シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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十話

「何故アンドレが私の住む街に……」

 言いかけて、面倒事を起こしたくはなくて口をつぐんだ。同じ家に大家さん一家も住んでいるのだ。平和な暮らしに、水を差すようなことはしたくない。
 そもそも、どうやって私の居場所を見つけたというのか。胸がザワザワと騒ぎ出す。気味の悪い気持ちを押し殺して、私は引きつったように笑いかけた。
 
「久しぶりね」
 
「卒業して以来だから一年ぶりくらいか? どう? オレツーブロにしてみたんだけど。似合う?」

「まぁ……そうだね」

 私はぶっきらぼうに答えた。アンドレはガッツポーズして喜んでいるように見える。お世辞と本音も見分けられないなんて、幸せな人間である。

「で、何の用?」
 
「つれないなぁ。お前に会いに来たに決まってるだろ」

 アンドレは短い前髪をかきあげて右手を差し出した。手を握ればいいのだろうが、あいにくそんな気分ではない。私が躊躇していれば、即座に手を引っ込めた。

「……と言いたいところだが、お前に会ったのは偶然だ。見回りに来ただけだ」

「見回り?」

「あぁ」

 アンドレはキョロキョロと周辺を見渡した。
 住宅街の様子はいつもの夜と変わらず、家に帰る人たちがポツリポツリと歩いているだけだ。

「この辺りで稲妻のような電流が走った、って報告があって、駆けつけて来たんだ」

 思わぬ言葉に、心臓がドキッと跳ねる。

「オレは騎士団の警備隊だからな。ケガ人がいないか、建物が壊れていないか確かめる必要があるだろ」

 アンドレは住宅の壁をトントンと叩いた。

「ま、大丈夫そうだけどな。何かあったらオレに言えよ!」

「……ははっ」

 乾いた笑いしか出ない。
 もちろん、稲妻を放出したのは正真正銘私の息子のリュシアンである。

「と、遠くからでも見えたんだね」

「結構みんな見てるぜ。オレは部屋ん中で作業中だったから知らねぇけどよ、ここ最近じゃ一番の威力の光だったらしいじゃん」

「へ、へぇ……」

 私は言葉を噛みながらごまかした。男爵のように、魔法を疑っている者も少なからずいるはずだ。
 私は組んでいた指をソワソワと動かした。

「私も見てみたかったわ。ちょうど料理中だったのよ」

 適当に言い訳して作り笑いをした。
 胸が締め付けられる。

 こんなに目撃者がいるなんて思ってもみなかった。
 リュシアンの存在がバレるのも時間の問題だ。
 生まれてすぐの頃は弱々しい魔法しか使えなかったのに、生後半年も経てば軽い物なら浮かせられるようになったし、八ヶ月の今はそこそこ大きな物の浮遊や超常現象も引き起こすことだって可能だ。

 この調子じゃ、リュシアンはきっと大魔法使いになる。
 そうなったら、私じゃ支えきれない。
 どうすればいいんだろう。誰に助けを求めればいいんだろう。

 家からはリュシアンの高い笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。
 彼と人並みに平凡に暮らせれば、充分幸せなのに。

 声のする方にちらっと目を向ければ、その瞬間をアンドレは見逃さなかった。

「ローズ、今は何してんの?」

「仕事の帰りよ。客先からちょうど戻ったばかりだったから、こんな格好で悪いわね」

 今日は大家さんの娘のお下がりのシャツと、汚れてもいい、くすんだベージュのロングスカートを履いている。子どももいる今、おめかしして出かける機会なんかほとんどない。普段着があれば充分だし、豪華な服なんて置き場所にも困る。

「ふーん?」

 アンドレはジロジロと私の姿を眺めている。

「な、何よ」

 私は思わず後ずさりした。

「いや、なんか貧乏な暮らししてんなーって」

「すみませんね。貧乏で」

 そりゃ、学生時代に比べたらいい食事をしているとは言えないけど、あの頃は両親の庇護下にあったからあんな暮らしができたのだ。自立して生きていくということは、多少生活水準が落ちて当たり前だ。
 私は頭の中で自分自身に言い聞かせたが、アンドレはわざとらしく大きなため息をついた。

「可哀想にな」

「……は?」

「だって。そりゃそうだろ。学年二位で才色兼備とうたわれていたあのローズが、こんな辺鄙な町で細々と暮らしているなんて、当時じゃ考えられねぇだろ」

「辺鄙じゃないわ。結構いい街よ」

「帝国本部役員やお偉いさんの秘書だってスカウトが来てたって噂だったのに全部蹴ったんだろ。あぁもったいねぇ、もったいねぇ」

「……」

 手が出そうになるのを堪えて、スカートの端を握りしめる。私は今のリュシアンとの暮らしに満足しているのに、下に見ないで欲しい。

「何しようと私の勝手でしょう。人の生活に首を突っ込まないで」

「おぉ、怖い怖い。そんなところも可愛いぜ」

 アンドレは投げキッスをした。
 全く、何しに来たのか。顔を見に来ただけならとっとと帰って欲しい。


「どーん!」
「や、やられたぁー!」

 家の奥で子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。
 仕事のある日は料理や洗濯は大家さんが担当してくれるが、洗い物やお風呂は私が受け持っている。
 早く帰って、リュシアンにご飯を食べさせなきゃ。

「何をしても、ローズはローズだな!」

「え?」

 突然、アンドレがクスッと吹き出した。

「変わらなくて安心したよ。ここで出会えたのも何かの運命……オレたちはまだ始まっていなかったんだ」

「何を言っているの?」

 嫌悪感が湧き上がる。

「窓の内側で手を振っている子ども、あれは君の子どもだろう?」

「!?」

 私は焦って後ろを振り返った。
 だが、窓際で手を振っているのはリュシアンではなく大家の子どもたちであった。

「子どもなんていないわよ」

 私は怪しまれないように息を吐いた。
 心臓がバクバクと音を立てている。よく考えてみれば、リュシアンはまだバイバイができない。彼であるはずがないのだ。

「違うの? こんなところに引っ越してくるなんて、絶対訳アリじゃん。中心部あっちじゃ人の目もあるし、居づらかったんだろ?」

「勝手なこと言って」

 子どもがいるのは本当だが、引っ越したのは人目を気にしてのことではない。帝都はにぎやかで何でもそろってるけど、ビジネスや観光の街だ。物価も家賃も相場より高く、子どもと二人で住むような素朴な街ではないからだ。

「そっくりね」

「誰と」

「……知らない人」

 アンドレの言動は前世の夫とつい重ねてしまう。
 何を根拠に相手の気持ちを読めるというのだろうか。人はひとりひとり違うのに、自分のものさしで決めつけるのだ。

「アンドレ、私のことは大丈夫。もういいから帰ってくれる? 騎士団の門限に間に合わなくなるよ」

 渋るアンドレの背後に回り、グイグイと背中を押した。騎士団員として鍛えていると思っていたのに、ぶよぶよしていてあまり固くない。

 ……気持ち悪い。

 ふと、対照的なイヴァンのことが頭をよぎる。
 彼の背中は想像していたより筋肉質で、それでいてすべすべしていた。お化粧をした女の子のように肌が白いのに、私を軽々と持ち上げてしまう力強さ。

「……」

 私は思わず、物思いにふけってしまった。
 こんなことしてる場合じゃなかったのに。

「まぁまー!」

 聞き慣れた声が、夜の街角に広がった。
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