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第一部 異世界建築士と獣人の少女

第36話:建築士のおしごと…?(3/4)

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 というわけで、多大な見栄と、少しばかりの下心も手伝って――見栄と下心が逆とか言うな確かにそうなんだが――、こうして命がけの作業に身を投げ出してしまったお調子者の自分を、今は本当に呪わしく感じる。

 ゆっくり、両の足の指に力を込めながら、少しずつ移動する。まずは横移動で近くまで、そしてもう少し登ったら、屋根裏の材が痛んでいた場所にたどり着く。
 ――あれだ。

 スレートが何枚か割れているし、ずれてすき間ができている。これでは、いくら裏から板を当てて修繕の真似事をしたところで、また傷んでしまうだろう。割れて用をなさなくなったスレートを回収し、持ってきたスレートと交換しなければならない。

 本来であればちゃんとスレートを外したあとで該当箇所の屋根板を交換・修理し、防水シートを敷いたうえでというのが手順なのだろうが、それはあくまで現代日本。さらに、足場の確保も無いのに一人でそれをやれというのはさすがに無理だ。

 俺は家の設計を専門にしていた建築士であって、実際に作業なんてしたことがない。知識として手順を知っているだけで。

 それに何と言っても、この急勾配こうばい!! これが日本の穏やかな勾配の屋根なら話は別だが、こんな四十五度はありそうな急勾配、立って作業なんてできるもんか!! 見上げたら、屋根が垂直に立っているかのようにすら見えるんだぞ!!

 ……だが、やるしかない。
 なんといっても、リトリィのためだ。

 修理箇所周辺のスレートを一度外し、腐りかけの屋根板に、親方からもらったアスファルト状の防水接着塗料を塗り、その粘着力を利用してスレートをきなおす。俺一人の力でできることといったら、そこまでだ。

「まったく……あいつら自分でやれってんだ、ちくしょうめ」

 つい悪態が口に上る。
 もちろん、あいつらとは、野郎ども三人衆だ。自分の家の屋根の修理なんだ、自分でやれと言いたい。
 だが、あの男連中の体格では、スレートの葺き替えどころか踏む端からスレートを割りかねない。修理したくともできなかったところに、俺が転がり込んできたのだ。使ってみようという気にもなるのだろう。

 まあ、それ自体は許せるとしてもだ。

「屋根から落ちて死んでも気にすんな。もともと死んでたようなもんだし、リトリィのために死ぬなら本望だろ!」

 そう言って背中をバシバシ叩きながら笑ったアイネのクソ野郎。あいつの部屋にはむしろ何かの細工をしてやろうか。

 だが、この屋根の下はリトリィの部屋。
 クソ野郎はいけ好かないが、リトリィのためならやるしかない。彼女のためになるなら、人として――男として、恩を返しておくべきだろう。

 割れたスレートを抜き取り、次いで周辺のスレートも一枚ずつ外す。
 アスファルト上の防水接着塗料を塗り、新しいスレートにき替えて完了。
 ……というのが今回の作業の工程なんだが、すでにアスファルト状の防水接着塗料で固定されたスレートを剥がすのは、なかなか難しい。慎重に力を籠める。

 作業させられることになった経緯自体はともかく、この体験は貴重だ。本物のスレートを扱うなんて、ウチの事務所では絶対あり得なかったことだ。勉強だと思って作業を進める。

 ただ、やはり屋根には瓦か一番な気がする。重いから地震に対する不安はあるが、形は均一で頑丈、メンテナンスフリーという点でコストパフォーマンスもいい。
 この家の屋根も瓦だったら、俺が立って歩くことができる程度の耐久性もあっただろうし、そうであれば、もう少し作業が楽だったかもしれないのに。

 ……まあ、四十五度の勾配の屋根だ、やっぱり立つのは無理かもしれない。
 無いものねだりをしていても仕方がない、目の前の作業に集中する。

 一応命綱はしているのだが、腹に巻かれた一本のロープが、俺が出てきた天窓の奥、リトリィのベッドの足につながっているだけ。万が一落ちたら、絶対に落下するときの衝撃で腰にダメージがくる。全然安心できない命綱だ。

「くそっ……こいつが剥がれないと、腐った野地板のじいたに十分接着剤が塗れないだろ……っと!」

 やたらと固く張り付いた、とある一枚のスレートに難渋する。
 予備のスレートは多めに持ってきた。剥がれないスレートは、いっそかち割って捨ててやろうか。そんな風にすら思ってしまう。

「ああもう! 面倒くさいな……」

 おもわず腰に手を当て背筋を伸ばし――

「ムラタさん!?」

 リトリィの悲鳴。

 バランスを崩し、ひっくり返りそうになる。
 必死に手を伸ばし、しゃにむに体を前に倒す。
 左の足の指が滑り、体が斜めにずれる。
 必死でスレートに爪を立てるが、天然石を割ってできたスレートは硬く、爪が食い込まず、凹凸も少なく指もかからず――!

「あ――やば……!?」

 リトリィがとっさに命綱を引っ張ってたるみを無くしていなければ、俺は間違いなく、屋根から転げ落ちていただろう。
 彼女の生活を向上させようとして、再び彼女に命を拾われた形になる。
 なんとも格好の悪いことになってしまった。

 恐怖で顔がこわばり引きつった笑いしか浮かべられないが、驚かせたリトリィに対しては、元気をアピールして安心させてやりたい。
 ガラスにへばりつくアマガエルかなにかのように全身全霊で屋根にへばりつく無様な姿で、うまく動かない表情筋を無理やり動かし、笑顔を作り出す。このあたりは、営業で培ったスマイルだ。

「大丈夫! ありがとう!」

 最大限元気よく声を張り上げる。
 リトリィは天窓から大きく身を乗り出し、顔を振ると手を伸ばしてきた。

「もういいです、もういいですから! そこまででいいですから、戻って来てください!」

 泣きそうな声が響いてくるが、途中でやめるわけにはいかない。たとえ施主がもういいと言ったとしても、スレートをはがした状態で屋根を放置したら、あっという間に雨水が侵入し、屋根全体が腐ってしまう。最後までやりきるしかない。
 なにより、たった今、カッコ悪いところを見せつけてしまったのだ。せめて仕事はやりきって、少しはオトコを見せないと。

 俺は体制を立て直すと、再び修理に向かう。
 もう、野郎どもがどうとかじゃない。
 意地だった。

 ――リトリィのために。
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