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第二部 異世界建築士と大工の娘

第125話:信じる

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 あれからハマーは、信じられない、話にならないといった様子で、黙って歩いている。
 ひと月で家が建つ、その言葉が、よほど気にさわったようだ。ただ黙々と街道を歩く。

「あの……」

 さっきまではハマーの傍らを歩いていたはずだったマイセルが、いつの間にか俺の隣にいた。どこか遠慮がちに、俺を見上げてくる。

「……さっき言ってた、ひと月くらいでおうちが作れるって、本当ですか?」

 ちらちらと兄の方を見つつ、聞いてくる。

「私もお父さんとかお兄ちゃんのお仕事を見てきたから少しは分かるんですが……。
 二階建てのおうちで、半年くらいかかるのは普通ですし、平屋建てのおうちでも、お兄ちゃんが言った三ヶ月だって、結構早いんですよ? それをひと月で、だなんて言ったら、お兄ちゃんでなくても多分、いい気はしないと思います」

 なるほど。
 まあ、確かにクレーン車もなく、資材を運ぶトラックもなく、更にいうと現場で資材を加工して組み立てる工法なら、それもまた仕方がないだろう。

 ただ、水力ノコギリによる製材ができるのだ。であれば、ある程度建材の規格化・共通化が図られてもいいだろうに。

「……建材の共通化、ですか? でも、建てるおうちに使える土地の広さは一軒一軒違いますし、手に入る木材の太さも、一本一本太さが違います。職人の皆さんが、一本一本の一番いい使い方を現場で考えないと、上手に建てられないんじゃないんですか?」

 言葉の内容は俺に対する不信感を感じさせるのに、いつのまにやら、マイセルは俺の隣をぴったりと張り付くように歩く。目も、先ほどまでの不安そうな様子ではなく、どこか楽しそうというか、なにやら興味深げな様子だ。

 マイセルの疑問は、「建材を無駄なく使う」「適材適所を十分に考えて使う」という意味では、確かにとても大切なことだろう。
 日本でも古民家に行くと、曲がりくねった堂々たる太いはり(天井を支えるための、水平方向に渡した柱)が、いい味を醸し出している様子を見ることができたりする。

 資材の質の差を、現場の工夫で補う。それは優れた目と技があってこそできる職人芸だ。そしてそれを実践できる大工は、つまり優れた大工だと言えるだろう。

「えへへ、私も、曲がった木を上手に梁にしてある家の天井を見るの、好きです。真っ直ぐな材の木組みを見るのも好きですけど、やっぱり自然の形を活かしたおうちを立てられる大工って、すてきだと思いますし」

 嬉しそうに笑うマイセルに、図らずも胸が高鳴る自分を自覚し、慌てて深呼吸をして自分を落ち着かせる。十歳ほど年の離れた少女に、俺は何を勘違いしているのやら。

 しかも俺がこれからやろうとしているのは、そういった職人芸ではなく、誰もが容易に家を建てるための方法だ。自然木しぜんぼくをうまく生かしたやり方ではない。マイセルをまた失望させることになるんだろう。

 それにしても、厳密な「規格」の概念がないことを残念に思うとともに、しかし日本にその概念が入ってきたのは戦後――アメリカからの輸入だったか、と思い出す。

 日本は工業国となり、様々な兵器を開発してアメリカと戦ったくせに、「規格」の概念はなかったらしい。日本では設計図を基に作った製品を、最終的に職人の手で微調整そうだ。

 これがどういう弊害をもたらすかというと、同じ機械、同じ設計の部品を使っているはずなのに、部品を組み替えることができなくなるのだ。

 例えば二つの同じ種類の鉄砲をバラバラに分解し、部品を混ぜて、また二つの鉄砲を作るとしよう。すると、二つ出来上がるのがアメリカ製、どうにも部品がかみ合わずにどちらも組みあがらないのが日本製、というようなありさまだったらしい。

 ゼロ戦とか戦艦大和とかを作った、戦前の日本ですらそれだ。日本に限らず、当時の工業大国であったはずのイギリスなどでも同じような状態だったらしいから、規格に合わせてその通りに作る、という発想は、高度に合理化された社会でないと生まれないんだろう。

 だからこの世界に、「規格」通りに製品を作る、なんて概念は、おそらくない。水力ノコギリによる製材技術があり、釘の大量生産ができても、おそらくまだ、そこにたどり着いていないのではないか。

 ――誰かが閃かなきゃ、気付かない。

 ツーバイフォー――プラットフォーム・フレーミング工法も、日本人には発想できなかった。アメリカから輸入し、日本用に規格を決め直し、法的に整備がなされた今となっても、この方法で家を建てようとする人――というよりメーカーは、まだ少数派だ。

 この街も同じだ。自前の伝統技術があり、街の拡張も緩やかなら、確かに急ぐ必要もなく、必要ともされてこなかったのかもしれない。合理主義による簡素な意匠の技術は、この街では必要とされてこなかったのだろう。

