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6.豊かな国

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「お前の育った村の話をしてくれないか」
「もう何度目ですか、アズラク様」

 あんなに激しくわたしを組み敷いたとは思えないような穏やかな声で、アズラク様は言う。いつもそうだ。アズラク様は腕枕をしながら、わたしに故郷の話を強請る。

「仕方がないだろう。俺は雪を見たことがない」
 一生この目で見ることはないだろうからな、とその手はわたしの髪を撫でる。

「こんな色をしているんだろう?」
「そうですね」

 わたしの名前の由来は、この白い髪の色だと聞いている。今はもうこの世にいない母親が付けたものだ。

「本当に何もないところですよ」
 そう、何もないところだった。生きていくのに必要なものも、そうでないものも。
 作物もろくに取れない貧しい村だった。

「きれいだな」

 アズラク様はそっとわたしの髪に口づけた。こうしていられる時間が、わたしは一番好きだった。

 帝国の最初の王は、自分たちを攻めてきた軍勢から守るために力を求めたという。ところにより神とも悪魔とも魔女とも称される“それ”は、彼に人智を超えた力を与えた。けれど、その代償はあまりにも大きかったのだ。

 それからアズラク様達はずっと探している。
 彼らを救ってくれる『運命の乙女』を。

 その女は悪魔の一族を恐れず、そして彼女には殺戮の衝動も湧かない。その者と子を成せば、彼らはこの呪いのような宿命は終わるのだと。

 わたしはアズラク様が恐ろしくはない。その点で『運命の乙女』なのかもしれないと、彼は言った。

「どうした?」
「いえ」

 そうしてこの人とはじめて夜を共にした女がわたしというわけだ。それはなんだかとても誇らしい。

 不思議だったのは、毎夜毎夜卓上の皿に盛られる色とりどりの果物だ。とても一晩で食べ切れるような量ではない。どれもこれも村では見たことがなかった。

 この国は本当に豊かなのだと、そしてアズラク様はそれを用意することができるだけの身分があるのだと、これだけで分かってしまう。

「食べないのですか?」
「ああ、これか」

 そっとわたしの頭の下から腕を引き抜くと、アズラク様は橙色の果実を手に取った。アズラク様の手の中にちょうど収まるぐらいの大きさで、ころんと丸い。 

「三柑の実というのがあってな。幸せになれるという、縁起物だ」

 つまりこれは食べるためのものではないらしい。ただ飾っておくだけだなんて、想像もつかなかった。

「こんなものは欲しがるんだな。なに、食べてはいけないということはない」

 ずっと「欲しいものはないのか」と聞かれていた。その度にわたしは何も答えられなかった。よほど物欲しそうな顔でもしていたのだろうか。アズラク様はなんだかとても嬉しそうに笑っていた。

「望めば、与えてもらえるのですか」
 願って与えられないのは余計に苦しい。だから、わたしは望み方が分からない。

「俺にできることならな。どれがいいんだ?」
 どれを、と言われても。味も分からないし、食べ方だって分からない。

「食べたことが、ないので……」

 途方に暮れて敷布に寄った皺を見ていた。きっと何も物を知らない小娘だと思われているのだろう。実際、そうなのだけれど。

「そうなのか」
 アズラク様は真っ赤な果実を一つ取った。「俺はこれが好きだな」
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