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第三章

井の中のトード

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ある男が野望を持ってケナード領に訪れていた。

「ここが噂のケナード領か。俺は街で一番人気の彫金師だったんだ。ここでだって一番に決まってる。自他ともに認める王国一番になってやる!」

男の名前はトード。

クラレンス王国の何処かにある街で人気を博していたが、人伝にケナード領が一番だと聞いた。自分の技術が一番だと信じて疑わないトードは、それを証明するためにケナード領に足を踏み入れたのだった。


そんなトードだったが、自慢の装飾品を店の主人に見せると、皆揃って首を振るのだった。

「何故この繊細な技術の良さがわからないんだ!」

「ここの人間は見る目がない!」

「そこに並んでいる品と、俺の品の何が違うと言うんだ!俺の品の方が遥かに良いじゃないか!」

悪態をついて店を出て行くトードに、街の人達は遂に入店拒否をするようになってしまったのだった。


(何故だ…?店頭に並ぶことさえできれば、皆わかってくれるはずだ。その目で見れば、皆買いたくなるはずなのに…)

トードは公園のベンチに座って途方に暮れていた。


その時、目の前を歩く若い二人を見つけた。

「そこの君達、装飾品に興味はないか?恋人同士贈り合う事もできるよ」

トードが声を掛けたのは、二人で歩くマーガレットとギルバートだった。


「まぁ、装飾品?」

マーガレットは目新しい物への期待に胸を膨らませ、ギルバートは浮かれていた。

(恋人同士に見えるのか。悪くないな)


「俺の作った自慢の品だよ」

そう言ってトードは地面に布を敷き、作品を並べ始めたのだった。


「どうだ?そこらの店とは比べ物にならないほどに良い品だろう?」

トードは自信満々にマーガレット達に見せた。

「とても綺麗な細工が施されているのね」

マーガレットの言葉に気を良くしたトードは、声高々に言った。

「そうだろう?お嬢さんは見る目があるね。この街の連中は誰もわかってくれないんだ」

(ほら見ろ。こうして客の前に見せればすぐにわかるものを。店の奴らを見返してやる)

並んだ商品を眺めるマーガレット達を見ながら、トードはそんなことを思っていた。


「でも、この作品には妖精さん達はいないのね…」

「は…?」

(妖精だ?この女は何を言ってるんだ?)

トードはおかしなことを言ったマーガレットを訝しげに見た。


「あなたは何を思ってこの細工を施したのかしら?」

「何をって…そりゃあ売れるようにだよ。こっちだって商売なんだ。売れないと意味がないだろう?ま、お嬢さんにはわからないだろうよ」

「そうなのね…」

マーガレットは悲しげな表情をしていた。


「マーガレット嬢、もう行こう。すまないが、私達は君の作品を購入する事は出来ないよ」

ギルバートがマーガレットの肩を抱いてその場を離れようとしたのだが、トードがそれを呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ください!あ、あなた様がマーガレット様だったんですね。これは失礼しました。私の作品を是非お父様に勧めてはくれないでしょうか?」

先程の高慢な態度とは打って変わった下手な態度になったトードのことを、ギルバートは苦い顔で見た。


「ごめんなさいね。私にはできないわ」

マーガレットが申し訳無さそうに謝ったのだが、トードは激昂した。

「何故ですか!綺麗な細工だと言ってくれたじゃないですか!」


ギルバートはマーガレットを後ろに庇い、トードに言ったのだ。

「君は客のことを考えた事はあるのか?いつ着けるのか、誰に贈るのか。少なくとも私は、君の作品をマーガレット嬢に贈ろうとは思えなかったよ」

「え…?何を言ってるんだ…?」

トードは困惑していた。

「本当に素敵な細工だと思うわ。でも、私の好みでは無かったの。ごめんなさいね」

「その腕輪と何が違うって言うんだよ…」

マーガレットの腕輪を見ながらトードが呟いた。


「これはギルが贈ってくれたのよ。素敵でしょう?」

「これはマーガレット嬢に贈って貰ったカフスリンクスだ」

二人は自分の腕を差し出し、トードに見せた。


「これは…」

「素敵でしょう?どんな洋服にも合うから、いつも付けてしまうの。ギル、ありがとう」

「いや、喜んで貰えて嬉しいよ。私も毎日付けているよ」

トードは二人の会話など耳に入らず、ただ装飾品を見つめていた。


(そう言うことだったのか…俺の作品は主張し過ぎていたんだ。流行りの物を詰め込んだだけで、付ける人の気持ちなんて一切考えていなかった…)

並んだ二人の装飾品は、まるで対の様に見えて、自然と二人に馴染んでいたのだ。

「どんな服に合うとか、いつ付けるのかなんて考えた事も無かったよ…俺はまだ未熟だったんだな…」


「勉強になったよ。お幸せに」

そう言ってトードはケナード領を後にした。

「どういう意味かしら…?不幸そうに見えてしまったのかしら…?」

マーガレットはこんなにも幸せに生きているのにと、不思議に思った。

「彼は絶対に良い彫金師になるだろう」

ギルバートは嫌なやつだと思っていたトードを好きになった。



自分の家に帰ったトードは、街の女性達や若者達に聞き込みをした。

どんな時に付けるのか、どんな物を付けたいと思うのか、そしてどんな物を贈りたいのか。

人々の意見を取り入れたトードの作品は、街だけでなく、他の街でも人気の品となった。

「ケナード領には及ばない」と嫌味を言われても、トードは笑って受け流せる様になっていた。

「あそこの商品には妖精がいるからな。俺はこの街で気に入ってくれる人が居ればそれでいいんだよ」


程なくして、ケナード家に一通の手紙が届いた。

それは、マーガレットとギルバートに宛てたトードからの贈り物だった。

封筒の中には一枚の手紙と二つの指輪、チェーンが二本入っていた。


「まぁ、素敵な指輪ね!ギルとお揃いで贈ってくれたのかしら?」

「きっとあの彫金師だろう。この細工には見覚えがある」

(妖精さんも嬉しそうに飛んでいるわ。きっとあの方の所にも居るのでしょうね)

マーガレット達は早速指輪をチェーンに通し、首元に付けた。


「メグ、新しいネックレスを買ったんだね。よく似合っているよ」

マーガレットを褒めたビクトールは、ギルバートのシャツの中に同じネックレスがあることを知らない。


― 末永くお幸せに ―

手紙には一言だけ書いてあった。

トードの勘違いではあるが、ギルバートはその手紙を大事に懐に仕舞ったのだった。
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