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第三部 異世界建築士と思い出の家

第225話:「遠耳」の喪失

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 わずかにこぼれてくる月明かりを頼りに、先行した三人を追って騎鳥シェーンを駆る三人。俺は、あいかわらずアムティの騎鳥――セセリといったか――の背に乗せてもらっている。二人分の重みにも耐えて走るこの鳥、想像以上に頑丈そうだ。

 すでに三人の姿は見当たらない。音すらも聞こえない。追いつくのは早々に諦めて、いまは予定通り砦に向かっている。
 廃棄された砦とのことだが、砦を囲む掘は簡易とはいえきちんと機能しているらしいこと、あちこち崩れてはいるらしいが立てこもって抵抗する程度には十分機能を果たせそうだということ。

 先の戦争――もう百年くらい前のことだそうだが、その時には立派に機能を果たした程度にはしっかりとしたつくりらしい。すぐ下には街道、さらにやや深い谷川が通っていて、そちらに続いていた防塁はとうの昔に撤去されたらしいが、砦の方は壊すのが手間ということで、そのままにされたのだそうだ。

「まぁ、エレヴンたちが先に行っちゃたからァ、あたしらの出番はないかもしれないけどねェ?」

 アムティが軽口をたたいた時だった。

「兄貴! ダメだ、エイベルもエレヴンもやられたなら撤退だ!」

 突然の絶叫に、俺はなにごとかと振り返る。インテレークが、例の耳飾りを押さえながら叫んでいた。

「丸腰の男が一人っつったって、そいつに二人がやられたんだろう!? ダメだ兄貴! さがれ、逃げろ!!」

 アムティがインテレークの言葉に反応する。それまで軽口を叩いていたとはとても思えない調子に、人格を切り替えた──そんなふうに思えたくらいに。


「インティ! そいつの特徴を聞きなァ! 額に×の字の切り傷はないかィ!」

 しかし、インテレークは聞こえているのかいないのか、どこか上の空で──

「ああ、兄貴、ダメだ……んだよ、兄貴は──」

 どこか別のところを見ているかのようなインテレークを見て、アムティが俺に怒鳴りつける。

「ムラタァ! インティを支えなァ! アイツ、よッ!!」

 言い終わらぬうちに、アムティが騎鳥をインテレークのほうに寄せる。異変に気付いたか、やや先行していたヴェフタールも、反対側から近付いてきた。

 その瞬間、インテレークが「がひゅっ」と、悲鳴だか何だかわからない声を上げると、突然、喉を押さえてもんどりうつように反り返る!

 慌てて身を乗り出し、体を支える。ヴェフタールも、かろうじて支えてくれた。アムティはインテレークの鳥の手綱をつかむと、そちらの手綱も見事に操り、なんとか停止させることに成功した。



 ヴェフタールが、地面に敷いたマントの上にインテレークを横たえる。アムティはそれを見ながら、ぽつりとつぶやいた。

「……インティはさァ。兄弟で冒険者やってたんだョ……」

 インティとはインテレークのことだったか。

「ひょっとして、さっきの話をしていた先って──」
「そォ。インティの兄ちゃん。兄弟そろって冒険者をやるっていうのはねェ? 珍しいけどいないわけじゃないんだけどさァ。
 ただねェ、「遠耳の」ポパゥトとインティっていったら、この業界ではちょっとしたもンでさァ。
 いろんな組の目や耳になって、重宝されてたもんだったのよ……」

 今回のように、伝令代わりになって動いていた、ということか。
 インテレーク自身は、あの喉をかきむしるような仕草のあと、気を失ってしまった。いったい、何があったのだろう。

「アタシも詳しくは知らないけどさァ」

 アムティは、目を覚まさないインテレークを見ながら、続ける。

「コイツの耳の魔装具はねェ? 感覚を共有する感じなんだってさァ。遠くの相手と目とか耳とか──同調性が高いと、触った感じとかも共有できるみたいだよォ?」
「へえ、感覚をね。感覚──」

 それで情報をやり取りできたのか、あらためていろいろ応用できそうなその機能が欲しいと思い、そして、気づいた。

 ──気づいてしまった。

『がひゅっ』

 喉を押さえ、もんどりうつようにしたインテレーク。


「──まさか……」
「気づいたァ? つまりィ──」

 インテレークの兄──ポパゥトといったか?
 彼は、殺られたのだ。おそらく、喉に致命的な攻撃を喰らって。

 そういえば、インテレークが『丸腰の男』がどうとか、叫んでいたっけ。その丸腰の男が、おそらく、ポパゥトを殺した人間なのだろう。

 丸腰ということは武装していなかったか、ナイフのような小型の刃物で、ポパゥトが見落としたか。

 そして、これはあまり考えたくなかったことだが、感覚を共有するということは――つまり!

