シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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九話

 閃光は一瞬強く光ったあと、何事もなかったかのように薄暗い部屋に戻った。リュシアンは満面の笑みを浮かべ、パチパチと手を叩いている。

「きゃはっ、キャッキャッ!」
 
「リュシアン……」
 
「な、何事!?」
 
 ランプを抱えた店主さんが、大慌てで戻って来た。
 
「す、すみません。この子、実は魔法が使えるんです。でも魔力の調整が未熟で。たまに今みたいに暴走しちゃうんです」
 
「なぁんだ。そういうことね! ……って、魔法!? 魔法が使えるのかい!?」

「あはは、少し……」

 魔法使いは激レアだ。
 親である私も、初めて見たときは目を丸くした。
 まさか自分の子が、魔法を使えるなんて思ってもみなかった。

「そりゃ大変だ」

 店主は店の周りをキョロキョロ見渡し、私たちをサッと店の奥へ誘導した。

「拐われないように気をつけなよ。魔法使いなんて、喉から手が出るほど欲しい人材だからね。ましてや坊っちゃん、まだ幼い。年寄りでも女でも、誰でも誘拐できでしまうからね」

 私はゴクリとつばを飲み込んだ。

「用心します……」

 代金を支払って布地を受け取り、私はそそくさと手芸店をあとにした。
 外に出れば、商店街に居合わせた人たちは皆、一様に顔を見合わせているところだった。

「なんだ、今の?」

「雷でも落ちたのか?」

「目眩でもしたんじゃねぇの?」

 騒然としている人混みの中を、私は駆け足で通り過ぎる。魔法だってバレないか冷や汗だ。

「あーい!」

 リュシアンが、私のことをキラキラした眼差しで見つめてくる。褒めて欲しそうに期待している。

「そんな可愛い顔したって騙されないからね。リュシアンが強いのは分かってるから。良い子にしてて、お願いだから」

「らー!」

 リュシアンは手をかざして、線香花火のような稲妻を出した。路地裏に自生している雑草がチリッと燃える。

「……話聞いてる?」

「る!」

「あはは、嘘。聞いてないでしょ、この~!」

 身体をくすぐると、リュシアンはまた甲高い笑い声を上げた。

 ◇◇◇

 光柱が上がったことは、すぐに国中の噂になった。
 昔、まだ魔法使いが多かった頃はあちこちで見られた光景だったものの、いつしか目にすることはなくなり、魔法だと分かる者はほとんどいなくなってしまった。

「クラベルさんも見たかい? すごく眩しかったよね」

 お得意様であるカルメル男爵にも問われ、ドキッとして振り向いた。

「あれ、わたしは魔法だと思うんだよねぇ」

 だが、察しが良い人も中にはいるのだ。
 私は心臓をバクバクさせながら、男爵の声に耳を傾ける。

「ソ、ソウナンデスカネ……」

 男爵は優しくていい人だが、バレてはいけない。
 貴族はどこにコネクションを持っているか分からない。身分の高い人の耳にでも入ったら、お金のない私なんか敵うはずがないのだ。

「ああ。確か……ここにあったかな」

 男爵はソファから立ち上がると、本棚から一冊の本を抜き出した。

「魔法学の授業。私は好きでね。ほら、まだ教科書取ってあるんだ」

 男爵はパラパラとページをめくり、数式を組み合わせた難しい文字列に頬を緩めている。

「うんうん、この難解さ懐かしいなぁ」

「私は苦手でした」

 イヴァンに教えてもらわないと、きっとついていけなかった。

「……あった、ここだ。“建国後五十年は、色のついたつむじ風や彫刻のような氷塊、空へ昇る龍を模した炎などが至るところで見られた”だって。ほらほら、さっきの魔法だって」

 男爵はまるでおとぎ話のように私に語って聞かせた。私にとっては世話が焼ける厄介な能力だけど、ありがたがる人もいるのだ。

「キュンとくるよね。伝承の中の存在でしかない魔法が、この目で見られるなんて」

 男爵は顔を紅潮させ、瞳を輝かせた。

「魔法と決まったわけじゃ……」

「いいや、魔法だね! 私はあんな光を今まで見たことがない。太陽の自然な光とは異なる人工的な光だった!」

 楽しそうに胸を躍らせる男爵を前に、私は否定することを諦めた。

「じゃあ、そういうことにしますよ」

 リュシアンの魔法を初めて見たときの私も、興奮が冷めずになかなか眠れなかった。男爵の気持ちが理解できるからだ。

 けれども……

「魔法使いって、見つかったら捕まえられちゃうんですかね」

 私の懸念は晴れない。
 大事な息子の手を、まだ放したくはないのだ。
 男爵は首をかしげ、記憶をたぐり寄せていた。

「ん? んー、そうかもなぁ。今の王子サンは魔法が使えるって話だけど、まだ小さいから。王子の代わりに国家任務にあたるかも知れないな」

「国家任務……?」

「つまりは、お国のために命をかけるってことだ。重要人物を危険に晒すわけにいかないだろうからなぁ」

「……」

 リュシアンの行く末を案じ、顔がこわばった。
 彼だって魔法使いになりたくてなったわけじゃないのに、重責が重くのしかかる。
 私は固く唇を結んだ。
 リュシアンが魔法を使えることは、絶対に広めちゃいけない。今まで以上に気を引きしめないと。


 男爵の妻子が帰宅し、私は入れ替わるように帰路についた。一階はすでに明かりが灯り、リュシアンが大家の子どもたちと遊ぶ賑やかな声が聞こえてくる。

「ローズリーヌです。ただいま帰りました。見守りありがとうございました」

 緊張感がほぐれて私は頬を緩めた。
 玄関の扉を開けると、すぐそばに大家のジェニーさんが立っていた。

「ローズちゃん、あなたにお客様よ」

「え?」

 こんな時間に誰だろうか。
 学園は都市部にあり、旧友たちのほとんどは帝国の中心街で働くか、もしくは近隣の家業を継いでいる。北部の田舎町に移住した変わり者など私しか知らない。
 わざわざ、観光に来るような場所ではない。

「ここで待っていてもらってたから」

 見れば、隣家との通路に壁に添うように置かれている長椅子に、騎士服を着た男が腰を下ろしている。

 男は私に気がつくと、勢いよく立ち上がった。

「ローズ!!」

「え?」

「お前、なんでこんなところにいるんだよ」

 よく知った顔である。
 元クラスメイトで、私やイヴァンにしつこく絡んできていた男だ。

「アンドレ……?」
 
 ブラウンの騎士団の制服を身に付けたアンドレが、軒先で仁王立ちしていた。 
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