シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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十一話

 もういちど窓の方を見ると、閉めていたはずの窓が開いている。
 大家の子どもたちの中に混じって、見知った顔が。

「リュシアン!?」

「まま!」
 
 リュシアンは声を上げて手を叩いている。
 
「リュシアン、あなた、今ママって言ったの?」
 
「うん! 言えるよ! きのうから言ってた! ぼく聞いたよ!」
 
 リュシアンの代わりに、子どもたちが答えてくれた。
 
「まぁ……すごいのね!」
 
 思わず、目の奥がじーんとする。
 ついこの間産まれたばかりと思っていたのに、もう赤ちゃんじゃなくなってきている。 
 
「そいつ、やっぱりお前のガキじゃねぇか」
 
 感慨にふけっている私の後ろで、アンドレはコホンと咳払いをした。

「あ、いや……これは……」

 顔がサァッと青ざめる。
 しかし、もう言い逃れはできない。
 旧知の人間にはできれば知られたくなかったが、仕方がない。

「……そうよ」

 ごくんと唾を飲み込めば、アンドレは窓際に数歩近寄って、リュシアンの顔をじっと観察した。

「……ふぅん……ねずみ色の髪の毛に、黒い目ねぇ……」

 顎に手をあてながら、何やら思案している。

「どこかで見たような気がするんだけどな……」

「!!」

 私は思わず息を止めた。
 リュシアンはパット見はイヴァンに似ているけど、肌の色は彼ほど白くないしいつもニコニコしていて愛嬌がある。無口なイヴァンとは纏うオーラが違うから、他人が見て分かるとは思っていなかった。

「お前、コイツの父親、オレの知ってるヤツだろ」

「そ、そんなわけないじゃない。こっちに来てから出会ったのよ」

「いいや、どこかで会ったね。お前にも恋人がいたとは知らなかったな」

「だから違うって」

 アンドレはしばらく考えていたが、やがて諦めたように後ろを向いた。

「イヴァン」

「え?」

「正直、第一印象はアイツだと思ったんだ。でもおそらく違うな」

 私は顔を上げて、アンドレに目を向けた。

「……違う?」

「え? 違うんだろ?」

「それはそうだけど」

 答えはイヴァンで合っている。
 アンドレは頭をボリボリ掻きながら、ゆっくりと息を吐いた。

「アイツ、こないだ町で見かけたんだが、別人みたいになっちまってたんだ」

「別人?」

 アンドレは頷き、何故か顔を歪めた。

「クソムカつくわ。あんなん、絶対モテるだろ」

 チッと舌を鳴らし、片足を小刻みに揺らしている。

「……ほら、それ、アイツだぜ」

 彼は少し遠くの掲示板を指さした。
 アルカナリア帝国の国民には、掲示板に貼り紙をして情報交換をする文化がある。
 アンドレは小走りで掲示板に向かい、掲示物の中の一枚をビリっと剥がして持ってきた。

「いいの? ちゃんと返しなよ」

「いいって。オレは国を守る騎士様だぞ」

 やむを得ず、私は紙を受け取った。
 アンドレが持って来たのは細かい文字がびっしり書き込んである新聞である。

「飼い主募集……?」

「違う。その下」

 猫の譲渡の記事の下には、貴族の領地視察の様子がイラスト付きで載っている。
 長い髭をたくわえた老紳士と妻、その息子と思われる人物が新規農業従事者に向けてアドバイスをしているところだった。
 イラストは人物が小さく描かれていて顔がよく見えないが、老紳士はもちろん、息子の方もイヴァンのようには見えない。
 美しく長い銀色の髪を後ろでひとつに束ね背筋を伸ばしている立っているし、にこやかな笑みを浮かべ農夫のことを見守る姿は、貴族らしい気品にあふれている。トレードマークだった分厚い眼鏡もない。
 
「これが……イヴァン?」

「どういうわけか」

 アンドレは私の手から紙を取り上げ、クシャクシャに丸めた。

「髪の色が変化し、視力も回復したともっぱらの噂だ」

 右手で高く掲げると、遠くへ投げ捨てた。

「クソ!」

 ビクッと肩が震えた。

「根暗眼鏡のくせに、女にチヤホヤされやがって! 調子乗ってんじゃねぇよ!」

 アンドレは大声で叫び、私は思わず両手を胸の前で握りしめた。
 彼は私が怖がっているのは気にも止めず、苛立ちながら話し続けている。

「だいたい女も見る目ねぇよな。髪の色が変化するとかありえねぇのに。あんなの、坊主にしてカツラ被ってるに決まってんのに」

「……」

「あ……そうすると、坊主じゃなくてハゲを気にしてんのかも! だからわざとスキンヘッドにして、ズラを被りやすくしてるんだな! そうか、そういうことか!」

 そうなのだろうか。
 まぁ、別に髪がなくてもたいした問題じゃないけど。
 アンドレはひとりで腹を抱えて笑い、思い出したように指を鳴らした。

「ねずみ色のくすんだ髪も黒い瞳も、珍しいがいないわけじゃない。第一、何らかの技術でガチで色を変更できるなら、最初からそうするって話だろう。そうしなかったということは、する理由がなかったってことだ。お前と恋人になりたいとは思っていなかったんだ。父親は別だ」

「……」

「カッコつけてまで落としたい相手ができたんじゃねぇか? ぷぷ、ウケる」

「……」

 好き勝手言うアンドレに、だんだん腹が立って来た。
 どうしてそこまでイヴァンを目の敵にするのか。もう卒業してほぼ会うことはないのに、いつまでも固執して馬鹿みたい。
 リュシアンの父親は、紛れもなくイヴァンだ。
 魔法使いは記憶力が優れていると聞く。父親の悪口をこれ以上聞かせたくない。

「彼と私たちは生きる世界が変わったのよ。文句言っても何にもならないわ。用が住んだら騎士団の寮に帰った方がいいわ」

 私は踵を返し、アパートのドアを開けた。

「あっ、ちょっ! 待ってくれよ、ローズ!」

「……何か?」

 睨むように見上げると、アンドレはスッとしゃがみ込み片膝をついて頭を垂れた。
 道行く人々が何事かといったようにこちらを見ている。
 アンドレは片手を私の前へ突き出し、手のひらを広げた。

「喜べ、子どもごと丸ごと愛してやる。オレが嫁にもらってやるぜ」 
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