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EX 弁償はしてもらえませんでした……

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「結婚式は、いつにしますか?」

 ティルクが、いつもの可愛い笑顔をわたしにむけた。
 その瞬間。

 どっがーんっ!

「なっ、なに!?」

 お店の方で爆音が響いた。
 戦時中は珍しくない音だったけど、今はなかなか聞かない音だ。
 探知の魔法を使ってみたけど、半径3km以内に魔族の気配はない。
 襲撃者が魔族じゃないなら、どうとでもなりそうだ。
 わたしこれでも、凄腕の〈魔女〉だからねっ!
 急いで店舗に移動するわたしとティルク。わたしはティルクを後ろにかばうようにして、家屋から店舗への扉を開けた。
 そこには……。
 そう、そこには、腕を組んで仁王立ちしているヴァニラ大公のお姿がっ!
 なにか、怒ってるみたいんですけど……?
 ヴァニラ公王の左右と後ろには、魔術師団の皆さんの姿。

「あなたっ! なにやらかしたのっ!?」

 わたしの姿を見るなり、大きな声で怒鳴るヴァニラさん。
 え?

「わ、わたし……ですか?」

「他に誰がいるっていうのっ!」

 いや、あなたがやらかしたのでは?
 お店の出入り口のドア、派手に壊れてるんですけど……。
 これ、なおせるのかな?

「えっと……ちょっと……」

 なにをいわれているのかわからない。
 わたし、なにもしてないよね?

「ちょっとなにっ! そのちょっとを聞いてるんですっ! な・に・し・た・のッ」

 どうしたものやらなわたしの前にティルクが移動して、

「ご来店、光栄の極みでございます。公王陛下」

 片膝をついてかしこまり、ヴァニラさんに頭を下げる。

「ティルクくん、今日は買い物に来たわけじゃないの。そもそも閉店してたじゃない」

 だからドアを壊したと?

「はい。ですが公王陛下を御前に開かない扉を、当店は有しておりませんので」

 そりゃ、ヴァニラさんが「開けてー」といってきたら、「いいよー」とお店を開けるだろうけど……そうだよっ! わざわざお店のドア壊さなくてもいいじゃないっ。
 このドア、結構奮発して家具職人の親方に作ってもらったんだからねっ! 高かったのっ。
 わたしが文句をいってやろうと決意した瞬間。 

「陛下」

 魔術師っぽいおじいさんが、ヴァニラさんに耳打ちを始める。
 この人知っている。宮廷魔術師団の団長さんだ。
 その団長さんのお話を、ふむふむと聞いるヴァニラさん。
 早く、帰ってくれないかなー。
 いま、わたしたちの将来にかかわる、大切な話をしてたんだけどなー。

「ねぇティルク。ヴァニラさんたち、なにしに来たんだろうね?」

 ティルクはちょっと驚いたような顔して、その次に「でもわかんないかー、この人は」、と顔に書いたあと、

「ご……おわかりになられませんか?」

 ご主人さまっていおうとしてガマンしたな。
 うん、えらい。あとでいい子いい子してやろう。

「わからないから聞いてるの」

「あなたが、魔力を解放したからだと思います」

 ……あー、あれか。
 確かに、ちょっとやらかしてたわー。
 魔力に敏感な人なら震え上がっちゃうようなプレッシャーを、だだ漏れにさせたしなー。 
 えー……でもあんなことで、店のドア壊すほど怒るかな?
 大したことないじゃん。
 なにも吹っ飛ばしてないんだし、魔族の死骸をぶちまけたわけでもないし……。

