私が抱き続けた彼は~時を超えるアンドロイドは運命の博士を離さない~

藤原ライラ

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「ねえ、オトハ。見て、桜の花だよ」
 私が再び目覚めたのは、また桜が咲くようになった世界だった。

 私を緊急停止させた後、博士は開発したナノマシンをドームの外に放ったらしい。
 それらはゆっくりと、土や空気を再生させていった。博士は、長い年月がもう一度、この世界を生き返らせてくれることを信じていた。

 やがて再起動プログラムで私は目覚めた。博士はあらかじめ、全てが終わってから私が目覚めるように計算していたのだ。

「こんなにきれいだったんですね」
 立体映像の花とは違う。本物の花が舞っている。

 隣に立つ男はいう。
「本当だね」

 博士とよく似た顔の、けれど違う人。

 あの時博士が私とセックスした理由。それは、私の“中”が一番安全で、確実だったからだ。
 人の胎内と同じように造られた私の“中”に放たれた博士の精は、ともに時を超えた。 

 そして私がいだき続けた彼は、ここまで育った。今ではもう、博士と同じぐらいの背格好だ。彼は舞い散る花びらを掴もうと、一生懸命に空へと手を伸ばしている。空の色は美しい青だったけれど、博士の瞳の方がもっときらきらと輝いていた。

 彼は、私の胎に保存されていた精子から造られた複製人間クローンだ。彼は博士と同じ遺伝情報をもつけれど、博士ではない。

 私と一緒に偽物の花を見たあの人は、もうこの世のどこにもいないのだ。


 ―――違うよ。君は、君だ。


 処理場まで私を迎えに来てくれた博士。その言葉の意味を、博士がいなくなってからやっと理解することができた。

 彼は、博士であって博士ではない。
 博士に会いたい。

 あなたが私の心に蒔いた種が芽吹いて、本物の花は咲くようになって、人工じゃない太陽の光が降り注ぐのに、あなただけがいない。

 人の気も知らないで、と毒づいてみたところで、私は所詮、人間ではない。

「すごいよね。毎年この時期になると同じ花が咲くってさ」
 頭の上を覆う桜の花を見上げながら、彼は言った。

「それは気温によるプログラムです。桜の花は起点日からの最高気温の合計が……」

 そこまで言って私は、気づく。
 私は、これを、知っている。

 そんなことは気にも留めずに、彼は続ける。

「でもさ、毎年変わらず会いに来てくれるってさ、多分愛じゃないかな」
 得意げににやりと、片方だけ口角を上げる、その笑い方。

 あなたも、会いに来てくれたのだろうか。

「はか、せ……?」

 同じ花ではないけれど、同じように花は咲く。そしてまた、散っていく。
 何度も、出会いと別れを繰り返す。

 博士、あなたはこれを、愛と呼んだのですか?

「なに、オトハ。『はかせ』って」
 彼はきょとんとした顔で首を傾げる。

 その目は眼鏡をかけていなくて、シャツはよれよれでもない。
 けれど、わずかに髪には寝ぐせがついている。私は、その髪についた薄桃色の花びらを取って、ぎゅっと握りしめた。

「なんでも、ありません」

 風が強く吹く。攫われた桜の花がはらはらと、吹雪のように舞う。


 ―――また会いに行くって、言ったでしょ?


 その風の中に、懐かしい声が聞こえた気がした。

「行こっか、オトハ」
 振り返って、にこりと微笑む。その人懐っこい笑顔。差し出された大きな右手。

 青い空と同じ色の瞳の中に、私が映っている。
 同じではない。けれど、彼もまた博士だ。

「はい、ソウジ」

 私はその手を握り返して、桜吹雪の中を彼と歩き始めた。

 この気持ちがたとえ、演算規則アルゴリズムだとしても。

 私はまた、彼を愛するだろう。
 私が私である限り、何度でも。
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