうかなんてどうだっていい!
あの兄妹に襲いかかる父親を、なんとしても止めなければならないんだ!
ドゴッ──!
その右肩に、渾身の一撃──青い光をまとった木刀を叩きつける!
同時にほとばしる、青い稲妻!
その衝撃に、俺も弾かれる!
──まただ! また、あの青い光!
歯を食いしばって素早く立ち上がると、奴は四つん這いのような体勢になっていた。これまでいくら打撃を加えても、まるで気にした様子がなかったのに。
加えて、奴の右の肩が大きく凹んでいる。間違いない、あれなら骨を砕いたはず、鎌を振り回すこともできなくなったはずだ!
ところが、それでも奴は右手を二人に伸ばそうとする。恐怖に顔を歪ませて、抱き合って後ずさるエル、イーディに向かって、よろよろと、まだ立ち上がろうとしたんだ。
どこまで、お前は──!
もう一度木刀を構えると、「カズマ! やれ!」というデュクスの言葉。
言われるまでもない!
木刀を大きく振りかぶった時だった。
「ちょっと待ってくれるかしらぁ?」
ざわっ──木々の葉がこすれる音がしたと思ったら、目の前に、音もなく、銀色の毛皮の壁が、ふわりと降り立った。
「ふふ、また逢えたわねぇ、カズマくん」
「り……リィダさん⁉︎」
あの森で、俺の命を救ってくれた女性……リィダさんが、青く輝くたてがみのような毛を持つ、巨大な銀色の狼の上から、俺を見下ろしていた。
淡く青く輝く不思議な毛を、首周り、そして背中からしっぽに至るまで持つ、人間一人を軽々と乗せている巨大な銀色の狼の上で、リィダさんは微笑んでいた。
「間に合ってよかったわ。やっぱりこれが愛の力かしらね?」
「何が愛の力だよ! リィダさん、どうしてここに!」
俺の問いに、リィダさんが狼に何かを言うと、狼が体を伏せた。するりと俺のそばに飛び降りたリィダさんは、「ふふ、戦っているカズマくんって、こんなにかっこよかったのね」と、俺の胸当てを、とん、と人差し指で突く。
「あ、あんたは……」
デュクスがひどく驚いているのを見て、リィダさんはそっと人差し指を口に当てると、「ただの通りすがりよぉ?」と笑みを浮かべ、まだ立ち上がろうともがいている父親に向き直った。
「カズマくんは、このヒトを眠らせたいのね? ……うん、すごく強い想いが伝わってくるわ。こういう子たちには珍しい想い──お嫁さんを、お子さんたちを、ただただ守りたい──そんな想い」
そう言って、肩から吊るしたバッグの中から、淡く青く輝く、大きな水晶の結晶みたいなものを取り出すと、もがく父親に向かって歩き出す。
「おい! 危ないぞ!」
デュクスが叫ぶけれど、彼女は振り返って「気にしないでいいわよぉ?」と微笑むだけだった。そして、エルとイーディに、そばに来るように呼びかける。
「お父さんでしょう? あなたたちのことを、ずっと守ろうとしていた……。さあ、一緒に送って差し上げましょう?」
そう言って、父親のそばにしゃがみ込むと、黒々と腐敗した体を、ふわりと抱きしめる。
「こんな姿になっても、あなたたちを守りたかったのねぇ。いい子だわぁ。もう大丈夫……ゆっくり、おやすみなさい」
そう言って、水晶の結晶のようなものを、内臓がこぼれ落ちているその腹に近づける。
すると、結晶が一際強く、青く輝き出した。
「さあ、あなたたち。お父さんを送って差し上げましょう。こっちにいらっしゃい」
動きがゆっくりになっていく父親に、エルもイーディも、おそるおそる、と言った様子で、そっと近寄る。
「覚えておいてねぇ、二人とも……。あなたのお父さんは素晴らしいヒトだわ。悲しみと怒りに囚われることなく、ただあなたたちを守ろうとしていたのねぇ……。見た目は怖いかもしれないけれど、最期の最期まで、あなたたちのことを、ずっと思い続けて……」
