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2.あなたはすごい
「約束通りご用意しました!」
次に彼に会ったのは、アメルハウザー家でのことだった。レオンハルトは、フランツィスカが頼んだ財務三表を渡してきた。
「ああ……」
確かに頼んだのだが、本当に持ってきてくれるとは思わなかった。この犬は投げたボールをきちんと取ってくることができるらしい。
じーーーーっ。
榛色の瞳がこちらを見ている。まるで撫でて欲しいと言わんばかりに。
フランツィスカが財務三表を確認している間もずっと、レオンハルトはそうしていた。なるほど、財政状況は悪くないようだ。
「ありがとう」
内容は頭に入ったので丁重にそれをお返しした。「アメルハウザー家の人間は脳味噌まで筋肉が詰まっている」と父は吠えていたが、仮にそうだとしてもこれなら特に問題はないだろう。
「俺、フランツィスカさんのお役に立てましたか?」
「ああ、とても役に立ったよ」
「よかったです」
そう言って、彼は嬉しそうに笑った。
犬は嬉しい時に耳がぴんと立つのだと本で読んだことがあった。なお、実際に飼ったことはない。尻尾の次は耳も見える気がした。
「せっかくなので、うちを案内してもいいですか?」
「よろしく頼む」
さすが侯爵家。家が大きい。庭園も広い。色とりどりの花が咲いていた。
「こないだの花もうちの庭から摘んできたんですよ」
生まれ育った家だけあって、レオンハルトは迷いなく歩いていく。長身のレオンハルトの一歩はフランツィスカの三歩に等しい。けれど不思議と嫌な感じはしなかった。レオンハルトがゆっくりと歩いてくれているからだろう。
この屋敷の女主人はさぞ大変だろうな、と他人事のようにフランツィスカは思った。
「にしてもあんな難しい書類の意味が分かるだなんて、フランツィスカさんはすごいですね!」
「呼び捨てにしてもらって構わない」
「いえ、フランツィスカさんは年上ですから」
フランツィスカは今年二十三歳で、レオンハルトは十九歳になる。貴族の娘としてはやや行き遅れと言わざるを得ないが、仕事に邁進したりいい婿をと思って選り好みしている間にこの歳になってしまった。
なんでも騎士団では年功序列は絶対らしい。年上の妻なんて煩わしいだけだと思うが、レオンハルトはそこは頑として譲らなかった。
「別にすごくはない。たまたま、そういう勉強をしていただけだ」
「俺なんかちっとも分からなかったです! 賢いんですね」
「あんまり女にそういうことを言うものじゃないと、思うけどね」
家を継ぐつもりだったので勉学に励んだが、おそらく女主人に必要な資質はこれではない。明るい色のカーテンを選ぶとか、花を生けるとか、笑顔で微笑みかけるとか。多分そういう類のものだ。
頭でっかちで小賢しいだけの女など、望まれてはいない。
「どうして、いけないんですか?」
顔中に疑問符を浮かべてレオンハルトは訊ねてきた。
「きれいな人に『きれいですね』って言うのは、いけないことですかね?」
「それは、特に問題はないだろう」
美人と言われて嫌がる女はいない。フランツィスカだって、最近はもう言われることは少ないけれど嬉しいと思う。
「ですよね」
うんうん、とレオンハルトは頷く。
「だったら、賢い人に『賢いですね』って言って何がいけないんでしょう?」
反論の言葉が、出てこなかった。彼の頭の中では、それらは同列に並んでいるのだ。
「それは、そうだな……」
「ね、そうですよね!」
大学でどんな討論しても、予算争いで誰と戦っても、今まで負けたことなどなかったのに。
「フランツィスカさんはすごいんですよ!!」
レオンハルトはにっこりと笑った。長身の後ろに見える空がとてもきれいだった。
なるほど、どうやら私はすごいらしい。
次に彼に会ったのは、アメルハウザー家でのことだった。レオンハルトは、フランツィスカが頼んだ財務三表を渡してきた。
「ああ……」
確かに頼んだのだが、本当に持ってきてくれるとは思わなかった。この犬は投げたボールをきちんと取ってくることができるらしい。
じーーーーっ。
榛色の瞳がこちらを見ている。まるで撫でて欲しいと言わんばかりに。
フランツィスカが財務三表を確認している間もずっと、レオンハルトはそうしていた。なるほど、財政状況は悪くないようだ。
「ありがとう」
内容は頭に入ったので丁重にそれをお返しした。「アメルハウザー家の人間は脳味噌まで筋肉が詰まっている」と父は吠えていたが、仮にそうだとしてもこれなら特に問題はないだろう。
「俺、フランツィスカさんのお役に立てましたか?」
「ああ、とても役に立ったよ」
「よかったです」
そう言って、彼は嬉しそうに笑った。
犬は嬉しい時に耳がぴんと立つのだと本で読んだことがあった。なお、実際に飼ったことはない。尻尾の次は耳も見える気がした。
「せっかくなので、うちを案内してもいいですか?」
「よろしく頼む」
さすが侯爵家。家が大きい。庭園も広い。色とりどりの花が咲いていた。
「こないだの花もうちの庭から摘んできたんですよ」
生まれ育った家だけあって、レオンハルトは迷いなく歩いていく。長身のレオンハルトの一歩はフランツィスカの三歩に等しい。けれど不思議と嫌な感じはしなかった。レオンハルトがゆっくりと歩いてくれているからだろう。
この屋敷の女主人はさぞ大変だろうな、と他人事のようにフランツィスカは思った。
「にしてもあんな難しい書類の意味が分かるだなんて、フランツィスカさんはすごいですね!」
「呼び捨てにしてもらって構わない」
「いえ、フランツィスカさんは年上ですから」
フランツィスカは今年二十三歳で、レオンハルトは十九歳になる。貴族の娘としてはやや行き遅れと言わざるを得ないが、仕事に邁進したりいい婿をと思って選り好みしている間にこの歳になってしまった。
なんでも騎士団では年功序列は絶対らしい。年上の妻なんて煩わしいだけだと思うが、レオンハルトはそこは頑として譲らなかった。
「別にすごくはない。たまたま、そういう勉強をしていただけだ」
「俺なんかちっとも分からなかったです! 賢いんですね」
「あんまり女にそういうことを言うものじゃないと、思うけどね」
家を継ぐつもりだったので勉学に励んだが、おそらく女主人に必要な資質はこれではない。明るい色のカーテンを選ぶとか、花を生けるとか、笑顔で微笑みかけるとか。多分そういう類のものだ。
頭でっかちで小賢しいだけの女など、望まれてはいない。
「どうして、いけないんですか?」
顔中に疑問符を浮かべてレオンハルトは訊ねてきた。
「きれいな人に『きれいですね』って言うのは、いけないことですかね?」
「それは、特に問題はないだろう」
美人と言われて嫌がる女はいない。フランツィスカだって、最近はもう言われることは少ないけれど嬉しいと思う。
「ですよね」
うんうん、とレオンハルトは頷く。
「だったら、賢い人に『賢いですね』って言って何がいけないんでしょう?」
反論の言葉が、出てこなかった。彼の頭の中では、それらは同列に並んでいるのだ。
「それは、そうだな……」
「ね、そうですよね!」
大学でどんな討論しても、予算争いで誰と戦っても、今まで負けたことなどなかったのに。
「フランツィスカさんはすごいんですよ!!」
レオンハルトはにっこりと笑った。長身の後ろに見える空がとてもきれいだった。
なるほど、どうやら私はすごいらしい。
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