37 / 68
第二部
4.本物がここにいるんだから
「そのお祖母さまとやらに君の呪いのことは聞いたの? 解いてもらわなかったの?」
聞けるものなら聞いてみたかった。何度そうできたらよかったと思ったか分からない。
「無理よ。わたしの呪いが分かる前に亡くなったもの」
わたしがそう返すと、彼は驚いたように目を見開いて、やっとその可能性に思い至ったのか申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。そりゃそうだよな。その人がいたら君がおれに頼む必要もないか」
なんでもお見通しのような彼にしては珍しいことだった。三百年も長生きしたら【死】という概念も他人事のように遥か遠くに流れていくのかもしれない。
また稲光が走る。わたしはきゅっと目を瞑った。
「そんなに怖いなら、雷、止めてこようか?」
おれには未来は視えないけど、とさも簡単なことのように彼は言った。まるで隣町まで買い出しに行くような口ぶりだった。
「できるの? そんなこと」
「やろうと思えば」
冗談かと思って尋ねたけれど、窓の外の見遣る青い瞳は本気だ。雨はまだ激しく降り続いている。
「雨を操るのはあんまり得意じゃないんだよな……。師匠は雨を止めたりできたけど、おれがやると全部蒸発させる感じになる」
偉大な彼の逸話の中に、干ばつに喘ぐ国の王様の祈りを受けて、両手で天を示して雨を降らせたというのがあったけれど、じゃあそれは本当のことはないのかもしれない。
雨が止められないなら、彼はまたこの雨の中雷を止めに行くのだろうか。また、ぐっしょりと濡れてしまうのかしら。
それもさることながら、わたしはこの闇の中にまた独りにされることの方が嫌だった。雷は確かに恐ろしいけれど、彼が居てくれれば随分と心強い。
「いい。このまま、ここにいて」
「分かった」
彼はわたしを抱きあげると、寝台まで向かった。
炎の魔法を使うからだろうか。彼はとてもあたたかい。自分のものよりも高い体温に包まれていると、心細さもするすると溶けていくような気がする。
「魔力っていくらでも使えるの?」
「まさか、その人の『器』にある分だけだよ。使い切ったら空っぽになる」
「使い切ったことはあるの?」
「随分昔に何度かね。最近はないけど」
寝台に横たえられる。ブランケットを見つけると、彼はわたしをそれでぐるぐる巻きにするように包んだ。そして珍しく彼も同じように寝台に横になって、ブランケットの上から抱きしめられた。
「そういう時はどうするの?」
「おれは大体一晩ぐらい寝たらある程度戻るけど。欲求に忠実になる魔術師が多いって聞くよ。ほかには、好きなものを好きなだけ食べたり飲んだりとか、」
彼の腕の中で、青い炎が照らす銀の睫毛の陰影まではっきりと見える。
「あとは、しこたま女に手を出すとかね」
ハーディはわたしの額をこつんと小突いた。
端正な顔が目の前でそんなことを言うので、息が止まりそうになった。
そんなわたしを見て、ふふっと彼が笑った。
「おれはこの程度で空になったりしないから、そんな見境ないことはしないよ」
わたしはどんな顔をしていたのだろう。浅ましく期待するような顔をしてはいなかっただろうか。といっても、呪いのある身ではそんなことはできないのだけど。
真っ赤になった顔を見られないようにするために、彼の胸に顔を埋めた。雨と、いつもの彼の匂いがした。
とくとくと彼の心臓の音がする。規則的で穏やかな鼓動がローブの下で脈打っている。雨音よりも大きく、その音が聞こえた。ほかのことなんてどうでもいいぐらい、彼のことしか考えられなくなってしまう。
次第に頭がぼんやりしてくる。あったかくて安心して、眠くなってきてしまった。せっかく彼が傍に居てくれるのに、眠ってしまうのはもったいない。
「どうせなら、あなたの夢が見れたらいいのに」
淫夢ではなくて、彼の夢。夢の中でも彼に会えたらきっと幸せだろうと思った。
「本物がここにいるんだから、夢を見ることもないよ」
ぎゅっと彼が抱きしめてくれる。眠りに落ちるまで彼が傍に居てくることは少ない。
そう思うと、恐ろしい雷に少しだけ、ほんの少しだけ、感謝したいような気もしてくるのだ。
聞けるものなら聞いてみたかった。何度そうできたらよかったと思ったか分からない。
「無理よ。わたしの呪いが分かる前に亡くなったもの」
わたしがそう返すと、彼は驚いたように目を見開いて、やっとその可能性に思い至ったのか申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。そりゃそうだよな。その人がいたら君がおれに頼む必要もないか」
なんでもお見通しのような彼にしては珍しいことだった。三百年も長生きしたら【死】という概念も他人事のように遥か遠くに流れていくのかもしれない。
また稲光が走る。わたしはきゅっと目を瞑った。
「そんなに怖いなら、雷、止めてこようか?」
おれには未来は視えないけど、とさも簡単なことのように彼は言った。まるで隣町まで買い出しに行くような口ぶりだった。
「できるの? そんなこと」
「やろうと思えば」
冗談かと思って尋ねたけれど、窓の外の見遣る青い瞳は本気だ。雨はまだ激しく降り続いている。
「雨を操るのはあんまり得意じゃないんだよな……。師匠は雨を止めたりできたけど、おれがやると全部蒸発させる感じになる」
偉大な彼の逸話の中に、干ばつに喘ぐ国の王様の祈りを受けて、両手で天を示して雨を降らせたというのがあったけれど、じゃあそれは本当のことはないのかもしれない。
雨が止められないなら、彼はまたこの雨の中雷を止めに行くのだろうか。また、ぐっしょりと濡れてしまうのかしら。
それもさることながら、わたしはこの闇の中にまた独りにされることの方が嫌だった。雷は確かに恐ろしいけれど、彼が居てくれれば随分と心強い。
「いい。このまま、ここにいて」
「分かった」
彼はわたしを抱きあげると、寝台まで向かった。
炎の魔法を使うからだろうか。彼はとてもあたたかい。自分のものよりも高い体温に包まれていると、心細さもするすると溶けていくような気がする。
「魔力っていくらでも使えるの?」
「まさか、その人の『器』にある分だけだよ。使い切ったら空っぽになる」