父親が、すでに存在しない目を向けるようにしながら、子供たちに手を伸ばす。
イーディが、その手を取った。
「お父さん……」
その言葉を聞いたからだろうか。
ふっと、父親の動きが止まったのだ。
「父さん……?」
エルが、父親の手に触れる。
しかし、もう、父親は動かなかった。
リィダさんの腕に抱かれて、子供たちに見守られながら、動きを止めたんだ。
「お疲れさま。頑張ったわね、いい子よ……」
動かなくなった父親の頬を、リィダさんは愛おしげになでていた。
服が汚れるのも構わず、しばらくの間、幼い子を寝かしつけるかのように。
父親の腹の上で、握りこぶしよりも一回り大きいくらいの水晶の塊のような結晶が、燦然と青く輝いていた。
森の外の集落で借りてきた鍬によって、崖を前に置かれた丸い石の隣に、もう一つできた穴。それは、哀れな夫婦を埋葬する墓穴だ。二人で墓穴を掘るってのがこんなに大変だとは思わなかったが、やり始めた以上、やり通すしかない。
石の隣に倒れていた死体は、兄妹の母親だった。腐敗が進んでいたため、兄妹も見ただけでは分からなかったけれど、首輪で分かったんだ。
「夫婦は揃いの結婚首環をつけているんだから、分かって当然だろう?」
一緒に穴を掘っているデュクスにあきれられた。黒々と変色してしまっていたけれど、確かに二人は同じ意匠の、細い革の首輪をつけていたんだ。
「……ごめん、ちょっと聞きたいんだけどさ。夫婦って、お揃いの首輪をするのか? 指輪じゃなくて?」
「指輪だと? 結婚は確かに契約の一つだが、手枷をつけるみたいに指につけるなんて、そんな非常識なことをするはずがないだろう。想いを繋ぐ愛の証だぞ、胸にも頭にも近い首に着けるに決まっている」
デュクスの言葉に、掘り出した土をどける手伝いをしてくれていたシェリィが、うんうんとうなずく。彼女も知っているほど、夫婦で揃いの首輪を着けるっていうのはメジャーな風習なのか。
……なんだかものすごく違和感がある。首輪の方が、束縛されてる感が満載なんだけど。でも「指輪は非常識」なんて顔をしかめられると、信じるしかない。
「女房を、息子と一緒のところに埋葬してやりたかったんだろうな」
デュクスが穴を掘りながら、わずかにえぐれた地面を見た。それは、あの父親が、俺たちに気づく前に引っ掻いていた場所だった。
丸い石を乗せただけの質素すぎる墓の前で、地面をかいていた父親。「それはきっと、妻の墓穴を掘ろうとしていたのではないか」というデュクスの言葉は、俺の胸を突いた。
子供たちを守りたい、妻に最後の安息を──死んでも求め続けた「一人の男」としての最期の願いに、胸が締め付けられる思いになる。
──そして、ハッとした。
「待ってくれよ、デュクス。だったらあの死体は、ずっとそれを考えていたってことか? 知性は無いって、さっき言ってたじゃないか」
「知らねえよ、少なくともオレたちにとって、それが常識だったんだからな。カズマこそ、生前の行動を繰り返しているかもしれないなんて、いったい何を手掛かりにそう考えたんだ?」
「それは……たまたまそう思っただけで」
「現に、この男は息子の墓参りを定期的にしてたんだぜ? たまたまが当たったってのか?」
「それは……!」
「はぁい、ふたりともぉ?」
間に、リィダさんが割って入ると、デュクスに向かってにぃっと笑みを浮かべてみせた。
「今は、このヒトたちのお墓を作ってあげるんじゃないのぉ? 急がないと、日が暮れちゃうわよぉ?」
それとも、この子に叱ってもらおうかしらぁ? ──彼女の頭上で、巨大な狼が口を開けて首をもたげてくる。
冗談じゃないよ! ひと噛みで胴体真っ二つじゃないか!
