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第三部 異世界建築士と思い出の家

第196話:リファルの拳

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「おい、書類を準備しろ。こいつの身分は『建築士』、図面専門の職人として認める」
「……はあっ!?」

 俺も一瞬、何を言われたのかが分からなかった。リファルがギルド長に食って掛かるまで。

「なんだその『建築士』って、聞いたことのない役職は! それにギルド長、俺は言ったはずだぞ、コイツは素人よりマシな程度だって! そんなやつを認めるっていうのか!」

 しかしギルド長は答えず、秘書と一緒に、足早に部屋を出て行ってしまった。
 リファルは、俺が先程作ったカンナくずを蹴り飛ばすと、「なんなんだ一体!」と、不平を言いながら部屋を出て行く。

 それに対して、俺をこの部屋に引きずるように連れてきたゴツい男たちは、二人ともそのいかつい顔をほころばせて、右手を軽く上げてみせた。

「……よかったな。さっきの図面をちらと見たが、あれだけ精密な図面は見たことがない」
「あんたはきっと、大した図面引きなんだろう。機会があったら、一緒に仕事をしてみたい。その時は、よろしく頼む」

 その言葉に俺も右手を上げると、二人はさらに笑顔を見せ、俺の右手に、自分の右手を近づけてくれた。
 手を近づけるのは親愛の情を表すはずだから、この二人、顔は怖いが、なかなか人が良さそうだ。
 そう思って、聞いてみる。

「……そういえば、俺が持ってきた手紙には、何が書いてあったんだ? 俺の角度から見えなかったんだけど、あんたらは背も高いし、見えなかったか?」

 聞いて、かくんと肩が落ちた。

『俺の相棒の「建築士」をよろしく』

 本当に、この一言だけだったらしい。
 ……マレットさん、もうすこしその、俺の良さとか、仕事ぶりとか、そういうことを書くのが推薦状ってやつじゃないのか?



「おい、顔を貸せ」

 リファルが、険悪な目で睨みつけてくる。
 ギルドの館の門を出た、その目と鼻の先に、奴はいた。
 リトリィを背に隠すようにして、俺は立ち止まる。

「『建築士』なんて聞いたこともない。しかも図面を引くだけだと? 大工を馬鹿にしやがって」
「馬鹿になんてしていない、ただ住み分けをしようというだけだ」
「それが馬鹿にしているって言ってんだ!」

 リファルが、噛んでいた檳榔ビンロウ――ガムのように噛む、噛みタバコのような木の実――のようなものを吐き出すと、俺の胸倉をつかんでくる。
 リトリィの小さな悲鳴に、かえって鼓舞される思いで、俺はかろうじて、背筋のおぞ気に耐えた。

「自分が設計した家を、他の大工に任せるだと? てめえには、いち職人としての矜持きょうじってものがねえのか。それが一番、気に食わねえ!」

 ……ああ、このやり取り、山でも同じことをやったっけ。職人は、みんな同じような思考をするってことだな。
 そうすると、今後、こういう衝突を果てしなく繰り返すことになるってわけか。今さらながら、うんざりする。

「だいたい、ギルド長がほいほいと聞いたこともねえ役職をてめえに与えるってことも気に食わねえ! てめえ、ギルド長の弱みでも握ってんのか?」
「それは俺の方が知りたい。そんなことより首が締まって苦しいから、そろそろ手を放してくれないか?」
「ふざけんな!」

 努めて冷静に――声が震えていた自覚はある――述べると、リファルの顔色が変わった。

「ギルドで職人登録されるってのはな、徒弟にとっちゃ、死に物狂いで目指すべき地位なんだよ! 親方にどやされ小間使いをやらされて、ろくな飯も食えねえ中で日夜技を磨いて、何年も修業を積んで、やっと認められるものなんだ!」

 俺に額をぶつけんばかりの勢いで怒鳴りつけてくる。その迫力に一歩後ずさると、奴は二歩踏み出してきた。

「長年修行しても職人として認められず、夢破れて田舎に帰る奴、行方知れずになっちまう奴も大勢いる! ギルド認定の職人って地位はな、てめえみたいなふらっとやって来たような奴が、ほいほい手に入れることができるようなものじゃねえんだよ!」

