シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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エピローグ(二)

 結界を張ったイヴァンが、駆け足で階段を降りてきた。
 
「どうしたの? 結界なんて……」
 
 少年の顔を見た彼は、驚いて目を丸くした。

「ニコル王子!!」

 ニコル王子は帝国の王族で、王位継承権第二位の第二王子である。私と同じ学園の中等部に所属しているという噂だったが、歳が離れていることもあって名前しか聞いたことがなかった。
 イヴァンは王子に近寄ると、少し腰をかがめて声をかけた。

「王子、どうしたのですか」

「……取り乱してすまない。ただ、ちょっとな」

 鼻をすすりながらイヴァンに泣きつく姿は、グレーの髪ということもあって兄弟のようだ。

「性交をした」

 イヴァンはガクッと膝から崩れ落ちたが、すぐに違和感に気づいた。

「ん……? それで……そのお姿ですか?」

「……」

「恐れ入りますが……最後までやりました? 中折れしたりしませんでした?」

「坊っちゃん」

 執事が低い声でたしなめる。

「したよ……」

「ちゃんと中に出」

「坊っちゃんいい加減にしてください」

 話のわかる執事で助かる。
 王子は下ネタに過剰に反応することなく、がっくりと肩を落とした。

「結婚すると魔力が制御できるって言われてるだろ。だから早めにと思って、婚約者に頼んだんだ。嫌だったら無理しないつもりだったけど、ぼくの婚約者はぼくより年上だし、わりと好意的だったから……良いかなって……」

「王族ってそのへん緩いのね」

「そのようですね」

 こっそり執事につぶやく。

「でも、何も変化がないんだ。髪も瞳の色も、魔力の流れも。悲しくて、協力してくれた彼女にも申し訳なくて……感情がたかぶって、庭園を爆発させちゃったんだ」

 王子はしょんぼりと語った。

「フェリクスが元通りにしてくれたから良いものの……」

 そういえばイヴァンは数日前に王城へ呼ばれていた。城の関係者の説明では、兄弟げんかが激しくてヒートアップしてしまったということだったが、実際は魔力暴走だったのか。

「王子……」

 王子は見るからに項垂れて元気がない。
 王子と言えども、私より年若い少年である。なんとかしてあげたい。

「あっ」

 ふと、学園の図書室に魔法についての本がたくさんあることを思い出した。私は魔法が使えないから授業に関することしか覚える必要はなかったけれど、魔力のある王子なら活かしてくれるのではないか。

「私、ちょっと出かけてきます!」

「えっ?」

「ローズ!?」

 フェリクス侯爵家は学園からさほど離れていない。
 公園を抜けて教会を通り過ぎ、見覚えのある建物の前に着いた。

「ごめんなさい、少しだけ王立図書館を使わせて欲しいのだけど」

 私がお願いすると、門番は快く入れてくれた。

「便利ね……イヴァンて」

 私ではなく、貴族であるイヴァンの顔パスである。
 学園には帝国の有力者が読むような歴史ある書物もたくさん所蔵してあるのだ。私は階段を降りて、普段は入ることのできない閉架書庫へと足を踏み入れる。所々にランプの灯りが揺れているだけで、薄暗く静まり返っている。

「気味悪いわね……なんだか、闇風俗店みたい」

 客の男は、なぜか本番を嫌がっていた。
 おかげで私の身体は穢されることはなかったけど顔も見せてくれなかった。前世の夫のモノよりも遥かに大きく、イヴァンにひけを取らないくらい立派な象徴を持っていたのに、私の裸さえ見ていない。
 おそらく、絶対に見られてはいけない人物だったのだろう。奥様がいらっしゃるとか、国の重鎮とか。
 
「……すごく名の知れた有名人だったんだわ……」

 私は今さら恐怖におののき、切り替えるように首を振った。

「やめましょう、この話は。王子が困ってるわ」

 身長よりも高い本棚を見上げた。
 幾何学模様の描かれた本の背表紙がズラッと並び、繊細な表現にうっとりする。
 閉架書庫は学生には解放されていないため、私も入るのは初めてだ。イヴァンが現存唯一のプロの魔法使いであり、妻である私は正しい魔力回路に導いた人物だから入ることを許されたにすぎない。

