シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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二十一話

 混乱の中、リュシアンは楽しそうに何度も手を叩いている。
 
「きゃあっ! きゃはは!」

「リュシアン、やめなさい!」
 
 公園にいた人たちは慌てた様子で逃げ惑っている。竜巻を起こした犯人は間違いなくリュシアンだ。
 
「止めないと!」
 
 私は咄嗟にリュシアンの手を握りしめた。
 以前、イヴァンが同じようにして魔法を止めていたのを覚えている。これ以上皆を怖がらせたり被害を出してはいけない。
 
「うぅ~!」
 
 しかしリュシアンはイヤイヤと首を振って唸った。
 竜巻の威力は衰えず、むしろ彼の悔しさを受けて強く、速くなった気がする。強化された竜巻は、公園の中を縦横無尽に行き来している。テントは飛ばされ、店に陳列されている果実や飴があちこちへ転がっていく。
 
「変わって!」
 
 様子を見ていたイヴァンが、リュシアンを抱き上げ、リュシアンの視界を手で覆った。

「タオル欲しかったよね、遊びたかったね。ごめんね」

 胸へうずめるように、リュシアンを抱き寄せると、地をクルクルと移動していた大きな竜巻は、ピタリと動きを止める。

「トラヴェルセ」

 イヴァンは小さく呟きながら、宙に指で弧を描いた。瞬間、竜巻は孤の位置でスパッと上下に真っ二つになり、上の竜巻は霧雨のように消え失せた。下の根元の部分も揺らめきながら徐々に消失していったのである。
 人々は少し離れた場所から固唾を呑んで見守っていたが、竜巻が消えるとわぁっと歓声を上げた。ひとりが拍手をすると、次々と大きな称賛の音が鳴り響いた。

「あんたすごいなぁ! 今の魔法だろ!?」

「え? いや……そんな、すごくは」

「充分よぉ! あたし魔法なんて生まれて初めて見たわ!」

 イヴァンはあっという間に人々に取り囲まれ、質問攻めだ。

「いつから?」

「……う、生まれたときからです……」

「モテるだろう? 顔も良いし、こんなん使えるんだもんなぁ! 女を選び放題だろ?」

「モテないですよ」

 人という人で溢れかえり、私とリュシアンは蚊帳の外になってしまった。

「わぁ……」

「ぱ……」

 ようやく落ち着いたリュシアンの隣で、私は呆気に取られて立ち尽くした。

「イヴァン、なんだかすごい人みたい」

 心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

「……あ、優秀なのは前からか……」

 イヴァンは秀才だ。
 数学も外国語も堪能で、物理学も難なくこなす。魔法なんか使った暁には注目の的になることは予想できたのに、チクリと胸が痛む。彼のカッコいい一面を知っているのは私だけだったのに、あのお姉さんもそっちの奥さんも知ってしまった。
 地味眼鏡と呼ばれた学生の頃と比べれば、みんなに理解してもらって嬉しいはずなのに、何故か心にモヤがかかる。

 輪の中心にいる彼と目が合う。
「たすけて」と言っているようだったけど、プイッと目を反らしてしまう。
 
 すごい人なんだからひとりで対応できるでしょう?そんな気持ちが、渦巻いてしまうのだ。


「お母さん、これ、食べていい?」

「だめよ。落ちたものは食べちゃだめ。お腹痛くなっちゃうよ」

 ふと、後ろで親子が会話する声がした。
 イヴァンやリュシアンの魔法に気を取られていたが、足元にはりんご飴が散らばっている。

「え?」

 見れば、テントはあちこちで吹き飛び、公園には食べ物や雑貨が散乱している。 

「あ、やば……」

 私は一気に血の気が引いた。
 緊急事態である。
 お祭りを楽しんでいるどころではない。

「イヴァン。私、責任者の人に謝ってくるね。迷惑かけてごめんなさいって」
 
「待って、ローズ。僕も行くよ……え? サイン? サインなんてそんな滅相もない……」

 イヴァンに大声で告げ、私は人だかりを掻き分けて走った。負傷者がいないから良かったものの、ただでは済まされない事態である。


 本部のテントでは、数人の男性たちが話し込んでいた。

「あのー、すみません」

 声をかけたが、聞こえていないようだ。
 私は近寄り、もう少し大きな声で呼ぼうとした。
 
「あの」

「ガキだろ?」

 しゃがれた男の声に、私は動きを止めた。

「あぁ、あれは普通の災害じゃないね。人為的に作られたものだ」 
 
「オレもそう思う。あの突風、ガキの周りだけは避けたよな」
 
「あの若い男のガキだろ? 似てっし。あいつは誰だ?」
 
「さぁ? 貴族じゃねぇか?」

 男たちはイヴァンの方を見て、各々が頷く。

「十中八九そうだろうな。良い服着てんなぁ。お貴族様は格が違いますな」

「富は平等に分けなきゃなぁ」

 意地悪そうにニヤニヤと笑った。

「おい、あの男の周辺を調べろ。金になりそうな物をあぶり出せ」

 嫌な予感がする。
 冷静にならなきゃいけないのに、鼓動がどんどん速まっていく。

「こんなところにボディーガードも付けずに来てる男だ。よっぽど警戒心が薄いんだろうな。あいつが留守の間にいっちょ稼ごうぜ」

「でもよ、ガキはどうすんだ? あいつが不在でもガキはいんだろ。ガキだって手に負えねぇぞ」

「バーカ、そっちがメインだろうよ。物色したあとでガキをさらい、金を要求するんだ。ま、もちろん返しはしねぇけどよ。オレたちの優秀な手下に育てるんだ。パシリでも裏切り者でもラスボスでも、使い道に困りはしねぇからな!」

「!!」

 私はゆっくりと後退りし、人混みの中で駆け出した。

 リュシアンがさらわれるかも知れない!
 それに、イヴァンも危ないかも知れない!

 二人の元に向かいながら、色々なことが頭を巡った。
 貴族のイヴァンと一緒にいるから目をつけられるのだ。離れて暮らせば、普通の赤ちゃんとして注目されることもないんじゃないか。
 リュシアンは魔力が暴走して危ないし、本当は人里離れたところで暮らすのが得策なのかも知れない。何も無い田舎なら、魔法を自由に使わせてあげられる。制御できなくても、大した問題にはならない。魔力を無理に抑えるよりも、たくさん使わせてあげた方が、リュシアンにとって良いのではないか。
 平和に暮らせるんじゃないだろうか。

「……」

 魔力制御の訓練をしようと声をかけてくれたイヴァンには申し訳ないけれど、リュシアンもイヴァンも幸せになるには離れた方が良いのかも知れない。
 私は涙を堪え、口をきゅっと結んだ。

「君!」

 走る私の肩を、誰かが思い切り引っ張った。
 先ほどの男たちとは別のふくよかな男が、冷たい眼差しを私に向けた。

「君、あの子の母親だよね? うちの店どうしてくれるの? 弁償してくれるんだよね」

「あ……」

 ゴクリと唾を飲み込む。
 リュシアンの暴走による被害は、私が想像していた以上にはるかに大きい。
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