初めてこの世界に来た時に遭遇した大岩熊とかいうのだって、コイツなら赤子の手をひねるように食い殺すに決まってる!
「ふふ、カズマくんったら。森王狼は初めてかしら?」
「見たことないですよ! どっから連れてきたんですか!」
「あら。あの森からよ? この子、ちょっと大きいからカズマくんが見たら怖がるかもしれないって思ってね、ちょっとだけ、隠れてもらっていたの」
そう言って、リィダさんは微笑んだ。
「でもよかったわ。間に合って」
「間に合ってっていうか……リィダさん、ひょっとして何処かから見てたりしたんですか?」
「見ていた、というか……」
そう言って彼女は、自分の首に巻いてある首輪を、そっとなでてみせた。意味ありげに、俺の喉元を見つめながら。
……え? これ?
「ふふ……。揃いの意匠の首環を着ける意味……分かっているわよね?」
「……え?」
自分の首元をなでる。
リィダさんが着けてくれた、「お守り」の首輪。
……お守り、だよな?
確かめるように首輪をなでる。
リィダさんの、青く輝く不思議な結晶が付いている、首輪。
俺の首に巻かれている、やっぱり青く輝く不思議な結晶が付いている、首輪……⁉︎
……って、まさか、これ、夫婦って意味⁉︎
俺がハッと気づいたのと同時に、シェリィがリィダさんに向けて「ご主人さまは、ボクのご主人さまだよ! あっちいけ!」と牙を剥く!
……が、リィダさんの頭の上で森王狼が牙を剥いて低い唸り声を上げると、シェリィは「きゃうん……!」と、しっぽを丸めて耳を伏せて、俺の後ろに隠れてしまった。
「……ふふ、冗談よぉ? 小さなお嬢ちゃんから、大好きなご主人さまを取り上げるなんて真似、するわけないじゃない……」
リィダさんはシェリィに向かって、にいっと笑みを浮かべたあと、俺に向かって柔らかく微笑んだ。
「それはお守り──魔女の呪い。あなたの力を引き出すための、泉のようなもの。わたしだと思って、大事にしてね……?」
「俺の力を、引き出す?」
後半の言葉はあえてスルーしつつ、自分の首に巻かれた首輪をなでる。
確かにさっき、あの父親めがけて木刀を振り上げた時、不思議な力が湧いてくるのを感じた。
でも、今はそうした力は感じられない。
「その木の刀から、特別な力を感じるの……。法術とは系統が違う、けれど同質の力を、ね? あなたの力と共鳴した時、その刀は大きな力を生み出すわ。そのお守りは、それを手助けするためのものよ」
「──ええと、さっき青い稲妻が走ったみたいな……?」
「そうね」
リィダさんは、微笑みながら続けた。
「青い光は、あなたが何も『力の向き』を定めないから、純粋に力が溢れているということなの」
「それって、どういうことですか?」
「さあ……? どうしても知りたいのなら……わたしのお婿さんになってくれたら、考えてあげてもいいわよ?」
今度こそ、シェリィが毛を逆立てて牙を剥く。俺の後ろに隠れながらじゃなかったら、ちょっとはカッコよかったかもしれないけど。
「ふふ、カズマくん、本当にその子に愛されているわね」
リィダさんは笑って、シェリィに「冗談よぉ、じょ・う・だ・ん」と言うけど、シェリィはしっぽを丸めながら、それでも「うぅぅうううううっ!」と威嚇した。
……俺の背中越しに。いや、あの巨大な狼が怖いってのは分かるけどな?
「さあ、おしゃべりはもうおしまい。作業を終わらせるわよぉ?」
リィダさんが手を叩いて促す。いや、リィダさんから話しかけてきたんだぞ?
正すんだ! これ以上、悲劇を広げないために!
