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第三章

変化する二人の空気

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「!!」

その日の朝、屋敷を歩いているギルバートを使用人達は驚いた顔をして二度見をしていた。


「まぁ、ギジル。その頭はどうしたの…?」

「ね、寝癖が直らなくてね…」

ギルバートは布をターバンのようにして頭に巻いていたのだった。

「なんだか異国の衣装みたいね」

マーガレットが笑って言ったので、ギルバートは安心していた。

(なんとか誤魔化せたようだ。それにしても、かつらはどこに行ってしまったんだ…?)


ギルバートが朝目が覚めると、被っていたはずの鬘がどこにも見当たらなかったのだ。枕元にもベッドの下にも落ちていなかった。

探しても見つからず諦めたギルバートは、苦肉の策で頭にターバンを巻いていたのだった。


「ギジル様、とても斬新な装いでございますね。流石です」

クロード達はギルバートを褒めたあと、居なくなったのを見計らって二人でヒソヒソと話していた。

「あれはどういったことだと思いますか…?」

「高貴なるお方の考えはわからないものですね…」

だが、その時に二人は見てしまった。

― ニャー

二人の横を通り過ぎたハーヴが、何処かで見たことのある茶色いフサフサした塊を咥えていたのを…


一度鬘を地面に置いたハーヴは、再び口に咥えて裏庭の方に逃げていった。

「セバス、あれはもしや…?」

「たぶん私も同じ考えです…」

こうしてクロード、セバスとハーヴの戦いが始まったのだった。


「ハーヴ、何処ですか…?大好きなお菓子がありますよ…」

― ニャー

「ハーヴ!だけ…?鬘は何処にあるんですか?」

クロードが近づこうとすると、ハーヴは何処かへ逃げてしまった。


「ハーヴ、新しいおもちゃですよ。だから、それと交換しましょう?」

セバスが新しいおもちゃを用意してハーヴに近付くも、ハーヴは鬘を咥えたまま何処かへ行ってしまった。


「隠れてないで出てきて下さい」

「とても大事なものなんです。返してください」

クロードとセバスはハーヴに呼びかけながら、手分けして屋敷の敷地内を探していたのだった。


しかし、鬘を取り返すことの出来なかった二人は一度落ち合い、どうしたものかと相談していた。

「何か探しているのかしら?私もお手伝いしましょうか?」

二人の様子を不思議そうに眺めていたマーガレットが声をかけた。

「マーガレット様…実はハーヴがか…!」

マーガレットに説明しようとしたセバスの足をクロードが踏んだ。

「ハーヴがどうかしたの?」

「いえ、問題ありません。マーガレット様はギジルとティールームでお寛ぎください」

「さぁ」と、クロードにティールームに追いやられたマーガレット達だった。


「セバス、口に気をつけなさい。下手をしたら我々の首が飛ぶんですよ」

「そうでした…申し訳ございません…」

かくして二人は誰にも知られずに、必死になってハーヴに盗られた鬘を探していたのだった。


「一体どこに行ったのでしょう?」

「猫は気まぐれですからね…」


捕まえようとしてもヒラリと躱してしまうし、そもそも姿を現さないハーヴを捕まえるのは至難のわざだった。

一日中探し回り、追いかけ回した二人だったが、皆が寝静まった頃に漸く鬘を取り戻す事ができた。クロード達は鬘を洗って乾かし、そしてギルバートの寝室に忍込み、枕元にそっと置いたのだった。


翌朝、目覚めたギルバートは枕元に鬘が置いてあるのに気が付いた。

「枕の下に隠れていたのに気が付かなかったのか…?何故かいい匂いがするな」

こうしてギルバートの元に変身道具の鬘が戻って来たのだった。


翌日、鬘をしっかりと被ったギルバートは、マーガレットと二人でスコッグの散歩に出掛けていた。

少し開けた野原に出ると、スコッグはいきなり全速力で走り出し、紐で繋がれたギルバートはその勢いに引っ張られ、走らざるをえなかった。

(まずい、鬘が取れてしまう…)

木の茂みに突っ込んでいったギルバートは空いた手で頭を抑え、必死にスコッグに付いていった。

しかし何を思ったのか、スコッグは急に方向を変え、マーガレットに向かって全速力で走り出した。

「マーガレット嬢、危ない!避けてくれ!」

突然のことにマーガレットは足がすくんでしまい、動けなかった。ギルバートも一度走り出してしまった自分を止めることが出来ず、そのままマーガレットに突進してしまった。

思わず目を瞑ってしまったマーガレットだったが衝撃は一向に来ず、恐る恐る目を開いた。

ギルバートがマーガレットの後ろにある木に精一杯手を伸ばして堪えていたので、どうにか衝突は避けられたようだった。


「危なかった…怪我はないか?」

「えぇ、私は大丈夫よ」

二人が一安心したのは束の間、スコッグがギルバート後ろに飛び掛かったのだ。

「「!」」

衝撃で二人の顔が触れそうなほど近付き、互いに見つめ合っていた。数秒だったのか、数分だったのか…

ギルバートにとっては永遠のように感じられた。

「す、すまない…」

「いえ…」

(危うく口付けをしてしまうところだった…いや、そのまま勢いに任せた方が良かったのか…?)

ギルバートはそんなことを考えながらマーガレットから離れ、心を落ち着かせていたのだった。


その時…

― ピー

ユースが何処からともなく飛んできて、ギルバートの鬘を嘴で挟んで何処かに飛んでいってしまった。

「まぁ、大変!ユースがギルの髪の毛を持って行ってしまったわ」

慌てたマーガレットだったが、よく見るとギルバートの頭には髪の毛がしっかりと付いたままだった。

「黒い髪の毛…?」

「あ…これは…その…」

じどろもどろになったギルバートに、マーガレットは尋ねた。

「こんなに綺麗な髪の毛をどうして隠していたの?」

「え…?」

「ギルはそのままの姿でもとても素敵よ」

「あ、ありがとう。マーガレット嬢も、自然体が一番魅力的だと思う」

マーガレットは自分の顔が熱くなるのを感じ、それを見たギルバートの耳も真っ赤になっていた。


「も、戻ろうか…?」

「え、えぇ…そうね」

この時から二人を纏う空気が変わったのだった。


(私ったらどうしてしまったのかしら…?)

マーガレットはギルバートの顔を直視することが出来なくなっていた。


(何が起こったんだ…?)

黒い髪のまま帰ってきたギルバートを見たクロード達は、聞きたいような、聞きたくないような、そんな衝動に駆られていた。


(この痒くなりそうな空気はなんだろうね…)

ギルバートの髪色の変化には気が付かなかったビクトールだったが、二人の空気が変わった事には人一倍敏感だった。


その日の夜、ギルバートは一通の手紙を影から渡された。皇帝からの手紙で、約束の期限が迫っていることが書かれていた。

ギルバートに残された時間はあと僅か…


しかし、こんな所に居るはずないという思い込みと執事服のせいで、マーガレットはギルバートの正体に気付くことができないままだった。
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