「はぁー」

 ため息をつくヴァニラさん。

「ねぇ、あなた」

「わたしですか?」

「そう、あなたです。なにがあったの? こんなこと、12年前から一度もなかったでしょ?」

 こんなことってどんなことか、わたしはわかってませんけど、ティルクがいう通りの理由なら、確かになかったと思う。

「さっきの、魔力的なアレですか?」

「それです」

「あぁ……アレはですね……」

 話しにくいな、他人には。
 なんというか、わたしとティルクの……「家族の問題」だから。
 わたしのためらいを察知してくれたのか、

「おそれながら公王陛下。よろしいでしょうか」

 ティルクが助けに出てくれる。

「良い、許す」

「ありがとうございます」

 ティルクは礼をいって深く頭を下げ、

「我が主、真珠の魔女さまのご慈愛をたまわり、わたくしは魔女さまを真珠と呼ぶことを許され、同時に我が一生を伴侶としての真珠とともに歩むことを許されました。その契約を先ほど」

 ティルクはわたしに微笑みを向けてから、ヴァニラさんに視線を戻し、

「真珠と、結んでおりました」

 深々と頭を下げだ。
 ヴァニラさんは、ちょっと困り顔だ。
 想像もしてなかった内容を聞かされた、そんな感じだろう。
 またまた、魔術師団長に話しかけるヴァニラさん。
 よくそんなに相談することあるなー。
 しばらくの間ふたりはゴニョゴニョ話し合い、彼女は、

「それは……ご愁傷さまですわ」

 本当にかわいそうなものを見る目で、ティルクを哀れんだ。

「なにいってるのよっ! おめでたいことでしょっ」

 反論するわたしに、ヴァニラさんは心底見下した視線をむけて、「ふっ」と鼻で笑う。

「息子として育てて、美味しそうに実ったら果実をもいで堪能しようと? そういうお話、昔ありましたわね」

 うぐぐぐっ。

「はい。美味しそうに育ちましたので、愛する人の手に落ちることができました。とても幸せで、言葉もございません」

 ほっ、ほら、そういうことですーっ。
 今さらっと、「愛する人」っていわれたんだけど……。
 ちょ……は、恥ずかしい……。
 初めて、なんだけど……あ、愛する人?
 やばい……嬉し恥ずかしいんですけどっ!

「ティ、ティルクを息子から、お、夫にするのに、魔術的な契約の更新が必要だったの。ほら、わたし魔女だから、そのへんは普通じゃないんですっ」

 嘘ですけどね! 別に「本当の名」をティルクに教える必要なんて、これっぽっちもなかった。
 ただわたしが、知っておいて欲しかっただけ。
 わたしの、わがままだ。
 魔術師団長に話しかける公王陛下。話を聞きながらうなずき、

「魔術師団長は、そのような話は聞いたことがないって」

 団長さん、空気よんでよー。

「でも、まぁよろしいわ。あなたの魔力の暴走は治まったみたいですし」

「暴走はしてませんけど?」

 ここで反論したのは、魔術師団の団長さんだった。

「あなたさまの魔力は、あなたさまには微少なうねりであろうと、我々常人には激しく感じられるのです。ご理解いただけるよう、お願いいたします」

 そういって頭を下げられると、文句もいえない。ずるいな。
 ヴァニラさんが冷たい声で、

「ここはわたくしが、心を捧げたあの人を待つための場所なの。あの人が帰るべき街なの。なにかしたら、絶対に許さない」

 すっごい顔で睨んでくる。
 やっべ……めっちゃキレられてる。

「もうしわけございません、公王陛下。これから先、真珠がこの街を守るため以外で、この街の中で魔力を解放することはございません。我が命をかけまして、お約束いたします」

 あー、立派になったな、ティルク。
 っていうか、これ、本当にティルクなの?
 もしかして学院では、こんな感じなの?
 わたしとふたりでいるときと違いすぎて、ちょいキモいな。

「真珠」

 ティルクが、彼だけが呼ぶことを許された名で、わたしを呼ぶ。

「真珠も、公王陛下にお約束してください」

 う、うん。そうだよね。
 わたしなにも悪いことしてないけど、ヴァニラさん怒ってるみたいだし、とりあえず謝っておくか。
 それが大人の対応ってもんだよね。
 どやっ!

「ごめんねっ、もーしません。てへっ♡」

 そしてわたしは、ヴァニラさんとティルクにめっちゃ怒られた。
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