 さらに胸元をねじり上げられ、喉を圧迫される。
 凄まじい気迫。明確な敵意。俺という存在を全身で否定するその目、口、言葉。

「そこへきて、図面しか引けません、大工をやるつもりはない!? ふざけんじゃねえぞ! その腐った根性、今ここで叩きなおしてやろうか!!」
「……ふざけてなどいない。そんなことより、同じギルド員をこうして脅迫することは、規約として認められているのか? 制裁は?」
「――――!?」

 舌打ちをすると、俺を突き飛ばすようにして手を放す。
 リトリィに支えられるようにして、咳き込みながらかろうじて転倒しなかった俺に、リファルはさらに舌打ちした。

「……これくらいでフラフラしちまうようなヒョロッちい体しやがって。だいたい、女を連れて登録にノコノコ来やがったってこと自体が気に食わねえ」

 そして、軽く鼻をつまむような仕草をしながら、言った。

「それも、獣臭い奴ベスティアールなんかをな」

 リトリィの、息をのむ、かすかな音が、耳元に。
 その瞬間。

 俺は。

「ってぇ! てめえ何を――!」
「謝れ」

 単純な俺の体当たりは、そのままリファルを石畳に突き飛ばし、そしてその勢いのままもつれるようにして奴に馬乗りになった俺は、奴の胸倉をつかんだ。

「な、急に、なにを――」
「謝れ」
「っざけんなっ! 誰がてめえなんかに――」
「俺じゃないリトリィだ。彼女に謝れ」
「はぁ!? てめえ、舐めてんじゃねえぞ! 誰が――」
「謝れと言っている」
「ざけんじゃねえ! 獣人族ベスティリングごときに、誰が謝るってんだ!」

 奴の両手が、俺の首にかかる。
 さすが大工、不利な体勢だというのに、その握力はすさまじい。

「誰が? もちろんお前だ、俺はともかく、彼女を侮辱するな」
「このっ――ケモノ狂いが!!」

 奴の指が首に――喉に食い込んでくる。
 だが、こちらだって手を緩めるつもりはない。

「……また言ったな。彼女はだ。謝れ、彼女に」

 しゃがれた声しか絞り出せない。

「誰が謝るかよ……! てめえ、いい加減に放しやがれ……!!」
「放さない、お前が謝るまで」
「ふ、ざ、けんな……ッ!」
「ふざけていない……謝れ」
「……死ね、このエセ野郎!」

 さらにリファルの手に、腕に、力がこめられる。
 のけぞりながら、俺は、しかし、手を放さなかった。

「死なない……彼女を、幸せに、するまで」

 かろうじて、絞り出した言葉。
 絶対に果たすと、誓った言葉。

 すると、ふっと、リファルの手から、力が抜けたのを感じた。

「馬鹿か、てめえは……!」
「俺は、馬鹿でいい……謝れ、彼女に」

 急に喉に空気がなだれ込んでくる。
 思わず咳き込んだ、その時を狙ってか、リファルが猛然と体を起こしてきた。
 たちまち俺は奴の腹から転げ落ち、逆に奴が俺にのしかかってくる。

「この馬鹿野郎、何が謝れだ! それも相手に!」

 しまった……!
 喉元を掴まれ、思わずその手首を掴む。
 だが、その手はびくともしなかった。

「誇りも何もねえ奴が、職人なんか目指すんじゃねえ! 誇りも覚悟も持たねえ奴は、一生、徒弟で十分だ!」

 そして、一発。
 左の頬に、衝撃。
 頬の衝撃もそうだが、後頭部を石畳で打ちつけたことに、一瞬、気が遠くなりかける。

「女を幸せにする? その手で守れるだけの知恵と技を持たねえ奴に、そんなことを言う資格なんかねえんだよ、この大ボケ野郎が!」

 再び一発。
 じわりと、錆臭い味が口の中に広がる。どこかを切ったか。
 ……くそったれ!

 必死に拳を振りかざすが、簡単に抑え込まれてしまった。
 そして、もう一発。

「何が謝れだ! 身の程知らずが、できもしねえくせに、でかい口を叩いてるんじゃねえ!」

 そのときだった。
 リファルがもう一度振りかぶった拳を、大きな手が掴み、そして肩を掴んで奴を引き起こす。

「その辺にしておきましょう、リファル君。ギルド員同士の私闘はご法度です。分かっているでしょう?」
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