「うおおおおおっ!」
腹の底から吠えながら、木刀を振り上げる!
「家族だろう! あんたの子供だろう! 目を覚ませええええっ!」
その瞬間──!
首の下から青い光がほとばしる!
同時に、不思議な力がみなぎった!
背後からの一打──そこに正義があるかどうかなんてどうだっていい!
あの兄妹に襲いかかる父親を、なんとしても止めなければならないんだ!
ドゴッ──!
その右肩に、渾身の一撃──青い光をまとった木刀を叩きつける!
同時にほとばしる、青い稲妻!
その衝撃に、俺も弾かれる!
──まただ! また、あの青い光!
歯を食いしばって素早く立ち上がると、奴は四つん這いのような体勢になっていた。これまでいくら打撃を加えても、まるで気にした様子がなかったのに。
加えて、奴の右の肩が大きく凹んでいる。間違いない、あれなら骨を砕いたはず、鎌を振り回すこともできなくなったはずだ!
ところが、それでも奴は右手を二人に伸ばそうとする。恐怖に顔を歪ませて、抱き合って後ずさるエル、イーディに向かって、よろよろと、まだ立ち上がろうとしたんだ。
どこまで、お前は──!
もう一度木刀を構えると、「カズマ! やれ!」というデュクスの言葉。
言われるまでもない!
木刀を大きく振りかぶった時だった。
「ちょっと待ってくれるかしらぁ?」
ざわっ──木々の葉がこすれる音がしたと思ったら、目の前に、音もなく、銀色の毛皮の壁が、ふわりと降り立った。
「ふふ、また逢えたわねぇ、カズマくん」
「り……リィダさん⁉︎」
あの森で、俺の命を救ってくれた女性……リィダさんが、青く輝くたてがみのような毛を持つ、巨大な銀色の狼の上から、俺を見下ろしていた。
淡く青く輝く不思議な毛を、首周り、そして背中からしっぽに至るまで持つ、人間一人を軽々と乗せている巨大な銀色の狼の上で、リィダさんは微笑んでいた。
「間に合ってよかったわ。やっぱりこれが愛の力かしらね?」
「何が愛の力だよ! リィダさん、どうしてここに!」
俺の問いに、リィダさんが狼に何かを言うと、狼が体を伏せた。するりと俺のそばに飛び降りたリィダさんは、「ふふ、戦っているカズマくんって、こんなにかっこよかったのね」と、俺の胸当てを、とん、と人差し指で突く。
「あ、あんたは……」
デュクスがひどく驚いているのを見て、リィダさんはそっと人差し指を口に当てると、「ただの通りすがりよぉ?」と笑みを浮かべ、まだ立ち上がろうともがいている父親に向き直った。
「カズマくんは、このヒトを眠らせたいのね? ……うん、すごく強い想いが伝わってくるわ。こういう子たちには珍しい想い──お嫁さんを、お子さんたちを、ただただ守りたい──そんな想い」
そう言って、肩から吊るしたバッグの中から、淡く青く輝く、大きな水晶の結晶みたいなものを取り出すと、もがく父親に向かって歩き出す。
「おい! 危ないぞ!」
デュクスが叫ぶけれど、彼女は振り返って「気にしないでいいわよぉ?」と微笑むだけだった。そして、エルとイーディに、そばに来るように呼びかける。
「お父さんでしょう? あなたたちのことを、ずっと守ろうとしていた……。さあ、一緒に送って差し上げましょう?」
そう言って、父親のそばにしゃがみ込むと、黒々と腐敗した体を、ふわりと抱きしめる。
「こんな姿になっても、あなたたちを守りたかったのねぇ。いい子だわぁ。もう大丈夫……ゆっくり、おやすみなさい」
そう言って、水晶の結晶のようなものを、内臓がこぼれ落ちているその腹に近づける。
すると、結晶が一際強く、青く輝き出した。
「さあ、あなたたち。お父さんを送って差し上げましょう。こっちにいらっしゃい」
動きがゆっくりになっていく父親に、エルもイーディも、おそるおそる、と言った様子で、そっと近寄る。