「このあたりは、最近建てられた家が多いんです。ほら、造作も新しいでしょう? もともとは――」

 マイセルが、なぜだか妙に街並みを熱心に解説している。
 この辺りはだいぶ新しい区画のようだ。木骨造ティンバー・フレーミングで作られているのは同じだが、漆喰は白く輝いている家が多いし、直線的でシンプルな美しさを感じられる造形が多い。

 職人の遊び心よりも、シンプルなスマートさというか、整えられた形の美しさというか、そういうものを感じる。
 それでも、規格を整えられているわけではないのだ。なんとも不思議な感じがする。

 そんな家々の屋根を指さしながら、マイセルが、最近の建築の流行について語っている。――とても楽しそうに。

「私も、正直に言うと、ひと月でおうちが建つなんて、想像できないです。それこそ、法術かなにか、私たちには想像もできない力が働いたとしか思えない出来事がないと――」

 マイセルが、すこし、申し訳なさそうに言う。
 まあ、たしかにそうなのかもしれない。それまでの常識を疑うことは難しい。見たことがなければ確かにそう思うかもしれない。特に、一つずつレンガを積み上げることで家を作り上げることが常識ならば。

「……でも、ムラタさんは、それで建ててきたんですよね?」

 マイセルが、俺を見上げてにっこりと笑う。

「だったら、私、ムラタさんを信じます。これからお父さんに会うのも、そのお話をするため、ですよね?」

 そう言って、マイセルは駆け出すと、くるりと振り返った。木骨と赤レンガ、そして漆喰が組み合わさった、大きくはないがおしゃれな家の前で。
 ハマーが無言のまま、ためらうことなく扉を開けて入っていった小さな門の前で、ふわりと浮かんだスカートの裾をつまみ、腰を下げて礼をして見せる。
「ようこそ、大工・ジンメルマンの家へ!」




「ひと月で一軒、建てちまうんだって?」

 マレットさんは、ハマーと同じくらい胡散臭そうな目で、こちらを見つめる。

 案内された部屋は、露出したレンガと等間隔に並んだ木骨が、武骨ながらかえってしゃれた感じの部屋だった。大工道具がいくつか壁に掛けられているが、あまり使い込んだ様子は見られない。おそらく、一種の装飾品として飾られているだけなのだろう。

「条件が良ければ、という前提ですが」
 俺も、前提条件を示す。雨が続いたり資材の搬入が遅れたりして、工事が遅れたりすることもあるのだ。予防線は張っておく。

「どんな条件だ。大工百人がかりとか、そういう馬鹿げたことを言うんじゃないだろうな?」
 マレットさんも、基本信じていないようだ。ま、自分が工事に携わるのだ。経験から判断して、無理だと言いたいのだろう。

「天気、資材、人材がに満たされて、作業ができた場合、とします」
「その想定ってやつの規模を聞いてんだよ。大工何人がかりが前提なんだ」

 腕を組み、椅子の背もたれにふんぞり返るような尊大なそぶりを見せるマレットさん。

「逆にお聞きしたいのですが、通常、何人で家を建てますか? 人数は日々変わるものだと思いますが、作業日には、およそ何人が集まるものなのでしょうか」
「あ? そんなもん――まあ、だいたい三人から五人くらいだろう」

 ――想定内だ。というか五人もいればお釣りがくるほどだ。

「結構です。今回の家といいますか、小屋といますか。その建物は、基本的には人が住みません。誰もが使える、集会所みたいなものです。そして、できるだけ早く完成することが望まれています」
「んなこたぁ知っている。俺が聞きたいのは、どうやればひと月で一軒、建てられるかってことだ」

 ――よし、食いついた!

「今回は急ぎのお仕事です。ですから、細工のこだわりとか、美しさは二の次にします。面白みはありませんが、とにかく実用一辺倒の家。それが、今回のお仕事です」
「なるほど。だからって、そんな簡単には行かねぇぜ?」
「はい。ですから、工程も簡略化した方法を使います」

 俺の提案に、ハマーが、あざけるように笑った。

「ほら見ろ、やっぱり手を抜くつもりじゃないか」

 そこへマイセルが、ポットとカップをもって入ってきた。
 丁寧にカップに紅茶を注ぐと、俺たち一人一人の前に、丁寧に並べる。

「ありがとう、マイセルちゃん」

 カップを受け取ると、はにかむ彼女に、お願いしたものはあるかを聞いてみる。
 微笑んで、ティーワゴンからそれ・・を手に取った彼女。

 ――よし。

「手抜きかどうかは、これから考えようじゃないか」

 そう言って俺は、マイセルから受け取った草皮紙を見せる。
 ――見せてやるよ、マイセルが信じると言ってくれた、俺のやり方を。
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