「の、喉をやられた感覚も、共有する、のかな……?」
「だからインティは死にかけてたんでしょォ? これがあるから、冒険者でアレをつけるヤツって、こいつら以外でアタシは見たことないしィ、いるなら相当な覚悟よねェ」

 思わず喉を押さえる。そうか、やっぱりそういうことなのか。安易に便利だと思わない方がいいのか。
 しかし、今夜出会って一緒に行動した六人のうち、二人がすでに生死不明! おまけに、仲間となった人の身内が死んだなんて……!
 目の前で見ていないからだろう、実感がわかない。

 ……それにしても、先遣隊はどうなったのだろうか。応援に行ったうちの二人はやられてしまったらしいし、その「丸腰の男」ってやつ、どんだけ強いんだ!

「……丸腰ってところがよくわからないけどさァ。おそらく問答無用で喉をやられてるはずだよねェ。その手口、どうも心当たりがあるんだよねェ……」
「心当たり?」
「そォ。額には×の字、さらにそこから右の頬にかけて伸びる、大きな傷跡のある男なのさァ。名前は、ええと──」

 名前を度忘れしたのか、一瞬とまどったアムティに、ヴェフタールが続ける。

「ガルフ。ガルフ・シュトロム。傭兵や用心棒として、僕ら冒険者とも遭遇することがある、危険な男だよ」
「そォそォ。でもってコイツがいるところにはさァ、なぜかもうひとり、厄介なヤツがいることが多いんだよねェ……」

 アムティのため息混じりの言葉に、ヴェフタールもうなずく。

「厄介?」
「そォ。厄介なやつがいることが多いらしいんだよねェ……」
「あんたたち冒険者ってのは、厄介ごとの引受人みたいなものだろう? そんなあんたらが厄介って、どういう――」

 俺が尋ねようとした、そのときだった。

「うわあぁぁぁああっ!?」

 インテレークが、絶叫と共に飛び起きたのだった。



「……兄貴は、逃げなかったんだ」

 ぽつりと言ったインテレークだが、こちらとしてはかける言葉が思いつかない。敵に背を向けなかったのは素晴らしいのかもしれないが、その結果、彼の兄は――。

「それでェ? どんなヤツかは、分かったのォ?」

 それを今聞くか? 抗議したくなったが、インテレークはその質問が来ることをあらかじめ想定していたようだった。落ち着いて答える。

「アンタのいうとおりさ。枯草色の髪に……額から右頬にかけての大きな傷跡を含む、額に×の字の傷跡のある男だ」
「――ガルフ、か」

 ヴェフタールの言葉に、アムティがため息をついた。

「……まあねェ。ムラタの目撃情報から、例の『厄介なモノ』が、今回も一緒だってのは想像できてたけどねェ……」
「さっきも言っていたな。あんたらがいう『厄介なモノ』って、なんなんだ?」
「……枯草色の毛並みの、獣人族ベスティリングだよ。全体は薄い茶色だが、ところどころ白い毛や黒い毛が混じってる、大型の犬属人ドーグリングさ。ガルフと出くわす場所で、出会うことが多いと言われている」
「アタシはさァ、そいつら、兄弟なんじゃないかって思ってるよォ?」

 ケラケラと笑うアムティだが、今、兄弟を失ったらしいインテレークの前で言う冗談じゃないだろう。やんわりと、配慮が必要な旨を伝えると、アムティはきょとんとし、そして、一瞬吹き出しかけて、そして、俺が真剣な様子であることを理解してくれたようだ。

「……アンタさァ、おもしろくないヤツ、とか言われたりしてたでしょ」

 ……うるさい。
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