「覚えておいてねぇ、二人とも……。あなたのお父さんは素晴らしいヒトだわ。悲しみと怒りに囚われることなく、ただあなたたちを守ろうとしていたのねぇ……。見た目は怖いかもしれないけれど、最期の最期まで、あなたたちのことを、ずっと思い続けて……」
父親が、すでに存在しない目を向けるようにしながら、子供たちに手を伸ばす。
イーディが、その手を取った。
「お父さん……」
その言葉を聞いたからだろうか。
ふっと、父親の動きが止まったのだ。
「父さん……?」
エルが、父親の手に触れる。
しかし、もう、父親は動かなかった。
リィダさんの腕に抱かれて、子供たちに見守られながら、動きを止めたんだ。
「お疲れさま。頑張ったわね、いい子よ……」
動かなくなった父親の頬を、リィダさんは愛おしげになでていた。
服が汚れるのも構わず、しばらくの間、幼い子を寝かしつけるかのように。
父親の腹の上で、握りこぶしよりも一回り大きいくらいの水晶の塊のような結晶が、燦然と青く輝いていた。
森の外の集落で借りてきた鍬によって、崖を前に置かれた丸い石の隣に、もう一つできた穴。それは、哀れな夫婦を埋葬する墓穴だ。二人で墓穴を掘るってのがこんなに大変だとは思わなかったが、やり始めた以上、やり通すしかない。
石の隣に倒れていた死体は、兄妹の母親だった。腐敗が進んでいたため、兄妹も見ただけでは分からなかったけれど、首輪で分かったんだ。
「夫婦は揃いの結婚首環をつけているんだから、分かって当然だろう?」
一緒に穴を掘っているデュクスにあきれられた。黒々と変色してしまっていたけれど、確かに二人は同じ意匠の、細い革の首輪をつけていたんだ。
「……ごめん、ちょっと聞きたいんだけどさ。夫婦って、お揃いの首輪をするのか? 指輪じゃなくて?」
「指輪だと? 結婚は確かに契約の一つだが、手枷をつけるみたいに指につけるなんて、そんな非常識なことをするはずがないだろう。想いを繋ぐ愛の証だぞ、胸にも頭にも近い首に着けるに決まっている」
デュクスの言葉に、掘り出した土をどける手伝いをしてくれていたシェリィが、うんうんとうなずく。彼女も知っているほど、夫婦で揃いの首輪を着けるっていうのはメジャーな風習なのか。
……なんだかものすごく違和感がある。首輪の方が、束縛されてる感が満載なんだけど。でも「指輪は非常識」なんて顔をしかめられると、信じるしかない。
「女房を、息子と一緒のところに埋葬してやりたかったんだろうな」
デュクスが穴を掘りながら、わずかにえぐれた地面を見た。それは、あの父親が、俺たちに気づく前に引っ掻いていた場所だった。
丸い石を乗せただけの質素すぎる墓の前で、地面をかいていた父親。「それはきっと、妻の墓穴を掘ろうとしていたのではないか」というデュクスの言葉は、俺の胸を突いた。
子供たちを守りたい、妻に最後の安息を──死んでも求め続けた「一人の男」としての最期の願いに、胸が締め付けられる思いになる。
──そして、ハッとした。
「待ってくれよ、デュクス。だったらあの死体は、ずっとそれを考えていたってことか? 知性は無いって、さっき言ってたじゃないか」
「知らねえよ、少なくともオレたちにとって、それが常識だったんだからな。カズマこそ、生前の行動を繰り返しているかもしれないなんて、いったい何を手掛かりにそう考えたんだ?」
「それは……たまたまそう思っただけで」
「現に、この男は息子の墓参りを定期的にしてたんだぜ? たまたまが当たったってのか?」
「それは……!」
「はぁい、ふたりともぉ?」
間に、リィダさんが割って入ると、デュクスに向かってにぃっと笑みを浮かべてみせた。
「今は、このヒトたちのお墓を作ってあげるんじゃないのぉ? 急がないと、日が暮れちゃうわよぉ?」
それとも、この子に叱ってもらおうかしらぁ? ──彼女の頭上で、巨大な狼が口を開けて首をもたげてくる。
冗談じゃないよ! ひと噛みで胴体真っ二つじゃないか!
