素直になれない高飛車王女様は今更「愛されたい」だなんて言えるわけがない

藤原ライラ

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本編

5.わたくしに教えて

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 唇を唇で塞がれた。

 いつものジェラルドの穏やかさからは想像もつかない。
 儀礼として頬や手に口づけられることは多くあるけれど、これは違う。大人のキスだ。
 やわやわと繰り返し角度を変えて食まれたら、何故だか体の奥がきゅんとした。隙をついて肉厚の舌はぬるりと口腔内に入り込んでくる。息もうまくできないくらい苦しいのに、同時に満たされる何かがあって、嫌だとは思わなかった。

「元から断ることが選択肢に入っていないのなら、それは強要ではないと、俺は思います」
「元から……?」

「あなたと結婚できると知って嬉しかったんです」

 そう言って、笑って眉を下げる。屈んで窺うように覗き込んできた黒い瞳。そういえば、これほど身長差があるのに、ロジータは彼に見下ろされたと思ったことは一度もなかった。

 ドレスの裾を固く握りしめたままだった手をそっと解かれる。包み込むように握られたジェラルドの手は、大きくてあたたかかった。

「俺は、喜んでシルヴィオ殿下からのお話をお受けしたんですよ」

 昔からそうだった。兄が匙を投げて父が呆れていても、彼だけはずっと、ロジータの後を追いかけてきた。決して独りにはしなかった。

 そうか、こんな顔をしていてもこの人も男なのだ。あたたかな唇の感触を頭の隅で反芻しながらロジータは納得した。それに、真に婚姻して夫婦となるならこれ以上のことをしなければならないのだ。

 夜会の日に、あの狼藉者がしようとしていたことが脳裏に蘇る。けれど、彼とするのならばそれは恐ろしくはないだろう。

 もちろん王女として一通りの教育は受けている。作法はわかる。

「お分かりいただけましたか?」

 ジェラルドはこの先何をするか知っているのだろうか。七つも年が上なのだからそれぐらい経験済でも当然だとは思った。あまりいい気分ではなかった。

「いいえ、わからないわ」

 その不機嫌のまま答えたら、「えっ……」と黒い目がまん丸になって呆然とした。そういう意味で言ったわけではないけど、今はそう思わせておけばいいだろう。

「ついてきなさい」

 さっきまでそうされていたように、ジェラルドの手を掴む。ロジータの意図を図りかねて引きずられるままになっている彼を、居室に連れ込んだ。

「ひめ、さま……?」

 そのまま長身を寝台の上に押し倒す。きょとんとしたまま固まる彼の上に馬乗りになった。どう考えても淑女の行いではない。自覚はある。

「あなた、一生わたくしの下僕でいる覚悟はあるの?」

 それは裏返してみれば、ロジータが一生ジェラルドを使役する覚悟でもある。

「喜んで。その代わり一の下僕にしてくださいね」

 返答とともに瞳に光が戻る。まったく、揺らぎもしないきれいな目だ。

「わからないの」

 結局のところロジータがわからないのは自分のことだった。きらいかと問われたら違うとは思うが、好きかと問われた時になんと答えていいのかわからない。

「わたくしはわかっていないのでしょう? それならちゃんと、あなたがわからせて」

 けれど、ジェラルドはきっと違うのだ。彼の中では明確に答えが出ている。それが知りたかった。

「わかるまで、わたくしに教えて」

 ジェラルドは目を閉じて一度大きく息を吸った。まるで何かを吹っ切るようにそうしたかと思うと、彼はロジータの肩に手を伸ばしてきた。

「えっ」

 気が付いた時には、目の前に神妙なジェラルドの顔と見慣れた天井があった。顔の横に突かれた彼の手。態勢をひっくり返されたのだと頭が理解するのに時間がかかった。

「さすがの俺も途中でやめることはできませんけど、よろしいですか?」

 ジェラルドはいつもちゃんと整えている前髪をわしゃわしゃと崩したかと思うと、上着をさっと脱いだ。シャツ一枚になると、その体格の良さがよく分かる。

「いいの? きっとお兄様に怒られるわよ?」

 自分でけしかけておいて言うことではないと思うが、きっと兄は怒るだろう。どんな顔をしているかさえ、鮮明に浮かんでくるようだった。

「シルヴィオ殿下が怖くてあなたの夫が務まりますか」 

 揶揄うようにロジータの金髪を掬ってその指に巻きつける。片方だけ口角を上げた笑い方は、まるで知らない男のようだった。

「愛しています、ロジータ」

 窓から差し込む光はまだ十分に明るい。この燃えるように熱い目に、今から自分は一体、どんな風に映るのだろう。
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