シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

文字の大きさ
5 / 36

四話

しおりを挟む
 イヴァンは目をパチクリさせて私を見上げた。
 
「……は、はい」
 
 灰色の長い前髪の隙間から、黒い瞳をほんの少しのぞかせて頷いた。
 私たちのクラスは成績順で最も上位のⅠ組だ。クラスごとにそれぞれの学力に沿った難易度の試験を受けているので、最下位のⅣ組よりも何倍も難しい内容の問題を解いていることになる。
 生まれ持った地頭の良さもあるも知れないが、一位を維持するのにはやはり真面目な勉強が欠かせないだろう。

「あなたには敵わないわ。いつも頑張ってるのね」

「そんなこと……」

「あるわよ。私だって結構遅くまで勉強してるのに、一度も一位になったことないんだから。あなたの方が努力してるってことでしょう? すごいわよ、尊敬してる」

 眼鏡の奥の瞳をじっと見つめると、彼はわずかに頬を染めて肩を震わせた。

「……ありがとう……」

「あっ、分かった! 心が綺麗なんじゃないかしら。性格の良さが成績に出てるのよ、邪念なんかないんじゃない?」

 イヴァンは思いっきり首を横に振った。

「謙遜しなくていいのよ。座学はスポーツと比べて派手じゃないけど、優れてるってことは恥ずかしいことじゃないわ」

 思わ笑みをこぼせば、今度はさらに赤くなって再び「NO」と首を振った。

 だって、本当のことなのだ。
 私が勉強しているのは子どもと一緒に自由に生きたいからで、誰かの役に立ちたいとか研究に励みたいからじゃない。言うなれば、邪念がいっぱいなのは私なのだ。

「魔法学基礎A、基礎なのに難しかったわね」

 イヴァンはこくんと頷いた。

「魔法なんて使えないのに魔法のこと学べなんて。ちょっと横暴がすぎるんじゃない?」

 愚痴をこぼすと、彼はフフッと小さく笑った。
 数百年前は町に一人はいた魔法使いも、今では滅多にお目にかかれなくなった。

「確か原因は、魔法使いが生涯独身だったからよね。魔法使いを増やすには子どもに遺伝するしかないんだけど、肝心な魔法使いが研究熱心で恋愛には興味がない人が多くて、子孫を残さなかったからとか……」

 教科書に載っていた気がする。
 今は王族の一部が魔力を持っているのみで、私も中等部に通うニコル王子しか魔法使いを知らない。

「八ッ、マジかよ」

 話を盗み聞きしていたクラスメイトが、会話に混ざってきた。

「それ、お前のことじゃね? イヴァン」

 茶色の髪を短く切りそろえたチャラそうな男の名はアンドレという。彼は私の存在にも気がつくと、許可もなく肩を組んできた。

「おまえもそう思うだろ、ローズ」

「何がよ」

 私はアンドレこの男が好きではない。
 ちょっと人より体格が良いからって、クラスのリーダー気取りである。

「学年一地味なの、だーれだ!」

「イヴァンくんでーす!」

 取り巻きたち数人が、一斉にイヴァンを指差した。

「はぁ?」

 私は腕を突き返し、急いでアンドレから遠ざかった。イヴァンの前に立ち塞がる。

「なんなのよ、あなたは」

 触れたところに鳥肌が立ち、ゴシゴシと手のひらでさする。

「何って、本当のこと言っただけだろ。その対応ひどくない? オレローズのこと気に入ってるのにー」

「は? 冗談やめて」

「冗談じゃないぜ。あ・い・し・て・る」

 アンドレはサクッと愛の台詞を口にした。
 鳥肌が全身に際立った。

「そういうのいいから……」

 冗談でもやめて欲しい。
 好きではない異性から言われても、嫌悪感と恐怖だけなのに、さらにヒュー、と彼の友達が口笛を鳴らしてはやし立てる。

「付き合っちゃえばー? クラベルちゃん、コイツガチでクラベルちゃんのこと可愛いって言ってるんだよ」

「そうそう、ぶっちゃけ、ソイツよりはいい男っしょ! そこの、地味眼鏡くん」

 クラスメイトが指を向けたのは、もちろんイヴァンのことである。

「……はぁ」

 私は呆れて物が言えなかった。
 と同時に、ふつふつと怒りが沸いてきた。
 私は特にイヴァンに恋愛感情を抱いているわけじゃない。だけど、彼のような頭の良い男性は大好きで、憧れを抱いているのは事実だ。

