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第一章

一方その頃 エイドリアン3

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キャシーがテイラー家から逃げ出した頃…

エイドリアンは既に諦めていた。

なかなか見つからない上級使用人達に、エイドリアンは王都にある屋敷から半分の使用人達を呼び寄せていた。

それでも手が足りず、エイドリアンはダイニングにあるテーブルを拭きながらジェラルドに言い切った。

「ジェラルド、わかっただろう?平民は所詮平民なのだ。嫌になったらすぐに逃げ出すのだよ」

「違います!キャシーはマーガレットの屋敷に捕らえられているのです!どうやって誑かしたのかは知らないが…あの冷酷な女性のすることです!あぁ、私のキャシー…今頃助けを呼んで泣いているに違いない…」

床を履きながらジェラルドは必死になって反論した。

「マーガレット嬢は冷酷とは程遠い性格の筈だが…?」

エイドリアンの言葉も耳に入らずに、ジェラルドは空に向かって叫んでいた。

「キャシー、待っていてくれ!すぐに助けに行くよ!」

(こうなってしまっては駄目だな…テイラー家の為に私が動かねば…)


エイドリアンはジェラルドの次の婚約者を探そうと試みたのだが、キャシーのことは知れ渡っていた。

「ジェラルド殿には真実の愛の相手がいるそうではないか。私の娘はやれないよ」

「有り難い申し出ですが、娘は婚約が整いそうですので…」

エイドリアンが近付こうとすると、皆離れていくのだ。

(何故だ?ケナード家は他の貴族とは交流を持たない筈だが…何故知れ渡っているのだ?)

ビクトールではなく、スザンヌの生家であるスミス侯爵家の仕業だった。事業のことに頭がいっぱいで、侯爵家と繋がりがあることを知らないエイドリアンだった。


(こうなっては仕方がない。事業がテイラー家に有利になるように取り図ろう…)

エイドリアンはめげずに貴族たちに話しかけたのだが、軽くあしらわれてしまった。

「真実の愛の相手は平民だとか…?」

「しかも、手酷く捨てたマーガレット嬢の元に住まわせているらしいではないか…」

「まぁ、なんて酷いことを…人の気持ちが理解できないのね」

「関わるのはよそう…」

エイドリアンは、令嬢のいない貴族家にも遠巻きにされてしまうのだった。


(どうすれば良いのだ…)

途方に暮れていたエイドリアンに、話し掛ける男がいた。

「君は何故、子息の真実の愛を応援してやらないのかね?」

「スミス前侯爵…」

マーガレットの祖父だった。

「真実の愛とは何よりも優先されるべきだろう?その為に我が国では、平民でも養子に入れば貴族との婚姻が認められるのだ。黙って応援してやるのが親の勤めではないのか?」

「で、ですが…あの平民は努力もしないのですよ。そして逃げ出したのです」

「平民と貴族が違うのは当たり前だろう?人に求めるばかりではなく、君は二人の為に何の努力をしたのだ?二人が哀れでならないよ…」

前侯爵は冷ややかな目でエイドリアンを見て、去って行ったのだった。


「私の努力…」

エイドリアンは自問自答していた。

今までにやった事と言えば、厳しい家庭教師を雇った事と二人を怒鳴った事しか思い浮かばなかった。

(私が間違っていたのか…?)

エイドリアンは屋敷に戻ってからも考えていた。

(私と同じだと考えてはいけなかったのだ…まだ十代の二人が、私の様に経験も知識もある筈ないではないか…)


後悔し始めたエイドリアンの元に、ジェラルドが飛び込んで来た。

「父上、キャシーがメンデル男爵家に居るそうです!私はすぐに迎えに行って参ります!」

「あぁ、頼んだよ」

キャシーが帰ってきたら優しく接しようと、心に誓ったエイドリアンだった。


しかし、帰って来た二人は思いもよらぬ吉報を持ってきた。

「父上!キャシーの養子先が決まりました!これで我々は結ばれる。そうですよね?」

「一体どうして…?」

困惑するエイドリアンに、キャシーが答えた。

「マーガレットが協力してくれたのです」

以前とは打って変わったキャシーの姿に、エイドリアンは驚いた。

「そうか、マーガレット嬢が…」

(私がケナード伯爵家に適うはずもないか。裏切った私達を快く助けてくれるとは…完敗だな)


エイドリアンはケナード伯爵家と張り合う事を止めた。

ジェラルドとキャシー、そして新しく産まれてくる孫の為に、頑張ろうと心に決めたのだった。


初めは誰にも相手にされなかったが、エイドリアン達の誠意が伝わり始めた。

ビクトールの助けもあり、テイラー伯爵家は無事に没落を避けられた。

新たな上級使用人達も見つかった。これはマーガレットの口沿いのお陰だった。

(足を向けて寝られないな…)


エイドリアンは威張った態度が丸くなり、ケナード家との合同事業もつつがなく行われた。

当初に目指していた大きな発展は無かったが、領民たちの生活が少し豊かになる程度には発展したのだった。


エイドリアンは今でもダイニングのテーブルを毎日拭いている。
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