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第二部 異世界建築士と大工の娘

第124話:できること

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 リトリィが選んでくれた服は、晴れた日であれば一日中外にいてもそれなりに過ごせてしまう程度には温かい。なんともありがたいことだ。

 おかげでリスニングの練習がはかどるはかどる。挨拶、簡単な数詞、値引きの交渉……ある程度、ワンテンポ遅れる翻訳の言葉を待たなくても理解ができるようになってきた。
 おそらく細かいニュアンスの違いなどは多々あるだろうが、それでもなんとなく理解して聞き取れるようになってきたのが大きい。

 勉強、と考えると面倒くさいものだが、テストに追われることなく、純粋に自分のリスニング能力を上げるトレーニングだと考えると、これが意外と楽しいものだ。



「あんた、暇なんだな」
「お、お兄ちゃん!」

 俺をつまらないモノでも見下ろすような目で見るハマーと、なんだか申し訳なさそうな顔でぺこぺこしながら、その後ろからひょっこりと顔を出すマイセル。

「……ああ、もう約束の時間かい?」

 一応、一刻ごとに鐘が鳴るのだが、時計がないから分かりづらい。それに、十一刻の鐘が鳴ってから、まだそれほど経っていない気がするのだが。

「マイセルがうるさくてたまらなかったからな。ひどいこと言って逃げてきたから怒ってないかって、一人じゃ怖いから付いてきてってさ」
「お兄ちゃん、やめて!」

 ……怖い、ときたか。とっさに追いかけたことも怖がらせてしまった要因か?
 やばい、マレットさんまで怒らせていたらどうしよう。

「どうも親父、あんたからじっくり話を聞きたいみたいです。ウチに連れて来いって。あんまり機嫌もよくなさそうだったし、余計なこと考えずに、あの小屋は親父に任せた方がいいんじゃないですか?」
「だからお兄ちゃん、ムラタさんに突っかかるの、やめてってば!」

 面倒くさそうに対立を宣言するハマーに、マイセルがおれをちらちら見ながら、ない小声で訴える。

「うるさいなあ、お前だってさっきまで――」
「やめてってば!!」

 さっきまで……何なのか気になるが、俺に聞かれたくないようなそぶりでハマーを黙らせるところからみると、少なくとも俺に対する、さっきまでの好意的な様子とは異なる言動だったのだろう。

 ……なるほど、四面楚歌とはこのことか。どうもマレットさん一家――少なくとも棟梁たるマレットさん、その息子にして跡取りだろうハマー、そして大工を志す少女マイセルの三人からの支持は、現状では得られていないということらしい。

 マイセルだけはどちらかというと好意的だったように思っていたが、まあ、さっきやらかしたことで、帳消しにでもなったようだ。残念だが、仕方がない。

 ただ、すでに資材は発注しているし、ナリクァンさんスポンサーからはできるだけ早く、という要求のあった今回の件だ。俺のことが多少気に食わなくても、やってもらうだけだ。

 ただ、そのための説明は必要だろう。納得できないから本件を下りる、なんて言われたらシャレにならない。

「……で、マレットさんは自宅で待ってらっしゃるということかい?」
「いま、母さんたちが夕食の準備をしているところです。夕飯ゆうめしを一緒に取りながらって言ってましたよ」

 お客さんが来るとおかずが増えるから、それだけはあんたに感謝しとくよ、と、にまっと笑ったハマーに、それなりの少年らしさを感じる。

「なるほど。じゃあ、しばらくここで時間を潰す必要があるってことかい?」
「いや? うちで待ってもらえばいいんじゃないですか?」

 そう言ってハマーは歩き出す。マイセルが慌ててハマーの服の裾を引っ張った。

「ちょっと、お兄ちゃん! お母さんは、すぐに来てもらっても、おもてなしできないからって……」
「母さんはウチで待っててもらえばいいからって言ってたぞ? クラム母さんは心配しすぎなんだよ」
「でも……!」
「めんどくさいなあ、じゃ、ゆっくり歩くから。それでいいだろ?」

 案内するはずの客の処遇を、客本人に聞こえるように大声でやり取りするこの兄妹。……身の置き所に困る、もう少し小声でやり取りすればいいものを。



「ムラタさんは、大工じゃないんですよね?」

 道すがら、唐突に言い放つハマーに、俺は面食らう。

「……そうだが、それがなにか?」
「いや、この間、基礎を作ってるときも、手つきがまるで素人で、どう見ても現場を知らなさそうに見えたんで」

 確かにそうなんだが、普通、家に招く客に向かって真っ直ぐデッドボール狙いの球を投げつけてくるか?

