シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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八話

「おめでとう! 元気な赤ちゃんだよ」

 月日が流れ、私は無事に子どもを出産することができた。
 どういうわけか、何の体調不良にも身体の重さにも悩まされず、妊娠してるのさえ気づかないくらいだった。食事を抜いてもへこむ気配のないお腹に慌てて医者を受診すると、すでに半年は経とうとしていた。

「本当ですか」

「ええ。ですが、お一人で育てられるのは何かと大変かと思います。幸い、帝都にはサービスがたくさんありますので上手く利用してくださいね」

「心配ありません!」

 私は渡されたパンフレットを裏返した。

「ずっと心待ちにしていたんです」

 弾むような気持ちになって、スキップして帰ったことを覚えている。

「ありがとうイヴァン」


 
 生まれた赤ちゃんは、ぱっちりとした瞳でとても愛らしかった。
 人差し指を差し出せば小さな手のひらでぎゅっと握り返し、小指を出せば小鳥のように口をすぼめた。

「わぁ……!」

 小さくてふわふわですべすべ。
 黒い瞳はガラス玉のように透き通っていて潤んでいる。
 ずっと待ち望んでいた我が子の存在に胸がいっぱいになった。窮屈な前世の人生で、娘はいつだって私を笑顔にしてくれた。またこの腕に抱けるなんて夢みたいで、目尻に涙が浮かぶ。

「はじめまして、これからよろしくね」

 心の奥が、じんわり温かくなっていく。
 そっと抱き上げれば、赤ちゃんはふにゃふにゃと微笑んだ。

 そうして私は、以前イヴァンから言われたことなどすっかり頭から抜け去ってしまったのだった。

 “僕の性質を継いでしまったら、慌てないで抱きしめてね”

 ◇◇◇

 イヴァンが危惧していた秘密は、私の生活を大きく脅かすものになったのだ。


 住み慣れた帝国の中心部を離れ、北部の住宅地に越して来てもうすぐ一年。
 在学中からコッソリと家事スキルを磨き、卒業してからはハウスキーパーとして働いてきた。出産後も変わらず、大きなクレームもなく続けさせてもらっている。
 私は息子にリュシアンと名付け、二人での生活が始まった。

「はい、ごちそうさま!」

「まー!」

 リュシアンにオレンジを混ぜたミルクがゆを食べさせ、私は急いで食器を下げた。
 今日は街の手芸屋さんにベビー用のガーゼを買いに行く予定だ。狙っているのは、ゴシック模様をあしらったオフホワイトのダブルガーゼ。
 ハウスキーパーの仕事先に伺ったときの話だ。
 ハンカチと間違えて持ってきてしまったスタイが私の手作りだと知ると、お客様である男爵夫妻に同じ生地で女の子用を作ってくれないかとお願いされたのだ。
 リュシアンは男の子だから女の子の服には全く縁がない。私は二つ返事で、ぜひやらせていただきます、と鼻息荒くしたのだった。


「こんにちは」

 入り口のベルがカランカランと鳴る。
 商店街の片隅にある手芸屋さんの扉を開けると、色とりどりの布地や糸、小物作りのための材料がところ狭しと並んでいる。

「知人の娘さんに可愛いスタイを作ろうと思ってるの。おすすめはどれかしら?」

「あら、良いわねぇ。小さい子の縫い物は気分が上がるわよね! そうねぇ……この辺なんか、端が格子柄になってるからブレずに縫いやすいんじゃないかしら」

 店主の女性は、腰をかがめて棚の下段に手を伸ばした。しかし曇り空も相まってか、積み上げられた生地はよく見えなかった。

「暗くて分からないわねぇ……。ランプ持って来るからちょっと待っててね」

 そう言うと、店の奥へ戻って行った。
 リュシアンは私に抱っこされたまま女性をじっと見つめている。

「すぐ来るよ。お利口さんに待っていようね」
 
「あー……」
 
「ん? どうしたの?」
 
「あー」

「リュシアン?」

 リュシアンは私の声に耳を貸すことなく、女性の後ろ姿を一点に見つめている。
 そういえば先ほどから、彼が瞬きしていないような気がした。澄んだ黒い瞳の中が、炎が宿るように揺らめいだ。

 ──あ、ヤバい! 来る!

 私は知っている。
 リュシアンの瞳が一瞬金色に輝くとき、魔法が発動されるって。

 強い閃光がカッと、彼を囲むように広がった。

「きゃはーーっ!」

「きゃあっ!?」

 辺り一帯がパアッと明るく照らされた。
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