「イヴァンに感謝しなくちゃね」

 古い紙とインクの匂いが閉ざされた室内に広がっている。私は該当のテーマの書籍を探しながら、ゆっくりと歩いた。

「あった、多分これね」

『魔法使いの歴史と発生について』を引っ張り出し、パラパラとめくった。紙は細かい字でびっしり埋め尽くされ辞書のようだ。前世との言葉とは全く違う文字をしているのに、いつの間にかこれが普通になって難なく読めるようになった。
 私はもう立派な、こちらの世界の人なのだ。

「『婚姻による魔力制御』、……何々? 王族にのみ継承される魔力は、しばしば制御不能となる。治療法は血族ではない者との婚姻のみ。イヴァンが言っていたことと同じね」

 私はページをめくる。

「しかし、制御が出来ぬまま一生を終える者もいる……えっ!?」

 思わぬ言葉に、私は震え上がった。

「強すぎる力ゆえ、地下牢で隔離される。過剰魔力により、三十まで生きられない……」

 なんてことだ。性行為をしたところで、効果がない者もいるのだ。
 ということはニコル王子は危ない。このままいけば魔力が溜まり過ぎ、一人さみしく死ぬのを待つしかなくなってしまう。

「どうしよう、何か対策は……!」

 私は近くの本を手当たり次第に漁った。
 帝国にとって大事な王子である。失う訳にはいかない。


 夢中になった私は、日が落ちるのもすっかり忘れて読みふけっていた。

「何か他に理由があるはずよ。王子の年齢とか、アレルギーのような体質とか」

 分厚い本を何冊も引き出しては、膝の上に広げて読んだ。

「『禁忌・黒魔法』違うわね……」

 目についた題名をすぐさま読み、床には何冊もの本が積み上げられていた。
 読むのに集中するあまり、本を抜きすぎてしまった。本棚のバランスが崩れ、ゆらゆらと棚が傾き始める。

「え? ま、ちょっと待って……!」

 咄嗟に両手で受け止めるが、数メートルある大きくて長い棚は、私の腕じゃどうにもならなかった。

「待って、きゃぁーーっ!!」

 支えるのをやめ、私は頭を必死で守った。
 やばい、どうしよう。
 なんと言って謝ろう、というか、私生きているのかな。本棚に潰されて死ぬかも知れない。

 そのとき。
 閉ざされた書庫の扉が開き、奥の光が漏れ出した。コツコツとこちらへ向かってくる靴の音が二つ、遅れてペタペタと歩く足音がひとつ。

「イヴァン! ニコル王子! ……リュシアンも!」

 王子は書庫に向かって風魔法を放ち、棚が倒れるのと本が床に叩きつけられるのを防いでいた。イヴァンは彼の魔法をコントロールし、棚を元の位置に戻し、本同士がぶつからないように浮かばせている。

「良かったぁ……」

 私はホッとして腰が抜けてしまった。

「ローズには心拍数と位置情報を知らせる魔法をかけているからね。危険が迫ったらいつでも飛んでいける仕様だよ」

 イヴァンはにっこりした。
 若干ストーカーみを感じるが、気にしないことにする。

「ありがとう、王子もありがとうございます」

 頭を下げると、王子はいやいやと手を振った。

「いや、とんでもない。自分でも驚いている。魔力制御出来ないぼくの力でも役に立つことがあるんだな」

 目を丸くして、自分の右手を見つめている。

「もちろんです。魔力がある、それだけで神さまに選ばれた存在ですから」

「ふむ……」

「むー!」

 リュシアンは王子の真似をして手を掲げ、宙に花が舞った。よく見るとスミレの押し花で、白い紙に糊で貼り付けていた跡があった。

「誰かが栞代わりに挟んだのかしら」

 近くの開かれた本を手に取った。

「“魔力は性行為によって操ることが可能になる。ただし、効力を発揮するのは真実の愛にのみ”」

「えっ」

「みー!」

 身体中から顔に熱が集まってきた。

「し、真実の愛……?」

 つまり、心から愛し合う必要があり、教室で事に及んだときの私とイヴァンは条件を満たしていたということだ。
 身体が燃えるように熱くなった。

「そっか……そうだったんだね」

 イヴァンは堪え切れずに口角が上がっている。

「それならばぼくも、悲観するのは終わりにする」

 王子はうってかわって、キリッとした表情になった。

「今はまだその時じゃないんだな。もっと大人の男になる。必ず彼女を幸せにしてみせる」

 私は耳まで真っ赤になって、広げた本で覆い隠した。

「応援しています、王子」

 アルカナリア帝国の未来は、きっと明るい。
 私たちは笑い合った。
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