「なんで素人が現場に紛れ込んでるんだ、って。やたら水平とか地ならしとかにこだわってるくせに仕事は素人って、コイツなんなんだろうって思ってたんですよ」

 ずけずけとした物言いに、俺は苦笑するしかない。

「……俺は設計が専門で、現場に立って作業することがあまりなかったからね……」
「へえ? 都会じゃ、設計だけで食っていけるんですか? うらやましいなあ。一軒二軒建てるだけで一年食っていけるなんて」

 なにやら小馬鹿にするような、そんなニュアンスを感じて、俺は内心穏やかでないものの、聞き返した。

「……どういう意味だ?」
「え? だって家を建てるなんて仕事、一年間でそんなにあるわけ、ないじゃないですか。なのに家の図面を引くだけのお仕事だけで食べていけるんでしょ? どこかのお貴族様のお抱えだったりするんですか?」

 ……訂正。小馬鹿にするどころか悪意を込めて言葉で殴ってきやがった。

「お、お兄ちゃん! あ、ムラタさん、ごめんなさい! お兄ちゃん、悪気はないんです! ただ、ちょっとその、言葉遣いが――」
「何言ってるんだマイセル、こういうのはガツーンと言ってやらないとダメなんだぞ? 素人が現場にいても、危ないだけなんだからな」
「お兄ちゃん、いい加減にしてよ!」

 ……うん、まあ、ウチの親父殿もクソ義兄アイネ(腹が立つが、リトリィをめとるとヤツが義兄になるのは避けがたい事実なのだ!)も同じような考え方をしていたからな。頭よりも手の方が価値がある、というか。
 ……職人共通の意識なのかもしれない。

「……たしかに現場については素人だけどな。家の設計については、そこそこの経験を持っているつもりだ。まあ、俺は頭で家を作る。君らはそれをもとに実際に組み立てる。そうやって仕事を分け合って、報酬も分け合う、というわけだ」

 ともすればこめかみ辺りに青筋が浮かびそうなものだが、ハマーは十八、まだ子供……自分にそう言い聞かせ、大人の対応を取ってみせる。

「待ってくださいよ、それじゃ僕らだけが大変じゃないですか。当然報酬は日割りですよね? たとえば今回、平屋ですから、建てるのに三ヶ月かかるとして、あんたは二、三日分で、僕らは残りのほぼ三ヶ月分をいただけるんですよね?」
「お兄ちゃん!」

 ……こいつ、知的財産がいかに富を産むかを分かってねぇな? さすがの俺も腹を立てちゃうZE☆

「ま、その辺はナリクァンさんがどう判断するかだ。それと、今回の場合は、もう基礎が出来上がっているし、三ヶ月もかけて家を建てるつもりはない。
 そうだな……天気に恵まれて、この前の基礎を作る人数が今後もそろって、毎日作業をして、そして材料もそろっている――という条件でなら、早ければひと月あまり、かな」
「……はあ?」

 その、何言ってるんだコイツという目。
 ああ分かるよ、その目。家造りを馬鹿にするなという目、素人が偉そうなことを言っているよという目。
 マイセルの方は……これまた、目を真ん丸に見開いている。こちらは純粋に、驚いているといった様子だ。

「……ムラタさん、あんた、家造り、ホントに分かってるんですか?」
「分かっているよ?」
「分かっていて、ひと月?」
「すべての条件が整っていればね」

 はあ……と、ハマーが大仰にため息をつく。

「……現場を知らない素人さんが、頭の中だけで作った家を、僕らにひと月で作らせる? ――大工を、馬鹿にしてるんですか?」
「馬鹿にしているわけじゃない。どんな家をイメージしているのかは知らないが、やり方によってはひと月あまりで家を一軒建てられる、そう言っているだけだ」
「……僕たちのやり方が間違っている、と言いたいんですか?」

 歩きながら、ハマーと俺とをおろおろしながら見比べているマイセル。どうやら、この突っかかり癖は、ハマーのいつものことのようだ。
 それにしても、俺は間違っていると言ったつもりはないのだが。うーん、どうにも攻撃的なのがいただけない。よほど俺のことが気に食わないらしい。

「いや? 単にやり方が違うと言っているだけだ。今回は、俺のやり方でやってみてほしい。それを取り入れるかどうかは、君たち次第だ」
「何言ってるんですか。ひと月で家を建てるなんて馬鹿なこと、できるわけないでしょう」

 大げさにため息をついて見せるハマー。
 申し訳なさそうに、だが、ハマーの言葉にうなずいてみせるマイセル。

「難しいように聞こえたか?」
「難しいじゃなくて、要するに手を抜けってことでしょう? やっぱり、俺たち大工を馬鹿にしてますよね?」

 手を抜けと言ったつもりはないが。
 だが、マイセルも、視線が泳いでいる。とても信じられないらしい。

 まあ、そうだな。もとより信用がない――信用を失った俺だ。そのうえ、レンガをひとつずつ積むやり方をしてきた彼らだ。ひと月で家が建つ、などと言っても信じられないだろう。

 ――だが、できるのだ。
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