拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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番外編:花の女神と祝福の庭

13.女神の祝福

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 誰かの人生を決めてしまえるような、宝物。そんな大それたものに、自分がなれるだなんて思えなかった。戸惑う私に彼は続ける。

「きっとあいつはあなたのために、頑張ってきたんだと思いますよ」

 離れている間、大人になっていく間。クリスはちゃんと私のことを思い出してくれていた。そのことがじわじわと染み渡るように、込み上げてきた。

「ぼくはあいつが今日という日を迎えられてよかったと、心から思っています」

 ずっと私を追いかけて、この四つ年下の幼馴染は走って来てくれたのだと、ユーイン君の話を聞いていてやっと実感する。

「だから今回もきっと、大丈夫です」

 カイル君が応援するように大きな動作で、クリスに何か声を掛けているのが分かる。

 ここで繰り広げられているのは、本当の決闘ではない。流れる空気は静謐で、ただ駒を動かしているだけだ。殴り合うことも真の意味では傷つくこともないけれど、それでも彼らが戦っているのだと分かる。

 私は祈るような思いで、チェスをするクリスを見つめる。

 彼らは立派に正装した貴族の青年に違いない。けれど、なんだかそれが制服を着て貴族学校に通う男の子達のように見えた。

「そう、ですね」

 そこでクリスがテーブルの下でガッツポーズのように、ぐっと手を握りしめたのが分かった。
 

 *


 チェスで見事勝利を飾ったクリストファー=ラザフォードは、観衆の一人が差し出したグラスを勝利の美酒がごとく飲み干した。飲み干してしまった。

「あ」

 それを見ていたユーインは小さく呻いた。

 クリストファーはまったくと言っていいほど酒が飲めない。彼が酒を飲むとろくなことにはならないのは寮時代から折り紙付きだ。

 けれどそれを知らない誰かが、良かれと思って飲ませてしまったのだろう。

 瞬く間に白い相貌が赤く染まる。僅かに覚束ない足取りで、クリストファーはキャロラインに向かって真っ直ぐに足を進めた。

 己の席に着いた彼は、強く彼女を抱き寄せる。普段のクリストファーならきっとこんなことはしないだろう。

「すきです」

 けれど、その不躾な抱擁を、キャロラインは振り解こうとはしなかった。

 天から降り注ぐ光がまるで福音のように二人を照らす。揃いの金の装飾が、彼らが共にあるのが当然だというように輝く。

「ずっと昔からだいすきです。ずっと僕のそばにいてください」

 そのまま、キャロラインの肩に頭を置いてそのままクリストファーは動かなくなった。

 皆が固唾を飲んで二人を見守っている。
 キャロラインはこの告白になんと返すのだろうと。

「はい」

 穏やかな声はけれど確かに皆の耳に届く。クリストファーは静かに顔を上げた。

 胡乱な青の瞳は、ただキャロラインにだけ向けられている。

「私もずっと大好きです」

 そう言って、キャロラインはクリストファーの額に祝福のキスをした。

 それは求婚プロポーズと呼ぶにはあまりにも幼く、拙くはあったけれど。

 ここに二人の婚約は成され、鳴りやまない拍手は雨のように降り注ぐ。

「末永くお幸せに」

 ユーインは誰にも聞こえないようにそう呟いて、その拍手の中に混ざったのだった。
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