「使い切ったことはあるの?」
「随分昔に何度かね。最近はないけど」
寝台に横たえられる。ブランケットを見つけると、彼はわたしをそれでぐるぐる巻きにするように包んだ。そして珍しく彼も同じように寝台に横になって、ブランケットの上から抱きしめられた。
「そういう時はどうするの?」
「おれは大体一晩ぐらい寝たらある程度戻るけど。欲求に忠実になる魔術師が多いって聞くよ。ほかには、好きなものを好きなだけ食べたり飲んだりとか、」
彼の腕の中で、青い炎が照らす銀の睫毛の陰影まではっきりと見える。
「あとは、しこたま女に手を出すとかね」
ハーディはわたしの額をこつんと小突いた。
端正な顔が目の前でそんなことを言うので、息が止まりそうになった。
そんなわたしを見て、ふふっと彼が笑った。
「おれはこの程度で空になったりしないから、そんな見境ないことはしないよ」
わたしはどんな顔をしていたのだろう。浅ましく期待するような顔をしてはいなかっただろうか。といっても、呪いのある身ではそんなことはできないのだけど。
真っ赤になった顔を見られないようにするために、彼の胸に顔を埋めた。雨と、いつもの彼の匂いがした。
とくとくと彼の心臓の音がする。規則的で穏やかな鼓動がローブの下で脈打っている。雨音よりも大きく、その音が聞こえた。ほかのことなんてどうでもいいぐらい、彼のことしか考えられなくなってしまう。
次第に頭がぼんやりしてくる。あったかくて安心して、眠くなってきてしまった。せっかく彼が傍に居てくれるのに、眠ってしまうのはもったいない。
「どうせなら、あなたの夢が見れたらいいのに」
淫夢ではなくて、彼の夢。夢の中でも彼に会えたらきっと幸せだろうと思った。
「本物がここにいるんだから、夢を見ることもないよ」
ぎゅっと彼が抱きしめてくれる。眠りに落ちるまで彼が傍に居てくることは少ない。
そう思うと、恐ろしい雷に少しだけ、ほんの少しだけ、感謝したいような気もしてくるのだ。
あなたにおすすめの小説
独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい
狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。
ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
秘密を隠した護衛騎士は、お嬢様への溺愛を抑えきれない
はるみさ
恋愛
伯爵家の令嬢であるアメリアは、少し男性が苦手。ゆくゆくはローゼンタール伯爵を継ぐ立場なだけに結婚を考えなければならないが、気持ちは重くなるばかり。このままでは私の代でローゼンタール家が途絶えてしまうかもしれない……。そう落ち込んでいる時、友人に「あなたの護衛のセドリックで試してみればいいじゃない?」と提案される。
男性に慣れるため、セドリックの力を借りることにしたアメリア。やがて二人の距離は徐々に縮まり、セドリックに惹かれていくアメリア。でも、セドリックには秘密があって……
男性が苦手な令嬢と、秘密を隠し持った護衛の秘密の恋物語。
※こちらの作品は来春までの期間限定公開となります。
※毎日4話ずつ更新予定です。
辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される
狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。
ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。
ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。
訳ありメイドは女嫌いなはずの主人に求愛される
水無月瑠璃
恋愛
セレナはある日全てを失い、路頭に迷いそうなところをメイド派遣所の所長に拾われる。それ以来派遣メイドとして働き、一人で生きてきた。
そんなある日、所長からある男性客の元に行って欲しいと頼まれる。その男性は若い女性が嫌いなようでベテランのメイドを希望しているが、スケジュールが空いているメイドがいない。そこで良くも悪くも他人に興味がなく、忠実に仕事をこなすセレナに白羽の矢が立ったが無理だと断る。
それでも押し切られてしまい、絶対追い返されると思いながら依頼主の元に向かったセレナを出迎えたのは冷たい雰囲気を纏う、容姿端麗な男性だった。
女嫌いを拗らせ、初対面のセレナにも嫌悪感を露わにする男性、ルークにセレナは思わず説教をしてしまい…
大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~
如月あこ
恋愛
アリアドネが朝起きると、床に男性のアレが落ちていた。
しかしすぐに、アレではなく、アレによく似た魔獣が部屋に迷い込んだのだろうと結論づける。
瀕死の魔獣を救おうとするが、それは魔獣ではく妖精のいたずらで分離された男性のアレだった。
「これほどまでに、純粋に私の局部を愛してくださる女性が現れるとは。……私の地位や見目ではなく、純粋に局部を……」
「あの、言葉だけ聞くと私とんでもない変態みたいなんですが……」
ちょっと癖のある大神官(28)×平民女(20)の、溺愛物語
女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
一目惚れは、嘘でした?
谷川ざくろ
恋愛
代打で参加したお見合いで、「一目惚れです」とまさかのプロポーズをされた下級女官のシエラ・ハウエル。
相手は美しい公爵、アルフレッド・ベルーフィア。
疑わしく思いつつも、病気がちな弟の治療と領地への援助を提示され、婚約を結んだ。
一目惚れと言っていた通り溺愛されて相思相愛となり、幸せな結婚生活を送るシエラだったが、ある夜、夫となったアルフレッドの本音を聞いてしまう。
*ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました
春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。