初めてこの世界に来た時に遭遇した大岩熊とかいうのだって、コイツなら赤子の手をひねるように食い殺すに決まってる!
「ふふ、カズマくんったら。森王狼は初めてかしら?」
「見たことないですよ! どっから連れてきたんですか!」
「あら。あの森からよ? この子、ちょっと大きいからカズマくんが見たら怖がるかもしれないって思ってね、ちょっとだけ、隠れてもらっていたの」
そう言って、リィダさんは微笑んだ。
「でもよかったわ。間に合って」
「間に合ってっていうか……リィダさん、ひょっとして何処かから見てたりしたんですか?」
「見ていた、というか……」
そう言って彼女は、自分の首に巻いてある首輪を、そっとなでてみせた。意味ありげに、俺の喉元を見つめながら。
……え? これ?
「ふふ……。揃いの意匠の首環を着ける意味……分かっているわよね?」
「……え?」
自分の首元をなでる。
リィダさんが着けてくれた、「お守り」の首輪。
……お守り、だよな?
確かめるように首輪をなでる。
リィダさんの、青く輝く不思議な結晶が付いている、首輪。
俺の首に巻かれている、やっぱり青く輝く不思議な結晶が付いている、首輪……⁉︎
……って、まさか、これ、夫婦って意味⁉︎
俺がハッと気づいたのと同時に、シェリィがリィダさんに向けて「ご主人さまは、ボクのご主人さまだよ! あっちいけ!」と牙を剥く!
……が、リィダさんの頭の上で森王狼が牙を剥いて低い唸り声を上げると、シェリィは「きゃうん……!」と、しっぽを丸めて耳を伏せて、俺の後ろに隠れてしまった。
「……ふふ、冗談よぉ? 小さなお嬢ちゃんから、大好きなご主人さまを取り上げるなんて真似、するわけないじゃない……」
リィダさんはシェリィに向かって、にいっと笑みを浮かべたあと、俺に向かって柔らかく微笑んだ。
「それはお守り──魔女の呪い。あなたの力を引き出すための、泉のようなもの。わたしだと思って、大事にしてね……?」
「俺の力を、引き出す?」
後半の言葉はあえてスルーしつつ、自分の首に巻かれた首輪をなでる。
確かにさっき、あの父親めがけて木刀を振り上げた時、不思議な力が湧いてくるのを感じた。
でも、今はそうした力は感じられない。
「その木の刀から、特別な力を感じるの……。法術とは系統が違う、けれど同質の力を、ね? あなたの力と共鳴した時、その刀は大きな力を生み出すわ。そのお守りは、それを手助けするためのものよ」
「──ええと、さっき青い稲妻が走ったみたいな……?」
「そうね」
リィダさんは、微笑みながら続けた。
「青い光は、あなたが何も『力の向き』を定めないから、純粋に力が溢れているということなの」
「それって、どういうことですか?」
「さあ……? どうしても知りたいのなら……わたしのお婿さんになってくれたら、考えてあげてもいいわよ?」
今度こそ、シェリィが毛を逆立てて牙を剥く。俺の後ろに隠れながらじゃなかったら、ちょっとはカッコよかったかもしれないけど。
「ふふ、カズマくん、本当にその子に愛されているわね」
リィダさんは笑って、シェリィに「冗談よぉ、じょ・う・だ・ん」と言うけど、シェリィはしっぽを丸めながら、それでも「うぅぅうううううっ!」と威嚇した。
……俺の背中越しに。いや、あの巨大な狼が怖いってのは分かるけどな?
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