 好きなものを悪く言われたらどんな気持ちになるかなんて、想像できるだろうに。

「あんたたち、ダンナみたい」

 何故か前世の夫が脳裏によぎった。

「ん? なんか言ったか?」

「人のことに文句ばっかり言って、悲しんだ顔見て楽しむ。そんなことして楽しいの? 性格悪いわね。もっと有意義なことしたらどうなの」
 
 前世の夫は、私のすることによく口出ししてきた。
 そうだ、そんなところがそっくりなのだ。

「性格悪いのはどっちだよ。こんなみんなが見てる前でそんなに拒否らなくてもいいじゃん」

「だって嫌いだもん」

 バッサリ切り捨てると、アンドレは真っ赤になってプルプル震えている。
 顔色を伺っていては幸せにならないと、前世の記憶が教えてくれた。自分に嘘はつきたくない。

 ふと後ろを見れば、イヴァンが目を丸くしたまま固まっていた。びっくりさせていたら申し訳ない。
 私はイヴァンの手を取って、両手で包み込んだ。

「ごめんね、大丈夫? 私はイヴァンの味方だよ」

「あ……」

「何かあったら、私に言っていいからね。話を聞くことくらいはできるから」

「は、はい……」

 イヴァンはたどたどしく返事をした。
 
「ん……?」
 
 よくよく見れば、耳まで赤くなっている。
 透き通るような白い肌に、一瞬にして花が咲いた。
 ほんのり蒸気した額に汗がにじみ、サッと横分けにした前髪の下から、隠れていた綺麗な瞳が現れた。
 ズレた眼鏡を元に戻し、暑そうに手で扇いでいる彼の白い首筋からは、ゆっくりと汗が伝っている。

 心臓がドクドクと音を立てた。

「かっこいい……」

 勉強だけじゃなくて。
 授業態度や品の良さ、そういうのでもなくて。
 内側から滲み出る何かが、私を呼んでいる気がした。

 私たちはよく話すようになった。
 と言っても、私が一方的にだったが。勉強を教え合う時間は平和で、心が安らぐ時間だった。
 ほんの少し高鳴る胸は気づかれないように、わざとたくさん喋っていたのかも知れない。



 卒業の日を間近に控え、皆が帰った教室で私は彼に訊ねた。

「イヴァン、学校楽しかった……?」

「え?」

「私は楽しかったよ。イヴァンがいたから」

「……」

「イヴァンは?」

「そう……だね……」

 イヴァンは無口だ。
 授業中も指されたときしか喋らないし、日常会話に至っては必要最低限しか声を聞いたことがない。結構仲良くしているつもりの私でもだ。

「……」

 彼は黒板の隅に小さな文字で板書した。

 “僕もだよ”

 癖のない整った字だ。

「イヴァンは話したくないの?」

 勉強に関係の無い無駄なことが嫌いなのかも知れない。もしくは、何か理由があるのかも知れない。

「私、ウザかったかな? うるさかった?」

 彼は唇を結んだまま、慌てて首を横に振った。
 私はホッとして胸を撫で下ろした。

 太陽が傾きを増し、空はどんどんオレンジ色に染まっていく。

「寂しいな。会えなくなっちゃうのね」

「……」

 口を結んだままぎこちなく笑う彼の後ろから、西日が浴びせるように差し込む。灰色の髪が輝いて白銀みたいに見える。
 イヴァンと知り合ってからのこの数年間、とても充実していた。これは、ずっと心に決めていたことだ。
 私はゆっくりと深呼吸した。

「一生のお願い」

「うん?」

 イヴァンは机に頬杖をついたまま、首をかしげた。
 心臓がうるさく鳴り出す。

「あの……」

 胸の前で作った拳をぎゅっと握りしめる。

「子どもは、好き?」

「……え?」

「好き……好きだよね? あっ、別に嫌いでも大丈夫なんだけど、一応確認していた方がいいかなって、論理的に……」

「どうしたの?」

「イヴァンにはその……迷惑はかけないから……」

「ローズ?」

 イヴァンは私の顔色をうかがうように覗き込んだ。
 まずい、挙動不審すぎて心配されている。

「……好き……だと思うけど」

「良かった!!」

 私は思わず、彼の机に身を乗り出した。

「イヴァンの子どもを授けてください!!」 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件

こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...