黒薔薇の棘、折れる時

こだま。

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奈落の底

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 廃墟の地下は、湿気と苔の臭いに満ちていた。
蝋燭一本の灯りが、古い石壁に揺らめく影を落とす。エドワードは壁に背を預け、毒に焼ける喉を押さえた。

――まだ、身体が重い。微量の毒でもこれだ。筋肉を麻痺させるものか?

 解毒はアリスが持ってきたものでなんとかなったものの、まだ回復とは言い難い。アリスが差し出すのは、父からの書簡と、古びた革装の記録。

「これが……リリアの記録か……?」

「はい。ガストン様が、命がけで届けてくださいました」 

 慎重にページをめくる。

リリア・フォレスト
生年:王暦1003年
母:王宮下級召使い(故人)
父:第三王子(秘匿)

――王族の私生児。

 幼少期は王宮の奥で密かに育てられたが、12歳の時、不穏分子に拉致された。秘匿事項であったため大きな捜索はできず、聖女として表に出てくるまで、捜索は細々と続けられていた。
 リリアの「聖女」の力は、黒い聖地の神体の欠片を体内に埋め込まれた結果のようだ。 エドワードは息を呑む。

――黒い聖地。

 公爵領の最深部、禁足の森。代々アルデンハイト家が封印してきた、古代の禁術の跡。父の病も、祖父の早逝も――全て、あの地の禍力による影響だ。我が家門は、黒き力の贄なのだ。

「だから俺は、無力化するために古代魔術を研究していた……」

 確か、リリアの父親になる第三王子は表向き国外へ行かれたままだ。万が一、不穏分子と関わりがあるなら、リリアを誘拐したのは、実父ではないのか。母親の死も何かあるのかもしれない。

  思考をめぐらすことで、目的が見えてきた。黒い聖地の神体の欠片と本体をリリアに同期させ、黒き力で王位を簒奪する。公爵領を乗っ取り、禁足地の封印を解き放つ。
「聖女」の肩書は、その為の偽りの仮面。

 「……なぜ私を?」

 アリスが静かに答える。

「エドワード様は黒い聖地に詳しい人物で、禁足地のある領の継承者。かつ、古代魔術の研究者。十分利用価値があったんです」

  エドワードは拳を握りしめる。

「『黒薔薇の悪鬼』の名を利用しようとしたか……」

 不思議にも、怒りよりも別の感情が胸に湧いている。

「悪にも存在価値はあったんだな」

 そう、口にすると腹から笑いがこみ上げてきた。

――リリア·フォレスト。面白い。『黒薔薇の悪鬼』の名にかけて、受けてたとう。

  その夜、エドワードは廃墟の祭壇に立ち。半分こわれた古い陣を再構築した。展開された陣から魔力が身体へと微かに脈打つ。

「父上……」

 書簡の最後にあった、父の走り書きをじっと見つめる。

『お前を信じる。黒薔薇は折れぬ』 

「これから、どうなさいますか?」

 アリスが傍らに立ち、エドワードの体調を気遣いながらも挙止進退を問う。

「……まずは、現状を把握し足場を固め、証拠を掴む」

 彼は立ち上がり、廃墟の奥へ。
そこには、黒い聖地へ続く抜け道のある隠し扉があった。

「リリアは、禁足地に必ず来る」 



 翌朝。王都は、さらなる騒乱に包まれていた。

「聖女リリアが消息不明! 犯人は黒薔薇の悪鬼か?」

 ガストンからもたらされた一報に、エドワードはほくそ笑む。リリアの動きが予想された通り。秘密裏に公爵領へ向かっているのだろう。

「黒い聖地の神体の破片は返してもらうぞ」

 禁足地の森の奥へ向う。付いてくるアリスに、

「来るな、戻れ」
 
 と強く命令するも、

「いえ、私も行かせてください。あなたを守ります!」

 少女は決意の瞳で、譲らない。

「勝手にしろ、何かあっても守ってやれないかもしれんぞ!」

 エドワードは内心、足手まといと思いながらも、引かないアリスに帯同を許した。

――奈落の底から、這い上がる。

 黒薔薇の棘は、容易く折れなかった。その強さは、まるで一輪の白い花を咲かせるためにあるかのように。
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