拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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第一部:私だけの物語

20.美しい人

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「あれっ」

 キット様から届いた手紙は、あの四葉のクローバーの便箋だった。この前クリスが選んでいたのと同じだ。

「流行っているのかな」

 もしかしたら、キット様もあの文房具屋に行ったことがあるのかもしれない。
 いつの間にかすれ違っていたりしたらどうしよう。そんなことを考えながら便箋を開いた。

『親愛なるキャロルへ

 貴女は容姿に自信がないから夜会に行くのは恥ずかしいというが、こういうものはある程度定石セオリーというものがある。それさえ覚えておけば正しく装うことは、そう難しくはない。堂々としていればいいんだ。

 それにきっと、貴女はとても美しい人だ。綴る言葉を見ていれば分かる。

 もしよければ、私から貴女にドレスを贈らせてもらえないだろうか。馴染みの仕立て屋がある。話は通してあるから、気に入ったものを着てみてほしい。

 私の選んだドレスを着た貴女を、いつか見てみたい』

 「ノワール」という店が仕立て屋通りにあるらしい。そこがキット様が懇意にしている仕立て屋のようだ。具体的な場所までは書かれていない。それほど有名な店なのだろうか。

「ねえ、クリス。『ノワール』って仕立て屋さん知ってる?」

「嘘だろ」
 私が尋ねると、彼は不思議そうな顔で二回瞬きをした。

「知らないの? 今ドーレブールで一番人気のある仕立て屋だよ。令嬢がみんな泣いて喜ぶって言う」

 今日も向かいに座る幼馴染はこの言い様である。本当に、何しに来たんだろう。

「う、うん……」
 だとすれば名前も知らない私は、もはや令嬢とは呼べないのかもしれない。

 クリスは銀色の頭を抱えて大きく溜息をついた。長めの前髪を、ぎゅっとその手が握りしめている。

「おれは……その店を知ってる。連れて行ってやるよ」

 さすがは侯爵家のお坊ちゃまである。クリスだって、誰かに贈るドレスの一着や二着や三着、買いに行ったこともあるのかもしれない。

「いいよ、場所さえ教えてくれればちゃんと一人で行けるよ。」
「いいから。方向音痴だろ、あんた。おれはまだ昔のことを忘れてない」

 幼馴染というのは時に厄介である。
 なにせ付き合いが長いので、若さゆえの過ちも幼さゆえの愚行も全部知られているのだ。

 彼が言っているのは、湖の近くの森で迷子になった時のことだ。

「クリスが帰りたいって泣き喚いたもんね」

 しかしながら、こちらも忘れていないのである。
 幼馴染というのは、互いが互いの黒歴史を持っているという、油断ならない間柄なのだ。

 もう歩けないと嘆くクリスの手を引いて、宥めすかして屋敷まで帰るのは大変だった。

「おれはいたいけな九歳児だったから、致し方ない」
 そのいたいけな面影は、今の端整な横顔には見当たらない。どこからどう見ても完璧な美青年だ。

「私も可愛らしい十三歳だったからね。しょうがないね」

「とにかく、明日は迎えを寄越すから」
 また言いたいことだけを言って、彼は帰っていった。

 残されたのは私と花束だけだ。そう言えば、キット様の栞の花束に少し似ている気がする。小ぶりだけれど可愛らしくて、ピンクや黄色など明るい色の花の組み合わせだった。

 クリスは何を思って、この花を選んだのだろう。
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