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第一部

16.銀の小鳥

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 朝食を食べ終わり、せっせとハーディの刺繍を進めていると、小鳥がやってきた。今日は白くて小さな花を咥えていた。わたしはそれを受け取ると、他のものと同じように花瓶に入れた。  

 小鳥はわたしが刺繍をする様を目をくりくりさせて見ている。時々頭のふわふわの毛を撫でてあげると、すりすりと寄ってきてとてもかわいい。

 今朝の淫夢は見たことのないタイプの夢だった。
 男性の性器を、女性が舐めしゃぶる。初夜は痛いと噂に聞いたことがあるけれど、当然だと思った。あんなものがおさまるところが、わたしの体の中に本当にあるのかしら。

「……痛っ」

 そんなことを考えていたせいなのか、針で人差し指を刺してしまった。刺繍は得意だから、普段はこんなことは滅多に無い。余計なことを考えていたのがよくなかったみたい。

 赤い玉のように血が滲む。ハンカチを汚さないようにしなければ。
 指を口に含む。心配したように、小鳥が首をかしげてわたしを見ていた。

「大丈夫よ」
 安心させようと撫でようとしたら、小鳥が指を噛んだ。今まで噛まれたことなんてなかったのに。

「あれ……?」
 来ると思った痛みはなくて、代わりに滲んでいた血が止まっている。小鳥は嬉しそうに翼をぱたぱたとした。

「変な小鳥……」
 でも何か困るということもないし、まあいいかしら。

 そんなことより、刺繍だ。今日中には完成させたい。簡単に手当をして、わたしは刺繍を続けた。
 月は考えた末に三日月にした。光沢のある銀の糸を細かく刺して、ちゃんと月の輝きを出せるように頑張った。やわらかな月の光をイメージした飾りも何個か刺繍してある。

 Eのイニシャルはウルトラマリンブルーの糸で。コルネリアに何種類か青い色の糸を揃えてもらって、魔石と比べながら一番ハーディの瞳の色に近いものを選んだ。三日月の中に重なるように刺した。

 こんなに青の糸ばかり集めて、何に使うのだろうとコルネリアも不思議に思っただろう。けれど、彼女は優秀な侍女なので余計なことは何も言わない。持つべきものは優秀な侍女だ。ありがとう、コルネリア。

「よし、これでできた」
 最後の糸始末をして、刺繍が完成する。我ながらなかなかの出来だ。

 余った刺繍糸をどうするか悩んで、魔石を入れた宝石箱にしまうことにした。何となく、ハーディの色の糸を雑多に裁縫箱にしまう気になれなかったから。軽く三つ編みにまとめた銀と青の刺繍糸を、魔石のそばに置いた。

「どうかしら? ハーディに似合うと思う?」

 本当はハーディに一番に見せてあげようと思ったけれど。小鳥は小鳥だし、いいわよね。

「ちゅん、ちゅんちゅんっ!!」
 ハンカチを広げて見せると、小鳥は飛び上がってくるりと一回転した。きれいな羽根が何枚か落ち、はしゃいでいるように見えた。鳥ってこんなに感情豊かなものだったかしら。

 机に舞い散った銀色の羽根は艶やかな光沢が美しい。小さいけれど、お父さまの使う羽ペンみたい。いつか本の栞に使うのもいいかもしれない。

「今夜、ハーディは来てくれるかしら」

 お茶を飲んだあの日から、ハーディは姿を見せない。月はまた欠けて今夜はそろそろ下弦の月だ。

「ぴー!」
 きりっとした声で小鳥が鳴く。その声を聞いていると、なんだか今夜はハーディに会えそうな気がした。

 淫夢の男は少し苦しそうだったけれど、「気持ちいい」と言っていた。男が漏らした悩ましげな声。ハーディも気持ちよく感じるのだろうか。ハーディもあんな声を上げるのだろうか。

 わたしの秘所を舐めたハーディの舌を思い出す。閨事には詳しくないけれど、女のものを舐めるのが当然なら、その、男のものを舐めるのも当然のような気がしてくる。

 果たして、わたしにあんなことができるのだろうか。

 「君にできる?」とあの低い声が囁いた気がした。
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