56 / 91
第二部:君の知らない物語
2.お守り
しおりを挟む
十一歳で貴族学校の入学を許可されると、キャロラインと会う機会は少なくなった。
『これね、お守りだよ』
僕が寮へと向かう時、キャロラインはイニシャルの入ったハンカチを作ってくれた。
ほがらかな性格の割に――こんなことを言ったら頬を膨らませそうだけれど――彼女は刺繍が上手かった。意外にも精緻で整った意匠を刺すのだ。
貴族学校の入学年齢は一般的には十二歳である。一年早く入学した僕は、周りと比べて明らかに小柄だった。
『なんだよ、これ』
入学早々に持っていたハンカチを見咎められて、問い質された。
『どうせ母親が作ったんだろう?』
貴婦人の嗜みとして僕の母もハンカチに刺繍をしてくれた。
『母上が作ったのはこっち』
『これは、お前の母上は芸術家だな』
訊ねた同級生はすっかり面食らってしまったようだった。うちの母の刺繍はなかなかに前衛的である。父が気に入っているからいいけど。
『きっと、姉貴かなんかだろ』
『僕は一人っ子だよ』
『本当に、女の子にもらったのか』
僕は否定をしなかった。こういうのは曖昧にしておいた方が効果的だと分かっていたからだ。
『へぇ……』
お守りの力は絶大だった。
ただのクラス一のチビという評価がその瞬間に、ひっくり返った。「こいつにはハンカチに刺繍をしてくれるような女がいるやつ」になったのだ。一応、嘘ではない。
それからは、成績がよかったこともあって、僕は貴族学校で快適に生活することができるようになった。
『ねえ、そのハンカチくれた人、クリストファーより年上の人?』
同室の彼だけが、探るように聞いてきた。
『そうだけど』
『いくつ?』
『十五。もう少ししたら十六になるけど』
はしゃいでいた他のやつらと違って、そいつだけはなんだか不可解な目で僕を見た。
『じゃあ大変だね。もうすぐデビュタントじゃないか』
言われた言葉の意味が分からなかった。呆気にとられる僕に彼は丁寧に説明してくれた。
『貴族の女の人は、十六歳になると社交界にデビューするんだ。そしたらすぐに旦那様を見つけて、結婚しちゃうんだよ』
社交界。デビュー。旦那様。結婚。
一つ一つの言葉の意味は分かるのに、繋がったそれを、頭が理解するのを拒否した。
『大体みんな、年上の男と結婚するんだよ』
『キャロが、結婚する……?』
『これね、お守りだよ』
僕が寮へと向かう時、キャロラインはイニシャルの入ったハンカチを作ってくれた。
ほがらかな性格の割に――こんなことを言ったら頬を膨らませそうだけれど――彼女は刺繍が上手かった。意外にも精緻で整った意匠を刺すのだ。
貴族学校の入学年齢は一般的には十二歳である。一年早く入学した僕は、周りと比べて明らかに小柄だった。
『なんだよ、これ』
入学早々に持っていたハンカチを見咎められて、問い質された。
『どうせ母親が作ったんだろう?』
貴婦人の嗜みとして僕の母もハンカチに刺繍をしてくれた。
『母上が作ったのはこっち』
『これは、お前の母上は芸術家だな』
訊ねた同級生はすっかり面食らってしまったようだった。うちの母の刺繍はなかなかに前衛的である。父が気に入っているからいいけど。
『きっと、姉貴かなんかだろ』
『僕は一人っ子だよ』
『本当に、女の子にもらったのか』
僕は否定をしなかった。こういうのは曖昧にしておいた方が効果的だと分かっていたからだ。
『へぇ……』
お守りの力は絶大だった。
ただのクラス一のチビという評価がその瞬間に、ひっくり返った。「こいつにはハンカチに刺繍をしてくれるような女がいるやつ」になったのだ。一応、嘘ではない。
それからは、成績がよかったこともあって、僕は貴族学校で快適に生活することができるようになった。
『ねえ、そのハンカチくれた人、クリストファーより年上の人?』
同室の彼だけが、探るように聞いてきた。
『そうだけど』
『いくつ?』
『十五。もう少ししたら十六になるけど』
はしゃいでいた他のやつらと違って、そいつだけはなんだか不可解な目で僕を見た。
『じゃあ大変だね。もうすぐデビュタントじゃないか』
言われた言葉の意味が分からなかった。呆気にとられる僕に彼は丁寧に説明してくれた。
『貴族の女の人は、十六歳になると社交界にデビューするんだ。そしたらすぐに旦那様を見つけて、結婚しちゃうんだよ』
社交界。デビュー。旦那様。結婚。
一つ一つの言葉の意味は分かるのに、繋がったそれを、頭が理解するのを拒否した。
『大体みんな、年上の男と結婚するんだよ』
『キャロが、結婚する……?』
100
あなたにおすすめの小説
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる